第10話 硬い胸ならいくらでも貸したげる。
三日間にわたるテストが終わった。
少し内省する。
私は理系科目が全然ダメで、うつろに教えてもらったっけ。
毎度小テストで補修をくらっていたてきろとみくろは大丈夫だったのだろうか。
部活はしばらく行っていない。
テストで忙しいと思って、活動をしばらく休止したから。
みな了承してくれた。全員で顔を合わせるのは久しぶりだ。
駅前から出るバス、学生証を見せればタダ。
バスはぎゅうぎゅうで、スマホをいじる余裕はなかった。
予定時刻より一時間早くWIONに着いてしまった。
もちろん、事前に回りたい箇所があるからだ。
バスから出ればさんさんと照りつける赤い球体。
もはや日焼け止めなしでは外に出られない。
午前9時。天気は快晴。
(まずは新刊出てないかチェックしないと!!)
二階の書店で、レディコミの書籍情報を見に行く。
「夏とハルバトロスは…っと来週かぁ~」
デジタル化が進行していても紙の需要は消えなかった。
それでも一冊1200円というのはなかなかにハードだ。
てきろからメッセが届く。
『もうすぐ着くよ。私が一番乗りかな!!』
微笑みながら、返信。
『残念、もう着いてます』
変なビーバーが頭を叩き、Ohと言っている。
(このスタンプ流行ってるのかな…。)
次いでドーナツ屋へ。
いつも混んでいるこの店、チェーン店の底力は計り知れない。
こんな朝早くなのに列ができている。
「へえ、モーニング始めたんだ。」
生活が便利になっても欲望は消えない。
それは食欲もなおさら。
何もかかってないプレーンの揚げドーナツ、中にカスタードが入ったものを二つとり、アイコのSを頼む。
軽く腹を満たすくらいでバチはあたるまい。
またもスマホがなる。てきろだろうか。
『ちょっと遅れます。』
メッセのときはいつも敬語で礼儀正しい、これはみくろだ。
『大丈夫 good!!』
気ままに激しくなってくる車の流れを見て心を落ち着かせていた。
約束の10時が近づく。
毎日こんな生活は送れないけれど、こんな贅沢もわるくない。
思えば、昔から家に閉じこもって何もせず、何も生まず、ただ世間を恨み最終的に死を望んでいた。
今も死は望んでいるけれど、昔のような悪意に満ちていない気がする。
日々が楽しい。死が物悲しくなるほどに。
「やあ、むしろちゃん。」
手を振ったのはうつろだった。
制服でない彼女をみるのは新鮮だった。
「うつろ~、いつからいたのさ~。」
「しいて言えば最初から?」
…うつろの言葉は冗談かわからない。
そして、続々と集まってきた部員たち。
「みんな~久しぶり!!」
「姉御も息災でぇ…。」
「むしろくんも変わらず元気そうだね。」
「それじゃあ行こうか。」
今日はゼブラのリバイバル上映の日。
童心ながら、その世界に入ってみたいと思う背景美術のすばらしさ。
エンドロールが流れたあとも、感動で呆然としていた。
「よかったね、晴夫…」
不朽の名作というのはやはり美しいものだ。
それぞれが映画の感想を一階のファミレスで口々にする。
「演技は微妙だったけど、よかったんじゃない?」
「ありゃあなんだ、あたしたちは何を受け取ればいいんだ。」
「それは生命の神秘さ。きっと監督は死がある昔から命の尊さを説いていたんだ!!」
それぞれが独自の観点からあの映画を見ていたようだ。
絵すっげぇ、くらいしか感受していなかった自分を恥じた。
「むしろちゃん、ちょっとお花をつんでくるわね。」
「じゃ、アタシも。」
うつろとみくろが席を立ち、てきろと二人きり。
味の濃いかたつむり、それとペペロンチーノにブドウのジュース。
私のまえに彩られた皿の数々。
