第6話 戦場の約束


学校に行かなくなって

もう何日目か覚えてない

初めて死のうと出かけたのが

いつだったかも覚えてない


死にたい理由があった気がする

でもそんなことは忘れてて

目標ひとつ立てられなくて

生きていたいって思えない


今日こそ私、死ねるかな

できることなら死にたいな


午前0時に家を出る

すでに日付は変わってる

自転車をこいで数分で

霊園のある丘の上


四方を墓地が取り囲む

ど真ん中へ座り込む

もう死んでいる先人たち

早くそっちに行きたいな


他に方法が思いつかず

また睡眠薬を持ってきた

ここは何だか落ち着くな

いいところを選んだな


すると近くに人の影

ぼんやりどこかを見つめてる

よく見てみるとこの男

身につけてるのは軍服だ


「君は何しに来たんだい?」

背を向けたまま私に言う

「ここでゆっくり寝たくって」

「死にに来たんじゃないのかい?」

知っててわざと聞いたのか?

いたって声は穏やかだ


「もしそうだったらどうするの?」

「やめておけよと止めに入る」

「放っておいて欲しいんだけど」

「見てしまってはそうもいかない」

ようやく男は振り返る

優しい顔の兵隊さん


「さっきまで見てなかったじゃん」

「気付かれる前は見ていたさ」

ちょっと理屈っぽい人かも

兵隊はみなそうなのか?


「そっちこそここで何してたの?」

「あそこの家を見てたんだ」

指さす先に見えたのは

まだ新しい普通の家


「友人の子孫が住んでいる」

「どうしてずっとそうしてんの?」

「見守って欲しいと言われたから」

「いつからここで見守ってんの?」

「戦争が終わったすぐ後から」

ああ、またその言葉かよ

戦争なんてなかったなら


「……その友達はどうしたの?」

「戦地で息を引き取った」

「あなたは帰って来れたんだね」

「帰って来れたが、すぐ死んだ」

「なんで成仏しなかったの?」

「せめて友との約束を……」


それがこの人を縛りつけた

果たせなかった約束を

守るためだけに霊になった


「ここまでしなくていいんじゃない?」

「……あいつは俺をかばって死んだ」

「でももうあんたも死んだでしょ?」

「それでも約束を守りたい」


真面目すぎるのが良くないんだ

そもそも戦争がなかったら……


「いつまで守り続けんの?」

「あいつのやしゃごの顔を見たい」

「やしゃごって何?」

「ひ孫の子だ」

「ひ孫で満足できなかったの?」

私が言うと男は笑った

「そりゃあ赤子は宝だからな」

「それじゃ当分終われなくない?」

「別に構わん。とにかく可愛い」


あきれた人だなこの軍人

成仏できずに居続けても

ずっと孤独なままなのに


「あ~あ、死ぬ気がなくなった」

「それは良かった」

「良くないよ!」

ふたり並んでほほえんだ

そして並んで見守った


ふとその家に明かりがつく

かすかに泣き声が聞こえる


「やしゃごの夜泣きが始まったな」

「顔はまだ見てないんでしょ?」

「ああ、まだ顔は見れてない」

「近くに行って見てきたら?」

「いいや、ここで待っていたい」

なんで意地を張るんだろう


「来てくれる方がうれしいだろ?」

「ここってあなたのお墓でしょ?」

「いやいや、友人の墓なんだ」

わざわざこの世に居残って

友人の墓に居すわって

お墓参りを待っている

変わった霊がいたもんだ


「いつ頃来るって思ってる?」

「盆にはきっと来るだろう」

「それまで待っていられんの?」

「さあ……。我慢比べだな」

きっと来るまで待ってしまう

盆がだめならその次と

それを証拠にこの人は

ずっと笑顔で話してる


「私はそろそろ帰るから」

「ああ。ここにはまた来るか?」

「さぁ。それは分かんない」

「死にに来たら、止めてやる」

「余計なお世話。無視してよ」

ふっと笑って、背を向ける


死ぬのを邪魔されたのは

いったい今日で何回目?

どれだけ霊にからまれる?


ああ、もう、どうでもいい

何だかどっと疲れたな


ベッドに飛び込む

ふとんはかけない

今夜は少し

体があつい


このままうまく眠れても

どうせいつもの朝が来る

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