秘密結社、始動す……後編
「いやいや、間一髪であったな」
友瑠の追跡を避けるように校舎裏まで逃げ延びた真人と理人は、そこで改めて自らの立ち位置を見つめ直し、装備品を確認した。
校舎裏の薄暗い影に身を潜め、二人は荒い息を吐きながら振り返る。誰も追って来ていない。
友瑠は彼等の存在すら既に忘れ去っているようだった。それが余計に屈辱的で、真人の胸の奥に苦い感情が湧き上がった。
「あの『堕天使』め……我等の存在を蚊か何かのように軽視しおって」
真人は拳を握りしめながら言った。理人も同じような悔しさを抱いていたが、より冷静な分析を試みる。
「久遠氏の堕天ぶりは見事なものよ。かつては我等と同じく闇の深淵に魅入られし者であったというのに……今や光の世界に身を置き、我等を虫ケラのごとく扱う」
「然り。奴はかつて我等と共に『深き闇の儀式』を行った戦友であった。『
理人は眼鏡を押し上げながら、遠い目をして当時を振り返った。
「あの頃の久遠氏は、真に闇の申し子であった……黒いコートに身を包み、『影の王国』の建設を我等と共に夢見ていたものを」
ちなみに黒いコートとは防寒用の男子生徒のコートの事だ。冬場なら誰もが着用しているのは言うまでもない。
「それが今や……光の魔女の傘下に入り、我等を見る目は哀れみすら感じさせる。まるで過去の自分を恥じているかのような……」
「許せん! 光の世界に染まり、闇の絆を忘れ去るなど……これぞ真の背信行為!」
真人は声を荒げた。その声に鳥が驚いて飛び立つ。
「落ち着け、真人氏。我等が感情に支配されては、真の闇の戦士とは言えぬ」
理人は真人の肩に手を置いて制止する。
「だが理人氏……あの時の屈辱を忘れることができるか? 奴の視線に込められた同情と憐みを」
「……確かに、胸に刺さるものがあったな」
二人は沈黙した。
校舎の向こうからチアリーディングチームの女子生徒達声が聞こえてくる。「お疲れ様」という言葉とともに。
「無念……失地し、観測も失敗するとは!」
真人が小さく呟く。その声には、いつもの威勢の良さが感じられない。本来なら今頃『秘されし闇のヴェール』を観測していた筈だった。
「何を弱気になっているのだ。我等は選ばれし闇の眷属。この程度の挫折で心折れるような軟弱者ではあるまい」
理人は真っ直ぐに言い放った。
「我等の行いは『聖なる禁忌の観測』……決して下劣な覗き見などではない。これは闇の力を解明するための重要な研究なのだ」
「うむ。我等は研究者。闇の世界の真理を追求する探求者なのだ」
真人は自分に言い聞かせるように頷いた。
「然り。久遠氏如きに我等の信念を揺るがされてはならぬ。奴は光に堕ちたが故に、真の闇の力を理解できなくなったのだ」
「そうだ……奴こそ哀れむべき存在。真の力を捨て、偽りの光に縋りついているのだから」
二人は互いを励ますように言葉を交わした。
「それにしても……奴の変貌ぶりには驚いた。以前は我等と同じく、この世界の真実を見抜いていたというのに」
「『光の魔女』の洗脳……まさに侮りがたし。きっと奴も犠牲者なのだ」
「ならば我等が奴を救わねばならぬのか?」
「……それは、難しい判断だな」
理人は困ったような表情を浮かべた。
「まずは我等自身の力を蓄えることが肝要。『約束の地』を確保し、更なる観測を重ね、闇の真理に近づかねばならぬ」
「うむ。そして奴らに我等の真の力を見せつけてやるのだ」
真人は拳を握りしめたが、その手は微かに震えていた。
「闇の眷属でありながらも、なんと恐ろしき使命か」
「いや、あれは光に堕ちかけている影の影響に他ならぬ」
第三者に見つかり、慌てて逃げ出す様は、本物の闇の勢力というよりは、まるで秘密基地を暴かれた小学生のようだった。
