救世の勇者、辺境の死霊術師となりました

蕪菁

第一章【魔王のいない平和な世界で】

第一幕【なぜ彼女は命を奪われなければいけなかったのか】

1-1【静かな静かな森の中で】

 ――遅くまで起きてると魔物がやってきてさらわれる。


 そんな子供に対する言いつけも今は懐かしく、昨今の夜道で気を付けるべきなのは悪意ある人間か腹を空かせた獣だろう。


 特に月明りしかない森に囲われた街道など、まともな人間ならば集団でも近付かないことだろう。



「おらァ! 待ちやがれクソガキがッ!!」



 夜の森に怒号が響き渡る。


 いくつもの松明が暗い森の中で揺れ、それを手にする粗暴な男達の顔を照らす。


 粗雑な服に身を包んだ彼らの手には湾曲した幅広の刀剣が握られ、行く手を阻む藪を切り開きながら街道脇の森を進む。


 枝葉を踏みしめる足跡が近場の小動物を目覚めさせ、一羽の鳥が彼らの頭上を飛び去っていく。



 ただならぬ様相に包まれる夜の森。


 そんな恐ろしい剣幕の男達に追い立てられるように、二つの影が明かりも持たずに森の奥へと駆け抜ける。


 大柄な人影がもう一人の小柄な人物の手を引き、全く視界の通らない森の中を真っ直ぐ突き進んでいく。


 先頭を走るその大柄な人物は、まるで整備された平地で走るのと変わらない速度で藪をかき分け男達との距離を放していった。



「くそっ、逃げ足早すぎるだろ!」

「諦めるんじゃねぇ! を手に入れなきゃ俺達が殺されるんだぞッ!」



 焦る男達を置き去りにし、彼らが追う者達は奥へ奥へと森の中を進んでいく。


 しかし手を引かれている小柄な人物の方は、体力の限界なのか息が荒い。


 それに気付いた大柄な影が立ち止まると、颯爽ともう一人を両腕で抱え再び走り始める。



 追手の気配は声と共に小さくなっていくも、逃走する側は一切足を緩めない。


 まるでその先に目指す場所があると確信しているかのように、ただひたすらに藪の中を突き進む。


 足音は外見の大柄さとは裏腹に小さく、まるで影そのものが形を得て動いているかのようだった。




 夜道で魔物に出くわすことがなくなって久しい昨今。


 力ない人々の平穏な日々は、未だ遠く。




         ◇     ◇     ◇




 その森は昼間にもかかわらず薄暗く、そしてどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


 名も知らぬ鳥がけたたましい鳴き声を響かせ、藪の奥からは何者かも分からない大型生物の足音が鳴る。


 そんな森を抜けるために用意された名も無き古い街道を、鼻立ちの整った一人の男が鼻歌交じりに進んでいた。



 政情不安なこの地域では、一人歩きも命懸けだ。


 それなのに男といえば、身を護る術は粗末な鞘に収まる安物の長剣のみ。


 防具の類など一つも身に付けず、服装は旅人向けにこしらえた褪せた赤色の布服に茶色い皮ズボンとブーツ。


 紐で口をくくった大きめの革袋をカバン代わりに、それを肩に掛け周囲を警戒する様子もなくのん気に街道を進んでいく。



 日暮れ時の藍色を思わせる短い髪を揺らす風は、この地域特有の少し湿気を帯びた空気を運んでくる。



「この辺もそろそろ種まきの時期かぁ」



 そんなことを口にしつつ、男は立ち止まり大きく深呼吸する。


 季節の移ろいを肺と肌で感じると、彼は満足げにうなずき再び歩き出す。



「ウェイン……ウェインドール」



 そんな穏やかな雰囲気には似つかわしくない、くぐもった低く物々しい声が男……ウェインドールの耳に届く。


 彼は再びその場で立ち止まると、肩に掛けていた革袋を降ろして地面に置く。



 そして近くにしゃがみ込むと、その袋をまるで家畜をなだめるかのように軽く叩いてみせた。



「はいはいはい、静かにしててくれよ。もしも人に聞かれたら大変じゃないか」



 中にいる何かに対し、子供に向けるように語り掛けるウェインドール。


 そして再び革袋を手に立ち上がり、それを肩に掛けなおして再び歩き出す。



「にしても結構歩いたけど」



 そう言ってウェインドールが先を見渡すも、彼の前には森に囲まれた街道が続くばかり。


 代わり映えしない道がひたすらに続く光景は、まともな人間ならばただただ退屈を覚えるものだ。


 彼も目の当たりにした光景に対し小さくため息を返し、三度立ち止まると改めて左右の森を交互に見比べる。



 そして何を思ったのか、自分一人の中彼は左側の森に向け指を差し、小さくうなずく。



「よし、こっちだ。なんか近道のような気がする」

「ウェイン……よせ」



 袋の中から聞こえる声が、ウェインドールの唐突な行動に戸惑う様子を見せる。


 しかし彼がその声に耳を貸すこともなく、何の気兼ねなしに今度は森の方へと大股で進んでいってしまう。


 森の入り口は藪に覆われ、そこが人の寄り付かない場所であることは誰に目にも明らかだ。


 それでもウェインドールが躊躇を見せる様子はなく、腕と脚で藪をかき分けながら森の奥へと進んでいってしまう。


 少し進んだだけで後方に見えていた街道は木々に隠され、昼間とは思えない薄暗さが彼の周囲を包み込んだ。






 近道の予感などというまともではない理由で森を進むウェインドール。


 枝葉の隙間から覗く空は茜色に染まりつつあるが、彼の言葉とは裏腹に暗い森は延々と続いている。



「あれ、やっぱ全然近道じゃない感じか?」

「ウェイン……当り前だ」

「当り前って、まあそうか。うん」



 呆れた様子の声に対し、ウェインドールはまるで反省していない様子でうなずいてみせる。


 声の方も彼のそういう態度を見抜いていたようで、何も言わず小さくため息をつく。



 しかし反省をしたところで現状が好転するものでもない。


 もはや戻るにしても夜を迎えることになるであろう奥地まで進んでしまったウェインドールには、決めた道を進む以外に選択肢はなかった。


 だが長く森の中を歩き続けているとは思えないほどにその足取りは軽く、彼が未だ疲労を覚えていないことが伺える。



 それからさらに歩き続けた頃……。



「おっ」



 森の中にわずかな光が差し込んだところで、ウェインドールは声を上げる。


 彼の見る先……木々の隙間からは森の切れ目が覗いていた。


 早速そちらへ向け駆けだすウェインドールだったが、藪を抜けて辿り着いたのは森の中にぽっかりと開いた空き地だった。


 そこは緩やかな坂になっており、中腹には周囲の木々より大分高く太い巨木が一本。


 そして巨木の傍らには、丸太を組み合わせて作られた小屋があった。



 丸太でこしらえた薪割り台の傍には手斧が立て掛けられ、傍らにはたくさんの薪が積まれている。


 更に小屋の横には石積みの煙突が伸びており、中に人がいるのか細い煙が立ち上っていた。



「木こり小屋か?」



 周囲の様子を見て首をかしげるウェインドール。


 少なくとも人の気配が確認できるその小屋に向け、彼は何の躊躇も無しに坂を下り始める。


 そしてもうすぐ辿り着こうというその時、小屋の陰から小さな人影が現れる。



「……えっ?」



 突然姿を現した住人らしき人影。


 その正体は、年端も行かないであろうどこか儚げな少女だった。

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