第27話 侮りと克己心。

時間は10時。

人は往来し、風が強く行き交う。


「それにだ。学生がこんな時間にウロウロしているものじゃないだろ?」

「いろいろあるんですよ。」


学園にはうつろがいる。

今はまだ準備が足りない。

どうにかして対抗策を考えなければ。


「おいおい、黙ってちゃわからないぜ〜。」

彼女は手足をバダバダさせている。

大人なのに。


「レトロさんこそこんな真昼間に出歩いてて大丈夫なんですか。ほら仕事とか。」


彼女は若干渋い顔をした。

「…そのなんだ。大人にも休息は必要なのさ。」

遠い目をしていた。


「で、何かあったんだろ。私に話してみ?こう見えて学生の頃は探偵って言われてたんだぜ!」

「探偵なら私の考えを推理してくださいよ。」

「あれだろ…あの…恋だッ!!」

「大外れもいいとこです。」


レトロはやけに距離感が近い。

どこか香ばしい匂いを持つ彼女はおそらくダメな大人だろう。

しかし、藁にすがることも大事なのかもしれない。


「実は…殺したい人がいて…。」

「物騒だな、おい!!」


そこで私はつらつらとこれまでの経緯を話した。


「なるほど…。死ぬのはいいことじゃない、君の言うことはごもっともだ。」

彼女は優しくうなづいた。


心の氷が溶けていく。

そこで私は目頭が熱くなったのだ。


「どうした!!な、なにか私悪いこといったかい!?」


彼女はまたもバタバタと手足を動かす。


なぜ涙が溢れたのかはわからない。

いや、私はその答えを知っている。


安心。


これまで自らの胸中を明かすことはなかった。

両親は無関心、妹は協力的だが気が引ける。

ロボットの先生に聞いても答えはでない。


私は、この十年近く理解者がいなかったのだ。

だから嬉しかった。

この涙は安堵が溢れたのだろう。


「お、おーい。浸っているところ悪いんだけどな、何か喋ってくれ〜。」

「…ごめん、レトロさん。」


しばしの静寂。


…というのも考えを整理していたのだ。


周りでは知らない人が私たちの話の内容など知らずに闊歩する。

サラリーマンは汗を流して、近くのカレー屋は開店の準備を始める。

カラスは寒さを訴えてセミは無言で夏の終わりを知らせる。


「レトロさん!!私を助けて!!」

恥も外聞も投げ捨てて、頭を下げた。

唯一の理解者を逃すまいと良心に訴えかけたのだ。


彼女は間をおかずすぐに手を取った。

「もちろんさ。言っただろう?私は正義の味方なんだぜ?」


少し抜けていて、コミカルなお姉さん。

レトロさんが私の相棒となった。


***

お昼休み。

生徒会室には私(むしろ)とそぞろしかいない。


「ど〜したのむーちゃん?」


頭が痛い。

水曜日の洗脳大作戦。

明日に控えた死への活路。

そのことを考えると…本当に頭が痛い。


私は振り返っていけないと思う。

楽しかった過去を、生きていた日々を再び望んではいけないと思うのだ。


数多ものしかばねの上に私の死はある。


めちゃくちゃにしてしまった学園を、国から追われる身となった親友を、巻き込まれた善良な部員たちを。


すべてを踏み越えて、自分の死を実現しようと覚悟したのに…。


(まだ迷っている自分がいる。)


その中心にいるのはめいろと死活部時代のてきろとみくろ。

過去に後ろ髪を引かれているのだ。


元来、私は受け身の人間だ。

誰もやらなければしぶしぶ手を上げる。

私はそんな気の小さいやつなのだ。


ピロン

携帯がなる。

うつろからだ。


『今、薬品揃えてます!!明日は絶対成功させようね!!』

可愛げのないコアラのスタンプ。

『りょ』

こちらもおじさん顔のパンダのスタンプ。


みなの期待を背に私は進まなければならない。

作戦が成功すれば私は死ねる。

そう、世界の穴をつき、永遠の生を否定できるのだ!!



迷っているのはその価値がみんなの青春を犠牲にしてまでも輝きを持つものなのか。



もしかしたら甚大なトラウマを残してしまうかもしれない。

もしかしたら前科が残るかもしれない。

もしかしたら一生を台無しにさせてしまうかもしれない。


…。



『ダメ。』


『むしろちゃんは優しすぎるよ。約束は絶対。人を踏み躙ってでも乗り越えなきゃ…』


『私たちの夢なんだから。』



頭の中でささやくのはうつろの声。

本番は何も考えないようにしよう。


死はあと数歩先にあるんだから。



***


私(うつろ)とおぼろは薬品の買い出しにやってきた。


むしろちゃんにメッセを送ると可愛らしいスタンプが返ってきた。


「むしろちゃんったらほんとカワイイ♡」


柄にもなく胸が熱くなる。


「うつろ殿、声が大きいですよ。」

「仕方ないのよ、本当に。私はこの短い生を楽しみたいの!」

「本当にキャラが変わりましたな。むしろ殿のこととなると。」


私にとってあの娘はもう二度と出会えない夕陽の化身。

夜をそっと連れてくる最後の輝き。

色は都度変わるけれど同じ結末を迎える。


もう待ちきれない♡

むしろちゃん早く死んで!!

そして撮らせて!!


「浸ってるところ悪いのですが、7時の方向、おそらく敵ですな。」

「はあ。いい加減懲りてほしいのよね。」



私たちに勝てるわけないじゃない。

ですね。



一仕事終えて、クレープ屋へやってきた。


「うつろ殿、肩にすこし垂れてますよ。まさしくアントニウスの矢傷のように!!」

「誰よ、そいつ。」


まさか返り血が肩にまでつくとはとことんついてない。


クレープ。

私はチョコバナナが好き。

甘いチョコソースのかかったただのバナナ。

きっとお店のものという魔力が込められているのだ。


「…おいしい。」

「イグザクトリー!!」


明日の計画は失敗してはいけない。

集団洗脳。

脳内麻薬と記憶の改竄による強洗脳。

薬品も使い、全校生徒でも賄える量。


そぞろが仲間になってくれてよかった。


…私が人に感謝の念を抱くなんて、人格矯正の影響かな…。


邪魔するものはいない。

生徒会はほぼ封鎖。

反乱分子になりそうな人間はほとんどいない。

唯一私たちの親友めいろは一人じゃなにもできない。

あの娘はむしろちゃん以上にコミュニケーションが下手くそだから。


そう私たちが。

むしろちゃんの覇道を阻むものは全て消す。


さあ、明日に向かおう。

希望に照らされた「死」への第一歩を!!

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