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玄関の20メートルほど手前にベルボーイの制服を着た男が立っていて、車を止めさせたのです。
ボーイが言うには、駐車場への通路が工事中で使えない。駐車場へは通用口を経由して行かなければならないので、車をここで預かりたい、ということでした。
M氏が逡巡していると、後部座席のドアが開けられ、やはりボーイ姿の若い女が「お疲れ様です。お荷物をお預かりします」とM氏夫人に言いました。
M氏夫人は「荷物はいいの。手提げ一つだから。それより子どもを下ろしてベビーカーに乗せるのを手伝って」と言ったので、M氏も車をボーイに預けるべく運転席より降りました。
M氏が車の背後を回ってM氏夫人のところまで行く間に、ベルガールは手際よくベビーカーを車から下ろして広げ、ベビーシートで眠っていた子どもを移しました。
「さすがは一流ホテルのボーイさんね。この子が泣かないなんて奇跡よ」
夫人がそう言って喜んでいるのでM氏も文句が言えなくなり、ベビーカーを押すベルガールに従って夫人と並んで玄関へ向かいました。その横でボーイが運転する車が、ゆっくりとバックしていきました。
「お客様、どうぞ」
ベルガールは玄関の脇に立ち、M氏夫妻を先に入れました。
M氏夫妻は迎えに出てきたフロントマンとひと言ふた言挨拶を交わし、ベビーシッターがホテルに来ていることを確認しました。
M氏夫人はベビーカーを押してきてくれたベルガールにお礼を言おうと振り返ったのですが、そこにはベルガールの姿もベビーカーもありませんでした。
まだ玄関の外にいるのかと思い、急いで向かいましたが、外には人っ子一人いません。
様子がおかしいことに気づいたフロントマンが「どうしました?」と尋ねたので、ベビーカーを押してきてくれたベルガールがいないと答えると、フロントマンはこの時間には玄関の外にベルボーイを出していないと言います。
M氏が驚いて通路の工事のことを話すと、フロントマンもびっくりして、そんな工事はしていないと言うのです。
M氏とフロントマンがあわてて通路を入口のほうに向かって走っていくと、入口手前のカーブのところにM氏のBMWが、通路を塞ぐように斜めに停まっているのが目に入りました。
二人は車内を覗いてみましたが、もちろん、もぬけの殻でした。
それから従業員や警備員を呼び集めて周囲を探したのですが、子どももベルボーイ・ベルガールに化けた犯人も見つけることはできませんでした。
まるで神隠しに遭ったみたいに、M氏ジュニアは誘拐犯もろとも消えてしまったのです。
そこでフロントマンは警察に通報することにしました。この時点で偽ベルボーイがM氏に声をかけてから30分が経っていました。
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