31輪.認めない


 マルス、アム、イブキは横並びで列車に揺られる。

 昼下がりの陽光が窓から差して、心地よい振動と共に眠気を誘ってくる。

 イブキはアム越しにマルスを何度も盗み見ている。

 マルスは顔半分を首布で覆い、俯いて寝ているように見えた。


「アム、アム!」


「……ん、何、どうした?」


 イブキに名前を囁かれ、アムは重たそうに瞼を開く。

 アムもどうやらまどろんでいたようだ。


「マルスと一緒にいて本当に大丈夫なのかな」


「うーん、まぁ、大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」


「何の根拠が……!」


 寝ぼけ半分といった様子で答えるアムに、イブキは噛みつく。

 大きな声に周りの乗客の視線が一斉に集まる。

 鼻息を荒くするイブキを肩を抑えながら、怪しまれないようにアムが周りに愛想を振り撒いたので、乗客の興味はすぐに各々の物に逸れた。


「……まぁ、少なくともソフィアが証人だね。あんなに無防備な少女から16年も花石を奪えなかった。それだけでマルちゃんは危険じゃないと分かる」


「まぁ、確かに……。え、何て?マルちゃん?」


 納得しかけていたイブキだったが、突然聞こえた耳馴染みのない単語を繰り返した。


「そう。マルちゃん」


 イブキに体を向けているアムが、背後でうたた寝しているマルスに手のひらを向ける。

 マルスは2人の会話に意識が覚醒してきたのか、眉間に皺を寄せて呻くように口を開いた。


「おい、うるさい。静かにしろ」


「マルちゃんのお目覚めだ」


 アムがイブキに悪戯っぽく笑いかける。

 親しみを込めてマルスの名を呼ぶアムに、イブキは目を丸くして開いた口が塞がらない。


「妙な名前で呼ぶな……」


「じゃあ、マルルン?」


「やめろ」


 マルスは目を瞑ったまま、うざったそうに頭を抑える。

 アムは新しいおもちゃを見つけたみたいに、楽しそうに笑顔を浮かべてマルスをからかっている。

 イブキはその光景が無性に嫌になった。


「私は、あなたを認めない!」


 イブキは胸の辺りがモヤモヤを晴らそうと、声を張り上げてマルスに食ってかかった。

 アムは小さな口を開けてイブキを見た。

 

「……別にお前に認めてもらわなくたっていい。俺の目的はその石だ」


 マルスはまるでイブキと壁を作るように、首布を引き上げる。

 そして、その際立った鋭い眼光でイブキを睨んだ。


「アムは騙せても私は簡単にいかないから」


「ハッ、それはどうも。流石は花御子サマ。この世の全ての判断基準がご自身にあるとお考えだ」


 イブキも顎を突き出し、マルスを見下ろすような冷ややかな視線を向ける。

 マルスはそれを小馬鹿にするように笑い飛ばし、わざとイブキの逆鱗に触れるような言葉を選ぶ。


「このっ……!」


 イブキの銀髪が逆立ち始める。

 見事にイブキはマルスの手のひらで転がされ、列車内でも関係なしに今にも雷のイデアを発動しそうになっている。

 

「あーもー!そうだ、お腹空いたんでしょ2人とも!とりあえずなんか食べよう!」


 険悪な雰囲気のイブキとマルスの間に挟まれたアムが耐えきれずに声を上げる。

 タイミングのいい事に列車が目的地で停車した。


「はい、行くよ!」


 アムは立ち上がるとイブキの右の手首とマルスの左の手首を引っ掴んで、ぐいぐい進んでいく。


「おい!引っ張るな、ぶつかる!」


「ちょっと、アム!まって、痛っ!」


 ほとんど並列に降車したので、狭いドアにイブキとマルスは肩をぶつけて降りることになった。


「喧嘩りょーせーばーい」


 アムは歌を歌うように軽やかに前を向いたまま言う。

 駅構内の人混みでもアムは2人の手を離す事なく突き進んでいく。

 行き交う人々は迷惑そうに3人を見るがお構いなしだ。

 陽が傾き、ピンク色の夕焼けが3人を包む。



 

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