第12話 懐かしい面々

 凍鶴と別れて四半刻。凜もホットミルクを飲み終えて、ミルクホールを後にした。蒼雪の屋敷に向かって馬車や車が往来する通りを歩いていると、後ろから声がかかる。

「あれぇ、光堂分隊長じゃないですか?」

 振り向くと、弓達と賀茂、戸隠の三人がいた。三人とも軍服に黒い外套を織っている。見回り中のようだ。もはや懐かしいとも言える部下の顔に、凜は頬を緩ませる。

「私はもう分隊長じゃないでしょ」

「あっ、本当だ。なら光堂さん?」

「馬鹿。結婚したんだから、光堂でもないだろう」

 首をかしげる弓達の横で、賀茂がため息交じりにそう言った。

「凜でいいわよ。それにしても、なんだか久しぶりね。元気にしていた?」

 凜の問いかけに、弓達は指を二本立てて満面の笑みを浮かべた。

「もっちろんです! 初日は凜さんがいなくて大変だったんですけど、ちょっとずつ慣れてきましたから」

「大抵の問題は、調子に乗った弓達が原因で起きますけどね。まあなんとかやれています。戸隠さんも、分隊長として頑張ってくれていますし」

 賀茂の言葉に、凜は思わず目を瞬かせた。

「今の分隊長は、戸隠さんなの?」

「……なにか、問題でも?」

 それまで黙っていた戸隠が、仏頂面で凜を見下ろした。

「いえ、そういう訳ではないけれど……」

 戸隠は呪術師の家系の生まれで、本人も主に呪術系の異能を使う。しかし凜の記憶にある限り、戸隠は自分が抱えていた部下の中では、最も霊力が低かったはずだ。異能も他者の身体強化という補助的な効果が中心で、宵鴉で評価されるような、攻撃系の異能ではない。なのに分隊長へ昇進したと聞いたものだから、少し驚いてしまった。

 戸惑う凜に、弓達がこっそり耳打ちしてくる。

「実は戸隠さん、最近妙に強くなったんですよねぇ」

「あら、どんな風に?」

「前は補助系の呪術ばかりだったのが、最近は攻撃系の呪術も使えるようになったみたいで。俺は彼女でもできて、気持ちが舞い上がってるんじゃないかって思ってるんですけど。ほら、ずっと独身だったし、ついに春が来たのかなって」

