第22話 捕縛作戦・後

「蒼雪!? どうしてここにいるのよ!」

 自分を抱き上げる蒼雪に、凜は頓狂な声を上げる。

「蒼雪様だけじゃなくて、俺たちもいるっすよー!」

 見ると弓達の前には景一が、賀茂の前には瑠風が、こちらを庇うようにして立っていた。凜は目を見開いたまま蒼雪を見上げる。

「あなたは人間を傷つけられないでしょう?」

「人助けなら別だからね。いざと言うときに備えて、君たちを見ていたんだ。最初から、ずっとね」

 蒼雪は凜の体を降ろしながら、戸隠を見据えた。相変わらず彼の周りでは、黒い影が不気味に蠢いている。

「あれは随分と禁術を使ったようだね。早く仕留めた方がいい」

「あの影が厄介なのよ。私たちでも勝てるかどうか……」

 何せ十本もある上に、移動速度も速いのだ。現に凜でも、先ほどは対応しきれなかった。苦戦を強いられることは間違いない。

 だが蒼雪は、いかにも余裕げに微笑んだ。

「何を言っているんだい? こちらには速攻が得意な狼と、結界の達人のサトリと、妖怪頭の九尾狐がいるんだよ? 負けるはずなんてないでしょう」

「……っ!」

 そうだ。自分たちだけなら難しいかもしれない。だが彼らが――蒼雪がいるなら、勝てそうな気がしてくる。何せ彼は東の妖怪頭で……今もこんなに、余裕そうにしているのだから。

「……確かに、そうね」

 彼の飄々とした笑みに救われた。苛立つと思っていたこの態度さえ、今では頼りがいがあると思えてしまう。

 ――来てくれて嬉しい。隣にいてくれると安心する。

 そう思えてしまう程に、いつのまにか蒼雪は凜の中で信頼のおける存在になっていた。そして、助けられた時に感じた胸の鼓動。それを思い出すと、自然と一つの言葉が思い浮かぶ。

 ――蒼雪が、好きだ。

「ふふっ、何で今なのよ」

 生まれた言葉があまりに腑に落ちたので、凜は思わず笑ってしまった。

 凜の反応を見た蒼雪が、楽しげに首をかしげている。

「弱音は十分消えたかな?」

「まあね、そんなところ」

 凜は微笑みながら、戸隠に向き合った。触手のようにうねる影だって、今は大した事のない雑草のように思えてくる。

 こんな風に思わせてくれる蒼雪が好きだ。改めて凜は想いを胸の中に刻む。

 それを伝えるのは今ではないが、その気持ち一つで自信が湧いてくる気がした。

「それじゃあ、初の共同戦線といこうか」

「ええ、必ず仕留めるわよ!」

 ぱちりと蒼雪が指をはじくと同時に、凜は雷撃を繰り出した。狐火と雷が混じり合って飛んで行き、戸隠の体をかすめていった。だが相手も咄嗟に影で体を包み込み、攻撃の半分を受け流す。

「はぁ、はぁ……はは、何人で来ようが同じだ! こちらは影どもでいくらでも攻撃を弾けるのだからな!」

 高笑いする戸隠に、凜は唇を噛む。だがそれに、不敵に返す者がいた。

「さて、そう上手くいきますかね?」

 瑠風は笑みを浮かべたまま、戸隠の周囲を指し示す。

「蒼雪様。あの影は、彼の周囲を囲む庭石に張られた呪符を媒介に生まれているそうです。なので呪符を壊せれば、影も消えるかと」

「さすがは瑠風。よくやったね」

 ぱちぱちと手を叩く蒼雪の後ろで、戸隠が愕然とした顔をしている。

「なっ、何故分かった!?」

「私はサトリですから。あなたの考えていることを読むのは簡単です」

 瑠風はそう言って、両手をぱんと軽く叩いた。直後に賀茂の呼び出した五匹の式神犬の体が光る。

「守りの結界を彼らの体の周囲に張りました。五つはそれで壊せるかと」

「あ、ああ! 助かる!」

 賀茂は急な支援に戸惑いつつも、式神犬に指示を飛ばす。同時に五匹の式神は庭石に向かって走り出した。影が式神たちに襲いかかったが、体に触れた瞬間に弾き飛ばされる。そして庭石に張られた呪符を口で咥え、千切り捨てた。

「くそっ……!」

 戸隠のうめき声と共に、五本の影が消えていく。残った五本が式神たちに向かい、その体を投げ飛ばした。結界の効果が消えた式神たちは、家屋の壁にぶつかり消えていく。だが戸隠を守る影の数は、一気に半分となった。

