第6話 妖怪屋敷

 そこからは婚姻の手続きを済ませ、凜の家族との挨拶に、引っ越しの準備と、めまぐるしく時間が過ぎていった。

 凜の家族への挨拶では、両親と弟は、見つけてきた相手が東の妖怪頭の蒼雪と知って驚いていたが、温かく祝福してくれた。極秘任務の一環ゆえに、幸せになってと言ってくれる両親には申し訳ない気持ちになりつつも、特別手当を弟の進学費にするためと自分に言い聞かせながら乗り切った。

 蒼雪の屋敷に移って来られたのは、夜会の日から一週間後だった。

 迎えに寄越された馬車に乗り、揺られることしばらく。連れてこられたのは、木製の巨大な門が構えられた、東の妖怪頭の屋敷だった。

 帝都の最東端に位置するこの屋敷は、周囲を白く高い塀で囲まれており、簡単には入り込めないようになっている。入り口には門番らしき獣耳のついた妖怪が立ち、凜をじっと睨んでいる。宵鴉の仕事中に前を通りがかったことはあったが、改めてみるとその威圧感に圧倒される。

「やあ、いらっしゃい」

 凜が四角いカバンを馬車から降ろして地面に立つと、門が開いて蒼雪が現れた。今日の彼は薄紫の上品な着物の上に、紫紺の羽織を羽織っている。銀色の髪は日差しの中で透き通るように流れていた。

 蒼雪の後ろには二人の妖怪が控えていた。一人は獣耳とふさふさの尻尾がある十五、六ほどの少年で、もう一人は肩口までの茶色の髪を半分だけ頭の後ろで結い上げた、二十代後半の青年だった。

「二人に会うのは初めてだったかな。頭に耳のある方が景一で、茶髪の方が瑠風だ。二人とも僕の部下だよ。僕が仕事で出ている間はこの二人に色々聞いて」

「わかったわ。よろしくお願いするわね」

 凜が頭を下げると、景一は尻尾をぱたぱた振りながら人懐こそうな笑みを浮かべている。一方の瑠風は、凜を警戒するように目を細めた。宵鴉であり人間の凜が自分の主の妻になるのは気に入らないのかもしれない。

 変に疑われないといいなと思いつつ、凜は地面に置いていたカバンの取っ手へ手を伸ばす。しかし凜より早く、景一がカバンを手に取った。

「姐さん、荷物預かるっすよ」

「ありがとう、助かるわ」

「いえいえ。任せてくださいっす」

 景一は耳をぴんと立て、尻尾を揺らした。素直な性格と人なつこさは犬のようで、なんだか可愛らしく思えてしまう。同じ獣耳がついているのに、蒼雪とは大違いだ。すると蒼雪が横から不服そうにじっとり睨んでくる。

「なによ」

「別に? ほら、中に入るよ」

 やけに素っ気なく、蒼雪は凜を中に促した。何が気に障ったのかは知らないが、特に悪いことをした心当たりもないので、軽く流して凜は屋敷の敷居をまたぐ。

「お世話になるわね」

「……うん、よろしく」

 蒼雪はふわりと頬を緩め、こちらに手を差し出してきた。どうやら機嫌は直ったらしい。再び損ねられても面倒なので、凜は蒼雪の手に己の手を重ねた。

 門をくぐった先は広い庭園になっており、大小様々な妖怪たちで賑わっていた。石の上では猫の尻尾が生えた少女がひなたぼっこをしており、池では手に乗るほどの小さな河童が数匹泳いでいる。他にもあらゆる妖怪が、思い思いに過ごしていた。

 人間が立ち入れない妖怪頭の屋敷の中が、これほどまでに賑わっているとは思いもしていなかった。本来は容疑者の屋敷であり、警戒すべき場所なのだが、それをつい忘れそうになるほど、凜は目の前の光景に驚いた。

 庭園にいた妖怪たちは、凜の存在に気づいて興味津々な顔を向けてくる。

「あれ、蒼雪様の隣にいるの、人間さんだよ。珍しいね」

「あいつ、見たことあるぜ。宵鴉ってとこの女だろ?」

「あたしも知ってる! 前に怖い人から助けてもらったの!」

 確かによくよく見れば、宵鴉の見回り中に関わったことのある妖怪たちもいた。ぱたぱたと小さな手を振ってくる獣耳や尻尾のついた少年少女たちに手を振り返し、凜は蒼雪に小声で問いかける。