 弓達がにやにやしながら戸隠を横目に見る。凜は小さくため息をついた。

「下世話な推測はやめなさい」

 凜は弓達の傍から離れ、戸隠の方へ向き直る。

「変な反応をしてごめんなさい。少し驚いてしまって。改めて分隊長就任おめでとうございます、戸隠さん」

 戸隠を見上げて、手を差し出す。戸隠は凜の顔と手を見比べて、「はい」と無表情のまま手を握り返した。

「戸隠さんって、なんで前から凜さんには無口なんだろうねぇ?」

「さあ。俺たちとは普通に話すのにな」

 弓達と賀茂のひそひそ話が、凜の心をぐさりと突き刺す。

 確かに戸隠は、凜の前ではいつも仏頂面で、口を開いても一言二言しか話さなかった。故に好かれていない自覚はあったが、改めて他者に言われると傷ついてしまう。

 内心苦笑いしながら戸隠の手を離したところで、突然肩にぽんと手が乗った。

「おやおや、我が婚約者殿はこんなところで逢い引きかい?」

 穏やかな、それでいて凍り付きそうな冷ややかな声に、凜の背筋がぞくりと粟立つ。戸隠が大きく目を見張り、弓達と賀茂の顔が真っ青になった。

「あっ、蒼雪……奇遇ね、こんなところで」

 凜はぎこちない笑みを浮かべ、蒼雪を見上げる。彼はぞっとするほど美しい笑みで凜を見下ろした。

「ちょうど用事を済ませて屋敷に戻るところだったんだ。そうしたら君が、僕の見たことのないようなお洒落をして、男と話しているじゃないか。どういうことだい、これは?」

「その、少しミルクホールに行ってきたのよ。気分転換をしたくて。その帰り際に、知り合いに会ったから。この服は、和装だと動きにくいから着替えただけよ」

「ふぅん、そうなの」

 蒼雪は凜から宵鴉の三人へと視線を移した。

「……この三人、君の元部下だよね?」

「ええ。会ったことはあると思うけれど……一応紹介するわ。茶髪が弓達で、黒髪は賀茂、背の高い人は戸隠さんよ」

「へえ……」

 蒼雪は弓達、賀茂と視線を移す。そして最後の戸隠を目にした時、その目がすっと細められた。

「どうかした、蒼雪?」

「別に。確かに見たことある顔だなと思っていただけだよ」

 蒼雪は興味を失ったように三人から目をそらすと、凜の肩を抱き寄せた。

 反射的に凜の体が硬直し、宵鴉の三人は息を呑む。凜の霊力を奪う異能の存在を知っているからだ。しかし蒼雪が触れたのは服の上からであり、彼の体に異変は見られない。

「君、緊張しすぎだろう」

 唯一事情を知らない蒼雪は、不可解だとでも言いたげに眉を潜める。

 ――こちらの気も知らないで。

 そう言いたくなるのを堪えながら、凜は笑みを貼り付けた。

「男の人に触れられるのは、慣れてないもの」

「そう、ならこれから慣れていくといいよ」

 蒼雪は何故か満足そうな顔をして、凜の肩を掴む手に力を込めた。そして宵鴉の三人に向かって、ひらひらと手を振る。

「それじゃあ、凜はこのままもらっていくから。君たちも分隊長だった彼女のように『誠実に』職務に励むことだね」

 やけに棘のある言い方をして、蒼雪は凜の肩を抱いたまま踵を返した。凜は半ば強引に蒼雪に連行され、三人の元を後にする。

 しばらく歩いたところで、蒼雪がわざとらしく声を上げた。

「酷いなぁ。結婚相手がありながら、男と会うなんて」

「たまたまと言ったじゃない。それにあなたも、大して悲しんでいないでしょう」

「そんなことないさ。君は僕と婚姻の儀を行う、大事な人なのだから」

 蒼雪の笑みは先ほどと打って変わって柔らかい。思わずどきりと胸が高鳴り、凜は慌てて話題を変えた。

「ところで、どうして肩を掴んだままなのよ」

 肩に触れられていると、ふとした拍子に袖がずれて、素肌が蒼雪の手に当たってしまいそうで怖かった。ようやく泣き声の手がかりを掴み、彼の屋敷の秘密を暴く準備をしている段階の今、霊力を奪う異能が蒼雪にばれるのはまずい。

「ん? 君との仲を、見せつけておこうと思ってね。こうしておけば、君に近づく男もいなくなるだろう? さっきの元部下くんたちのようにね」

 飄々とした蒼雪の発言に、凜は眉間に皺を寄せた。

「……私への当て付けかしら」

「ただの独占欲だよ」

「また冗談を……」

 凜は大きくため息をつく。なにが冗談で、なにが本心か。蒼雪と話していると、それが全く分からなくなる。けれど振り回されるのも癪なので、凜は全て冗談と決めつけることにした。

「とにかく、歩きにくいから肩は離して」

「分かったよ。ならこっちで」

 蒼雪は仕方なさげに言いながら、手袋をした凜の手に、自分の指を絡めてきた。

「せっかくだからさ、このままどこか茶屋でも寄らない? この辺りに、美味しい羊羹を出す店があるって聞いたんだ」

 蒼雪は心なしか楽しげに、凜の手を引く。

 凍鶴から呪符を受け取らない限り調査の続きはできないし、喫緊でやらなければならないことも他にない。仮にも夫からの誘いを、明確な理由もなく断るのは怪しまれる原因にもなる。

「別に、いいけど……」

「じゃあ決まりだ」

 蒼雪は嬉しそうに微笑みながら凜の手を強く握った。

 繋いだ蒼雪の手は大きく、温かい。その温もりを手袋越しにしか感じられないことに、何故だか酷く虚しさを覚えた。


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