魔法の限界
「なるほど。つまり、マジカちゃんは魔法の持続時間や使用回数の問題を解決したくてここを頼ってきた、というわけだね」
「ご理解が早くて助かります。お引き受けできますか?」
「そうだねえ。参考までに聞くけど、うちに来る前は他の魔杖技師を頼ったんだろう? 杖は作ってもらえなかったのかい?」
「作ってはもらえました。でも、私の魔力を通しても機能してくれないんです。壊れてもないのに私の魔力は拒絶されてるみたいで。正直、マヤコさんが無理ならどうしようかと思ってるところです」
「ふ~ん」
お母さんはそう返事して、マジカの依頼書とネックさんが持ち帰った調査書を並べて交互に見やった。その二つに何が書かれているのだろう。
お母さんが即断しないのは珍しかった。いつもはズケズケとハッキリ意見は言うのに。
悩んでるようではないのだけど、考えを巡らせているというか。
二つの資料を見比べて頭の中でずっと方程式を解いているような、そんな感じ。
世界一の魔杖技師に舞い込んでくる依頼は特異なことが多い。他の技師にはできない発注が大半を占めていて、報酬と依頼内容に釣り合いが取れているなら、マヤコはそれを引き受け、そして引き受けた依頼は必ず納品する。
光と影を同時に操りたい、と希望する魔法使いの依頼者がいたとしよう。
本来、その二つは相反する現象で、水と油のように互いに混ざり合うことを拒絶するみたいに、同時に操るのは至難の業と言われているけど、マヤコの手にかかればそれが可能となる。
二流は一流に。一流は超一流の魔法使いになれる。お母さんの評判にはそういう触れ込みがあった。ただし、依頼料は他の工房と比べ割高だ。制作費もさることながら、アフターケアを含めたメンテナンスもこの工房でしか行えず、さらに出費もかさむ。
そんな事情もあって、懐に余裕のある利用者にしか杖を提供しないことにしている。
ゆえに、一時的に預かっている杖のメンテナンスがお母さんの仕事の大半を占めていた。
新規で顧客を募集することがあまりなく、募集をしても長い予約待ちという始末。
だけど、お母さんと相談したい魔法使いはあとを断たない。
依頼者も、もちろん満足して杖を持ち帰っている。魔法使いを救えるのは魔法の杖だけ。
その信条を常として、日々研鑽と仕事を積み重ねている、私の憧れの人。
もちろん断るケースだってある。犯罪に使われそうな魔法の杖……たとえば、先ほど言ったような金品の精製を補助するような杖の制作依頼は断っている。
犯罪の片棒を担ぐようなことはできない。杖の使い道まで保証できないから。
もしかして。
お母さんは、依頼人が犯罪に手を染める可能性を危惧しているのだろうか。
もしそうだったとしたら、今この場で依頼そのものを断っているはずだけど、なんというか、あまりにも返事が遅かった。
手持ち無沙汰もあって、私は彼女に一つの疑問をぶつけてみた。
「ねえあなた、自分が想像できることならなんでも魔法にできるのよね」
「うん、そうだけど」
「ならさ、魔法の回数を増やす魔法を自分にかければ良いじゃない。そのあとに、魔法の持続時間を伸ばす魔法をまた自分にかければ、あなたの悩みは解決じゃないの?」
彼女の言う「なんでも」の解釈しだいではあるけど、この指摘は間違っていないはず。
魔法使いの力量や工夫が前提でも、魔法は極論万能だ。
彼女はその万能とも言って良いポテンシャルを秘めていると思う。
「お母さんを頼ったのは悩みを解決するためでしょ。じゃあ、悩みがあるなら、未来の展望もあるのよね。魔法を何度も使う理想の自分を想像したり、効果が切れない魔法を想像できたら杖は必要ないんじゃない?」
「マホ、なかなか鋭いね」
「マジカちゃんそれは買いかぶりだよ。悪知恵ばかり働かせる困った娘なだけさ。技師としての成果がからっきしでね。普通の夢を持てって言い聞かせても、全く諦めない頑固者。挙げ句の果てに工房で横領をしでかしたクソガキだよ」
お母さんの横やりにムッとする。そりゃ、さっきのことは反省してるけどさ。
依頼人は苦笑しながら「それはいろんな技師にも言われたよ」と前置きし、こう質問に答えてくれた。
「たとえばさ、折り紙を想像してみて。私の魔法はどんな形にだってなれる。折り鶴、紙風船、手裏剣、カブト、ウサギ……折り方さえ知っていれば万物に変身できるけど、折り紙は自身の折り紙を増やすことはできないの。そういえばわかりやすいかな」
言い得てはいる。質量保存の法則を言いたいのだろう。
「ええ、納得したわ。処理能力は万能だけど、魔力の分割や出力に問題があるってこと?」
「マジカちゃんの悩みはそんな単純な話じゃないさ。それくらいの分析は今まで依頼した技師も当然思い至ったはず。根本的な原因が他にもあるだろうね」
お母さんに再び口を挟まれる。ただ、その指摘はもっともだった。
過去に彼女が頼った魔杖技師だって、懐事情を鑑みるに、一流の腕前だったはずだ。
そのプロたちがサジを投げたとあれば、私の考えが及びもしない問題があったのだろう。
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