遭遇、メリベルさん
「ネックさんも、リサさんみたいにいくつも魔法が使えるんですか?」
マジカはリサさんの魔法の腕前に感嘆としているようで、喰い気味に質問する。
「あ~、あの人も私と同じような魔法は使えるけど、処理速度は断然私の方が上よ。あの人が得意なのは、魔法を解除する魔法――アンチマジック系統ね」
「あ、それ聞いたことあります。魔法詐欺師の天敵って……アレ? じゃあ私、ネックさんにこの変身魔法を解除してもらうこともできたんじゃ」
「持続時間を計りたかったんでしょう? 師匠はそれを配慮してくれたの。変身を解除したらそれがわからなくなるじゃない」
「ああ、そっか……でも、アンチマジックも貴重な魔法のはずですよね。ネックさんもすごいなあ。リサさんは苦手な魔法とかあるんですか?」
魔法使い同士で会話に華が咲く。
リサさんもネックさんも一線級の魔法使いだ。お母さんの弟子として雇用されているけど、二人は元々個人で独立できるほどの技能を持っている。そんなスゴい二人がどうしてお母さんの元で働いているのか、それぞれ理由はある。
魔法使い同士の魔法談義。
……なんとなく、話の輪に入れそうにない気がしてマジカたちより先に足を進めた。
行き先は知ってる場所なので迷うことはない。数歩先前に出ているだけなので、リサさんも私を見失わないだろう。
そうやって僅かな距離を取ったのがまずかった。私より背の高い二人の影に入っていれば、会いたくない人と遭遇しなかったかもしれないのに。
「あら、マホさんではないですか?」
かけられた声に対し、私はキツく口を引き結んだ。危うく「ゲッ」と言いかけたからだ。
金髪に青空のようなワンピース姿。夏にぴったりの涼やかな装い。
そして、髪色と同じ彩りのブレスレットが彼女のトレードマークだった。太陽光にキラリと反射して、大人びた容姿をさらに艶やかにするほど似合っていた。
シャラン、と金属が静かにぶつかる上品な音がする。
「こ、こんにちはメリベルさん。奇遇ですね」
「こんにちは。マホさんもお買い物かしら。おうちの方は……」
私が一人で街に出向くことはほぼないので、彼女はあたりを見回す。
すぐに後ろから着いてきていたリサさんたちを捕捉し、目が合ったのか会釈を交わした。
「ご無沙汰しておりますリサさん。今日は工房の買い出しですか?」
「ええ。メリベルさんも何か欲しいものが?」
「そうなんです。新しい魔法の教本が出版されたと聞きましたのでそれを。……あら、そちらの殿方はどちらさまでしょう」
リサさんの隣に佇むマジカに気づいたのか、メリベルさんがやや訝しんで尋ねた。
私が間に入って説明する。
「うちで雇うことになった嘱託魔法使いのマジカです。今はちょっと事情があって、男の子に変身してます。本来は女性ですのであしからず」
「えっ……女性? マヤコさんの工房に雇われたですって?」
メリベルさんは広告板に張られたマジカの資格証に気づき、ためつすがめつ眺めた。
彼女が狼狽えているスキに、今度はマジカにメリベルさんの紹介をする。
「マジカ。この人はクラスメイトで委員長のメリベルさん。私とは選択学科が違って魔法使いを目指してるの」
「へえ、そうなんだ。頑張ってねメリベルちゃん」
「…………」
メリベルさんはマジカの応援に返事をしなかった。
食い入るように、そして怪訝そうにマジカの資格証を見ている。
「この資格証は本物なのですか? 十才の時に取得してるなんて信じられません」
普通そういう反応するよね。
それを知った工房でも私だけが取り乱していて、お母さんとリサさん、ネックさんの三人は驚かずに事実を受け止めていたけど、世間一般的にはビックリすることなのだ。
特異なお得意様と多く接客してきたせいで、三人はきっと感覚がマヒしている。
リサさんがメリベルさんに念を押す。
「資格証が本物なのはウラが取れてるの。将来性アリってことで、今は試験的に魔法の腕前を見せてもらってて、ついでに買い出しも手伝ってもらってるの」
「それで変身魔法を? マジカさんは変身が得意なのですか?」
「う~ん、割となんでもできちゃうかなあ。治療魔法も転移魔法も、精製魔法もできるよ」
「なん、でも?」
