15輪.エリカ


「は〜、つっかれた!ちょっときゅうけーい」

 

 アムはそう言うとベンチにどかっと座り込んだ。

 イブキもアムの隣にもたれるように座る。

 あれから2人は慌ただしい城に留まる事に気が引けて、街中を散策することにしたのだ。

 イブキは生まれて初めてこんなに歩いたので、存外体力を削られていることに気がついた。

 屋台で買ったオレンジジュースの酸味が疲れた体に染み渡る。

 初めて姫が国民と会うことになる戴冠式後のスピーチは、国民も楽しみのようで、どんな姫なのかと身勝手な噂が飛び交っている。


「どうやら、ニキビ面で陰気臭いらしい」

「あら!私は男みたいな筋骨隆々って聞いたけど」

「ずっと城にいるのにか?そんなわけ無いだろう」

「何にせよ、ずっと表舞台に出てないんだ、醜いことに代わりはないな」


 そんな根も葉もない噂が飛び交っている。

 イブキはそんな噂話をする民衆を遠目に、ジュースを最後の一滴になるまで啜った。

 きっと姫が姿を現したら、この人間達は圧倒されてすぐにひれ伏すに違いないと確信を持っていたので相手にするのも無駄だと傍観していた。

 それはアムも同じのようで、祭りの熱気に当てられた人だかりを退屈そうに眺めていた。

 

「そろそろ会場へ向かう?あんまりギリギリだとサンが見えないかも」

 

「そうだね」


 城の時計台を見上げると、定刻まであと1時間ほどだった。

 じっと待っているのもなんだかソワソワして落ち着かないので、2人は会場へ向かうことにした。


「うっわ〜、予想以上だね。サン見えるかな〜」


 城の前の広場は人で埋め尽くされており、サンが登壇予定のバルコニーがかろうじて見える。

 イブキは目を細めるが、きっとサンの勇姿を見届けることは出来なさそうに思えた。


「じゃじゃん!そこでさっき買ったこれの出番です」

 

 イブキが肩を落としていると、アムが鞄から望遠鏡を取り出す。

 イブキに手渡し、促されるがままそれを覗くが、中々バルコニーに焦点が合わない。

 どこかの木や、家のベランダから吊り下げられている花壇、楽しそうに談笑する人々ー。

 もう少し上を見た方がいいだろうかと、イブキは視点を上げてみると青空が見えた。

 気持ちよく晴れ、姫が国民に会うのに絶好の天気と言える。


「ねぇ、イブキったらさっきからどこ向いてるの。もう少し下だよ!」


「わかってるって」

 

 アムに指摘されたので、もう少し下へ動かしたところ不思議なシルエットが一瞬視界に入った。


「……?」


 イブキは何かが引っかかりそのシルエットに戻る。

 人のシルエットに見えるが、大きな黄色い羽が生えている。どこか見覚えのあるシルエットー。

 長い白髪が風に揺られて、地上を見下ろす、どこか他人を小馬鹿にした表情。

 そうだ、あれは。


「エリカ!」


 よく見知った花御子のシルエットが、イブキの視界に映り込んでいたのだ。

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