「ひゅう! 瑠風さんたちさすがっす! 俺も負けてられないっすねぇ!」

 瞳をぎらつかせた景一が、地面を蹴って宙に飛び上がる。

「させるか!」

 戸隠の影が、景一の体へ襲いかかる。だが景一はその影を爪で切り裂いた。

「へへん。俺の爪で切れないものは蒼雪様と姐さんくらいっすよ!」

 切り裂かれた影は再生するも、すぐに再び景一に切られる。景一は影と工房を繰り返しながら、後ろの弓達を振り返った。

「おにーさん! 今のうちっす!」

「わかってるって!!」

 弓達は弓を構え、光の矢を五本放つ。五本はそれぞれ残った庭石に命中。当たった庭石は、呪符と一緒に真っ二つに割れていった。同時に残った五本の影も、消えていく。

 部下たちの活躍を見ながら、蒼雪は小さく口笛を吹いた。

「やるねぇ、君の部下も」

「あなたの部下もね。でもこのままじゃ、見せ場を奪われちゃうわ」

「その通りだ。そろそろいいところをみせないと」

 蒼雪はぱちりと指を軽くはじいた。戸隠の周りに青い狐火が走り、ぐるりと彼を取り囲む。それは罪人を捕らえる、冷たい地獄の業火のようだった。

 戸隠は顔をゆがめながら凜たちを睨む。

「くそっ……! この程度で終わるか……!」

 戸隠は懐から新たな呪符を出し、天に掲げた。描かれた文字が妖しく輝いたかと思うと、戸隠の背後から巨大な黒い蛇が現れた。

「光堂分隊長! あなたの命だけでも奪ってやる――!」

 蛇は大口を開けて凜の方へと向かってくる。しかしぱちりと音がして、直後に蛇が青い炎に包まれた。戸隠が大きく目を見開く。

「なっ!? 私の切り札が……!?」

「残念ながら、凜は僕のだ。一つも傷つけさせたりしないよ」

 炎に包まれたまま地面に倒れてのたうち回る蛇に、蒼雪は低い声で告げた。

「凜、いまだ」

「ええ!」

 凜は駆け出すと同時に手の平へ雷を生み出した。凜の雷撃は戸隠の持つ呪符の真ん中を貫き焼き切る。同時に蛇の体が霧散し、黒い霞だけが残った。

 戸隠は地面に膝をつき、必死に懐や袖口を漁る。

「くそっ、なにか……なにか他に……!」

「もう諦めなさい」

 凜は戸隠の目の前に歩み出て、彼の体を見下ろした。恨みと復讐に囚われきった彼の姿は、いっそ哀れに思えてくる。戸隠は凜へ鋭い視線を投げかけた。

「あなたが……あなたみたいな天才がいるから、私は……!」

「他人に責任転嫁しないで。あなたの歪みは環境が原因だったかもしれないけれど、最終的に人殺しという手段を選んだのは間違いなくあなた自身なのだから」

「偉そうな口を……!」

 激昂した戸隠が、雄叫びを上げながら拳で殴りかかってくる。凜は右手の手袋の先を咥えて手を引き抜いた。向かってくる戸隠の手を素手で受け止める。途端に戸隠の体は、がくりと地面に崩れ落ちた。多くの霊力源を集めて霊力を強化した戸隠であっても、霊力を奪う凜の異能には敵わなかったらしい。

「これでも天才がうらやましいと、本気で思えるのかしらね」

 意識を失った戸隠の腕を、携帯していた縄で後ろ手に縛る。弓達と賀茂が駆け寄ってきて拘束を手伝った。

「婦女子誘拐事件、容疑者・戸隠。捕縛完了」

 凜の静かな声が、闇の中に解けていく。いつの間にか戸隠の屋敷の庭には、虫の声が戻ってきていた。

「終わったかな」

 蒼雪たちが悠々と凜の元へ歩いてくる。先ほどまで激しい戦闘があったとも思わせない優雅さに、妖怪頭の強さを感じた。

「ええ、協力ありがとう。お陰で捕縛までこぎつけられたわ」

 凜が振り返って礼を述べると、蒼雪は満足げに頬を緩める。

「どういたしまして。怪我はしていない?」

「もちろん。する暇なんてなかったわよ」

「よかった。この後はどうするの?」

「戸隠を東支部まで届けて、その後は凍鶴支部長に報告かしらね」

「そう。なら……」

 蒼雪は凜の右耳に口を寄せ、そっと囁いてくる。

「全部終わったら、僕の屋敷の前で。どれだけ遅くなっても、待っているから」

「……っ!!」

 右耳が燃え上がるように熱くなった。頭の中に、いつか言われた「覚悟しておいて」という言葉が蘇る。凜はぱっと蒼雪から体を離し、耳を押さえて蒼雪を見上げた。蒼雪は凜の反応に微笑んでいる。

「僕はわりと、有言実行する方なんだよ」

「そういうこと、今言うなんて……!」

「逃げられたらたまらないからね。それじゃあ、また後で」

 蒼雪は踵を返し、景一と瑠風を引き連れて闇の中へ消えていった。

 凜は右耳を抑えたまま、その背中を見つめる。

 そうして――自分の中にも伝えるべき想いがあるのを思い出し、拳をぎゅっと握りしめた。

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