第3話 暴露。


あの日から葵は、自分の体に値段をつけることをしなくなった。

あの男からの連絡は、待っていても来る事はなかった。



男と最後に会ってから、1ヵ月が過ぎた頃、葵は家に帰ると同時に母親に呼ばれた。


母の顔は険しく、どこか悲しげでもあった。

目的をどこに定めたらいいかわからないように、言葉を選ぼうとしているのが、葵にも伝わった。


でも結局、迷っていた言葉を一掃するかのように、母は切り出した。



『葵、あのクローゼットの靴の箱に入ったお金は何?

あんな大金どうしたの?』


葵は、予想していた話とあまりに違い過ぎて、少し笑ってしまった。

昨日、弟と喧嘩したからその事だと思った。


それを見て、母は怪訝な顔をしたが、今は答えを聞くために黙っている。


【ああ、ばれちゃった】


葵はどうしようか迷った。


本当のことを言うべきか、嘘をついて安心させるべきか。

親のことを本当に思うなら、どちらが正解なんだろう。


本当のことを知ったら、この人はどうするんだろうか。

自分の娘が、自分の体に値段をつけて売っていたとしたら、この人は何を思うんだろうか。



しばらくの沈黙のあと、葵が沈黙をゆっくりと払拭した。


『お母さん、わたしね、売春してたの。

でも、もう今はやってないよ。

ごめんなさい』


葵は、本当のことを話した。

びっくりするぐらいさらりと発した言葉の数々は、母には余りにも酷だと、葵は思った。


ただそれは、長い期間、自分の心が空っぽだったことに、気付いてくれなかった親への当てつけのつもりかもしれないと、自分の事ながらぼんやりと感じた。



『、、、いつから、、やってたの?』


母が、葵の目をじっと見つめながら、自分の言葉を一言ずつ確認するように聞いた。

葵は、母の目を真正面から見ることができなかった。

ちらっと見たその母の目は、少し潤んでいるように思える。


『半年ぐらい前から。

でももうやってない』


『なんで辞めたの?』


『なんとなく。

でももうしないから。

絶対しない。

じゃあ疲れてるからいくね』



葵は、この空間に自分の居場所がないと感じて、急に居心地が悪くなった。

一方的に、母にその時言うべきだと思った最低限の言葉を伝え、急かされるように急いで自分の部屋に向かった。


心臓が、ドキドキした。

罪悪感も感じた。

リビングに一人残された母の気持ちを考えれば、葵が母の心を踏みにじったのは明らかだった。


同時に足枷を外され、解放されたような気持ちにもなった。

葵の心の中に、少し楽になったところと、少し苦しくなったところが増えた。



晩ご飯の時間は、いつもと変わらずやってきた。

皆が、いつも通りに食卓の椅子に座り、弟以外の各々が何事もなかったフリを精一杯演じている。

少しパズルのピースがズレただけで、いつもの、家族団らんを絵に描いたような夕食の光景が、こうも変わるのかと感じた。


継父は、母にもわたしにも気を使っていた。

母から話を聞いたのだろう。

人のいい、優しい継父に少し癒されたが、母の態度を見ると笑ったりできる状況じゃないことは理解した。


同時に弟が産まれてからは、弟にかかりっきりだと思っていた母が、

こんなに自分の事で、感情を動かしてくれるのかと、少し嬉しくなった。


継父が葵に向ける眼差しも、怒りでも蔑みでもなく、心配しているような、優しいがどこか不安気な眼差しだった。


母も継父もわたしを心配してる。

そして、なんとなく今、わたしの心が満たされている気がする。

わたしは結局、家族に疎外感を感じていてそこを埋めたかっただけなのかもしれない。


そう思い、早く気付いていれば、母と父に先に話していればと後悔した。



自室に戻り、いらない過去はさっさと削除しようと、売春していたときに利用していたサイトを開くと、あの男から連絡が来ていた。


何度か確認したけど、全然来てなかったのに!

急いで開くと、見慣れない文体のメッセージが来ていた。



それは、あの男の妻からのメッセージだった。

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