てきろは重い口を開いた。
「むしろくん、わたしはこの二か月の間とても楽しい時間を過ごさせてもらったよ。」
「うん、こんな不透明な活動内容なのについてきてくれてありがとう。」
「…それでね、むしろくん。君は今でも死にたいと思うかい?」
なんだろう、まるで…
「…うん、私は死ぬよ。」
別れ話のようだった。
「そっか、ねえ。もし暇だったらみんなと別れたあと──」
てきろの瞳は虹色に輝いていた。ひときわ明るく激しくはじけていた。
話が終わらないうちに二人が帰ってくる。
ほどなくしてアパレルショップへと足を運ぶ我々一行。
「みてみて、えっぐいパンティ!!」
あけっぴろげにランジェリーを注目させる。
下着コーナーではしゃぐ高校生、きっとこれは普通。
「はしたないから、やめなさい…」うつろが静止させた。
えへへ。
「…意外と、この中で一番早く彼氏をつくるのはむしろくんかもしれないね。」
てきろの軽いジョーク。
「男の子かぁ…」
恋愛脳になってしまう。いままでボッチだったし、自信がなかったけどもしかしたら彼氏ぐらい作れるんじゃ…。
…いや、身の丈に合わない理想を抱くのはやめよう。
それに【今が一番幸せ】だから。
てきろはうつろに絞められていた。うーん痛そう。
そうしててきろとうつろは試着室に向かった。嬌声が漏れていた。
安っぽい音楽に、ノイズ交じりのスピーカー、子供の楽しそうな声が聞こえる。
ずっと黙っていたみくろと二人きり。
「姉御、ちょっと話したいことがあるんだ、いいか?」
てきろに続いてみくろも!?
なんだろう。
「いいよ、何でも話してくれたまえ!!」てきろの口調を真似してみる。
「ああ、アタシは…昔の姉御が好きだった。かっこよくなんでも解決するさまを見て、ついていきたいって思ったんだ。」
記憶のないときの私か、うつろはボロカスに言っていたけどほんとはいい人だったのかも。
「アタシは今の姉御を殺したい。」
「え?ま?」
「おおマジだ。そう思っていた…。」
みくろは顔を伏せる。彼女は自らの暗黒面をさらけ出す。
「…自分の命を預けてもいいって思えるほどの人だった。でも消えてなくなっちまった。」
「…上書きされた記憶は元に戻らない。」
口からついて出たのはうつろがなにかのときに言っていた言葉。
私の顔を一気に見上げ、彼女の眼はしずくで溢れていた。
「知ってんだよぉ、んなことはぁ!!」
「でもよぉ。今の姉御も素敵だ。アタシに普通を教えてくれた。勉強の仕方も読書の楽しさも、知らなかった社会規範ってやつもぉ、全部ぅ!!」
「だからもう殺せねぇし、元の姉御に戻す気もねぇ…。」
「それでも、こんなこと隠してたアタシをまだ受け入れてくれるなら、部活にいさせてくれ。姉御たちといる普通の生活、これがアタシからのお願いだぁ…。」
願ったり叶ったりである。普通。それは今の私を形作るもの。そして、過去の私の願い。だから…
「もちろんだよ!!私たちは普通に過ごす権利があるから!!」
「それに…未遂ですんだならセーフだよ。うちにはアウトのやつもいるし。」
軽くながしたつもりなのだけれど、みくろは号泣し胸に飛び込んできた。
「姉御の胸、硬ぇよ…」
余計なお世話じゃい!!
みくろは、わたしと同じように普通を求めていた。頼れる大人もおらず、二人の妹の面倒を見、メイドとして負債を返す日々。
「硬い胸ならいくらでも貸したげる。」
そう言い切れば、彼女は顔中の液体をふき取り、顔を上げる。
みくろの笑顔を見るのは初めてだった。
まだ昼過ぎ、遊ぶ時間はたくさん残されている。
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