第9話 血と鉄の果て

 部屋一面が血の海である。

 散らばった人体の香りが鼻孔にへばりつく。

 眼前の相手はたった一撃を食らわせるために、人間を障子紙みたいに破り貫いたのだ。

 折られる!

 刀からの檄。咄嗟に刀を揺すり剥がす。

 その指は爪であり、その両手はまさに虎口であった。

 鉄の腕は床板も何も引き裂いてしなやかに襲い掛かる!

 急所から逸らすことがやっとだった。まともに受ければきっと刀も骨も小枝のように割れるだろう。

 絶え間ない連撃が、瞬き一つにも満たないずれを起こす。

 高速回転する球と目が合った。

 牧村は球と呼べる無機物ではないことを理解した。

 首の投擲である。

 受けて飛び散る眼と血に怯む。その時を白虎は見逃さなかった。

 牧村の腹に鐘を突くが如き前蹴りが飛び込んだ。

 血を吐いて吹き飛びながら、折れたような、潰れたような音を聞いた。

 牧村の口から血が噴き、床板に赤が弧を描いた。

 全身が痙攣する。骨が折れたのか、内臓が裂けたのか、判断すらできない。

 ──立てなければこのまま死ぬ。

 だが刀は折れていない。頑強に殺意を持って輝いている。

 震える膝を押し上げると、異様な感触が走った。

 割れた皮膚の下で、血と混ざり合い鉄の膜が傷を塞いでいく。

 骨が鉄に変わり、臓腑を囲い込む。

 血を吐くたび、喉の奥で鉄粉の匂いがした。

 白虎の爪が振り下ろされる。

 今度は打ち弾いた。

 金属と化した両手は刀を支える。妖刀は魔爪と火花を上げかち合った!

 吐き捨てるように言った

「続行だ」

 傷口から覗く金属の輝きが、皮膚を押し広げる。

 人間の血の赤に、鉄の銀が混じり、滲むように広がっていく。

 肘から先はもう人の腕ではなく、歪んだ甲冑のようだった。

 殺す。殺さない。二択は両方が正しいようで、両方が邪魔だった。

 一番手前の答えは一つ。勝利のみである。ただ、勝てばいい。

 目の前で白虎が再び両腕を広げた。虎の爪が振り下ろされる。

 強引に腕に撃ち込みながら、懐に飛び込んで左腕を外側から抱えんだ。片閂かたかんぬきの形となる。

 息遣いすらわかる至近距離。

 そのまま鋼鉄の頭突きを叩き込む。

 ぬるい血の感触が有効打を確信させた。

 だが白虎は呻きもせず、全身をひねった。鋼鉄の腕がしなる。

 牧村の身体は布切れのように宙へ持ち上げられ、回転とともに叩きつけられる。 床板が悲鳴を上げる。

 幾度も叩きつけられ、血飛沫と鉄粉が霧の様に舞う。

 余りの衝撃に遂に身体は引き離された。

 宙に跳ね上がる身体、逆さまの景色は不思議と鮮明だった。

 手指の関節は繊細に刀と接続された。完全な関節の連動は高速の一閃を作り出し、虎の魔爪をもぎ取った。

 腕を失いバランスを崩しうずくまる白虎に斬りかかる。

 白虎は全身を金属化させる。

 だが違和感がある。

 闘志が引いた感覚が無い。

 白虎の全身が隆起する。

 瞬く間に、巨大な棘を伸ばす鉄球へと変貌した。

 一瞬の迷いが功を奏す。押し寄せる棘を受け止め、壁面に叩きつけられるだけで済んだ。

 棘鉄球はその場に微動だにしない。

 呼吸も脈動もない。生き物らしさすら消え失せていた。

 ただ、砕けぬ鉄塊としてそこにある。

 牧村は息を吐き、剣を下ろした。

 動けるのは自分だけだった。

 ──勝ったのは俺だ。

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