メリベルさんの混乱に拍車がかかっている。マジカが挙げた魔法は、どれも系統が異なっていて同時に習得するのは難度も高く、年数を要することを彼女はよく知っているからだ。
それを、年上とはいえ成人にもなっていない少女が成し得ているというのだから、メリベルさんは耳を疑っているのだろう。
だけど、彼女の狼狽はすぐに消え、笑顔でマジカの才能に諸手をあげる。
「素晴らしいですわマジカさん。マヤコさんの工房に雇われるだけのことはありますわね」
純粋な賛辞だ。魔法使いを目指しているメリベルさんにとって、マジカは魅力的な先輩にも映ったのだろう。加えて。
「実は、私のお父様は魔法使いの派遣・斡旋会社を経営しておりますの。マヤコさんの工房に雇われているのなら仕方ありませんが、機会があれば是非こちらに連絡してみてください」
メリベルさんは懐から折りたたまれたチラシを取り出す。
それは、魔法使いを募集する広告だった。魔法を必要としている職場がいくつも羅列され、そこで働く魔法使いの賞賛のコメントが載せられている。
「お仕事に興味はなくても、何かお困りごとがあれば魔法使いの人材を派遣できますわ。是非我が社をごひいきにしてくださいませ」
「わあ、それはどうもご丁寧に」
珍しくマジカが気圧されている。若干棒読みだ。
マジカは魔法使いとして優秀な人材。メリベルさんとしても一目置いておきたいのだろう。
とはいえ、本人は特に興味なさそうだった。端から見てもチラシに目を滑らせているだけで、所在なさげに私とメリベルさんとを見比べている。反応に困るからって助けてやんないけど。
すると、マジカはメリベルさんの手に感心を示した。キラキラ光るそれを指さして言う。
「メリベルさん、素敵なブレスレットしてるね。とても似合ってるわ」
裏表のない素直な感想に、メリベルさんは顔を赤くして笑顔で返事をした。
「ありがとうございます。これは母様が立派な魔法使いになれるようにと、十二才の誕生日にプレゼントしてくれたものなんです。似合ってるとよく言われるので、お気に入りで。手入れも欠かさずずっと身につけるようにしてるんです」
シャラン、とブレスレットが鳴る。謙遜しているけど、実際似合っている。
「立派な魔法使いに、かあ。私も、おばあちゃんから手作りの帽子とケープをもらったときは飛び跳ねて喜んだなあ。今はもうサイズが小さすぎて尺を足さなきゃいけないけど」
マジカも感慨にふけっている。
ん? ということは、あのサイズが小さく見えた魔法使い装束は、おばあさんの遺品になるのかしら。布地が継ぎ足されただけの着心地が悪そうな服に見えたけど、それを着こなそうとしていたのは無理にでも身につけたかったからかな。
「そうだわマホさん。夏休み前に頼んでおいた件はどうなりました?」
急に話を振られて心臓が飛び出すかと思った。
ここでその話題は、まずい。
「あ、えっとそれはまだ考え中で……そうだゴメンなさいメリベルさん、私たち買い物の途中だからこのへんで失礼させてもらっても良いかな」
早口となってしまったのは否めないけど、メリベルさんも道中引き留めて気が咎めたのか、私の要望をすんなり受け入れてくれた。
「そうですわね。私も街中で不躾でしたわ。マホさん、失敗しても構いませんのよ。その場合もキチンと私のほうで考えていますから。ではまた休み明けの学校で。ごきげんよう」
メリベルさんはスカートの裾をつまんでお辞儀をする。
育ちの良さがわかる仕草で、とてもお上品だ。去っていった彼女を見てマジカが舌を巻く。
「ご令嬢って私初めて見たわ。お姫様なオーラ出てたよね。それはそれとして、マホはなんでそんなに焦ってるの?」
気まずくなってるのは私だけ。だって、メリベルさんには知られたくないことがあったから。
彼女が見えなくなったのを確認して、改めて返事をする。
「あの人に、ちょっと頼まれてることがあって」
「ああ、さっき言ってたね。なんなの?」
メリベルさんは魔法使い志望だ。魔法使いを仕事にするにあたって、必要な道具がある。
それは。
「私に、魔法の杖を作ってほしいんだって」
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