だが、彼等は全く動じない鋼のメンタルを持っている。自らの行いを悔い改める気持ちなど更々ない。
「まったく、闇の勇者たる我等が脆弱すぎる」
「だが、伊達ではないということか……!」
しかし、二人は再び中二病的な台詞を口にする。それが唯一、自分達のアイデンティティを保つ方法だった。
「我等の戦いは始まったばかり。今日の敗北など、長き戦いの序章に過ぎぬ」
「
そう言いながらも、二人の足取りはどこか重く、まるで敗戦の将のようだった。友瑠という『堕天使』に軽くあしらわれた屈辱は、思っている以上に深く二人の心に刻まれていたのである。
だが、その時、二人の背中に女性の声が駆け抜けた。
「あら? そこにいるのは……」
彼等『闇に住まう者』が、女子に声を掛けられることなどない。当然聞き流していたが「待ちなさい、そこの二人」と呼ばれビクンと身体を震わせた。
「我等……なのか?」
「他に人影はない……しかし……この声は?」
聞き覚えのある声だった。振り返ると、二人は凍りついた。そこには風紀委員の腕章を付けた高嶺ひかると美山玲子が立っていた。
「『秘されし光のヴェール』を狙っていた、いつものお二人さんね」
ひかるの冷たい視線が二人を射抜く。
「本当に、懲りないわね……あなた達」
「私達が気付かないとでも思ったの?」
玲子がゴミを見るような視線を投げ掛け、真人と理人の全身に衝撃が駆け抜ける。
「ぐっ……『粛清の天使』らに追われるとは……!」
真人と理人は慌てて逃走を開始した。しかし、テニス部で鍛えた二人の運動能力は圧倒的で、文化系男子の足では到底敵わない。
「はぁ……はぁ……逃げ切れん……!」
「これが体力格差の現実か……!」
「もはやこれ迄……かくなる上は」
あっという間に確保された理人は、最後の手段に出た。カメラからSDカードを取り出し、口に放り込み、ゴクリと飲み込もうとする。証拠隠滅。後はどうとでも言い逃れできる。
「どうだ! これで我等の勝利……って、何ぃっ!」
玲子の回し蹴りが理人の指先を直撃し、SDカードが勢いよく弾き飛ばされた。
その瞬間、理人はしっかりと玲子のスカートの中を目撃してしまう。
「これぞ純白の輝きが放つ浄化エナジー! 我、無垢となりぬ……ぐはぁ!」
理人は鼻から噴水のように鼻血を噴き、白目を剥いて倒れ伏した。真人は一足先に、ひかるによって確保、正座させられている。
「じゃあ、反省文100枚分……4万字ね」
ひかるの宣告に、二人は完全に燃え尽きた。ちなみに、弾き飛ばされたSDカードは見事に側溝に落ち、データは完全に消失していた。
「今は勝ち誇るが良い、天使どもよ……」
「だが……我等の野望……決して潰えぬ……」
ヨロヨロとその場を立ち去る異能観測同好会。しかし、彼等の中二病の炎は消えることなく、再び『約束の地』を求めて歩みを進めるのだった。
◆◇◆◇◆◇
メディア部では、練習を終えた藤原飛鳥達チアリーディングチームがやって来て、華やかで元気な声が飛び交っていた。
友瑠が撮影した写真を彼女達のスマートフォンにデータ送信している。
「すごく良く撮れてるね!」
「わぁ、可愛い!」
「颯月の言う通りだったね!」
「久遠マジック、ヤバくね?」
「ありがとう!」
「ん……どういたしまして……」
満面の笑みで喜ぶ飛鳥達を見て、友瑠も恥ずかしそうに微笑んでいる。
その様子を『光の魔女』こと、三隈明香は柱の陰から静かに眺めていた。柱を掴む手に力を入れ、表面的な笑顔という仮面を被りながら。
――柱折れそう……
明香の隣にいた親友の
<Continued in Episode 2>
【本編はこちらです】
「ノーアドバンテージの恋だから」
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