「あの子たちも、あなたの部下なの?」

「いいや。ここにいる妖怪たちは、ほとんどがただ屋敷に遊びに来ているだけの一般の妖怪だ」

 曰く蒼雪は、屋敷を妖怪に向けて開放しているらしい。そのため毎日様々な妖怪が、この場所を出入りしているのだそうだ。

「人間に受け入れてもらえるようになったとはいえ、種族が違えばやりにくいこともあるからね。ここは困った妖怪たちの、避難所みたいにしているんだ」

 蒼雪の言葉に、凜は目を瞬かせた。

「あなた、ちゃんと妖怪頭だったのね」

「突然なに? 皮肉かい?」

「いえ、なんだか感心してしまって」

 宵鴉の仕事中に会う彼は、大抵一人な上、主に情報収集目的で近づいてくるため、誰かのために何かをしている光景など見たことがなかった。そのため彼を現すのなら変人奇人自由人という言葉の方がぴったりで、妖怪頭と頭では分かっていても、どこか実感が湧かなかったのだ。

 けれどこうして妖怪たちに居場所を作り、実際ここで過ごす妖怪が大勢いるほど、妖怪たちに慕われている。その姿はいかにも、妖怪を導く存在らしかった。

 凜の言葉に、蒼雪は愉快げに口角を上げる。

「そう。少しは見直してくれたかな?」

「……まあ、少しはね」

 凜は頷きつつも、少しだけ気を引き締める。

 どれだけ周りに慕われていようと、蒼雪は婦女子誘拐事件の容疑者だ。人間を結婚相手に望んだ理由や、屋敷から聞こえる泣き声の証言もあるし、蒼雪とこの屋敷になんらかの秘密があることは確実なのだ。

 凜は気を引き締めながらも、蒼雪に続いて屋敷の中に入る。廊下を何度も左右に曲がって案内されたのは、箪笥と鏡台が置かれた十畳ほどの部屋だった。

「ここがひとまずの君の寝室。婚姻の儀式が終わるまでは、この部屋で過ごすといい」

 蒼雪が障子を開けると、爽やかな風が入ってきた。障子の向こうには縁側があり、その向こうには小さな庭が見える。屋敷前の庭園とは仕切られているらしく、妖怪の姿は見当たらない。すぐ傍にある池には錦鯉が数匹泳いでいた。

「ありがとう。なかなかいい部屋ね」

「そうでしょう? 一番静かで、日当たりのいい部屋を用意したんだ。人間の君が落ち着けるようにと思ってね」

 凜は思わず言葉に詰まってしまった。今までからかわれてばかりだったのに、突然優しくされたら戸惑ってしまう。

「なんだか調子が狂うわ」

「どうして?」

「今までそんなに丁寧な扱いをしてきたことはなかったじゃない」

「そうかな? でも妻を大切にするのは当然だよね」

 確かに夫婦関係になる相手を丁寧に扱うのは礼儀の範疇だ。たとえ契約結婚とはいえ、妖怪頭の蒼雪も、常識として凜を丁寧に扱っているだけなのかもしれない。

 安心すると共に、少しだけもやもやした気持ちが生まれてくる。しかし凜が自分の気持ちに気づく前に、蒼雪が声をかけてきた。

「ともかく書類上、僕たちはもう夫婦なんだ。一週間後の婚姻の儀を終えれば、本当の意味で君は僕の妻となる。人間式の結婚式については、準備も時間も必要だから、また改めて考えよう」

「ええ、それで構わないわ」

「それと、結婚したのだから、君のことは『凜』と名前で呼ぶよ。いいね?」

「好きに呼んでちょうだい。私は今までと同じ『蒼雪』でいいわよね」

「そうだね。君は元々、僕を呼び捨てにしていたし」

 蒼雪はくすりと笑った後に、「そういえば」と首をひねった。

「君、仕事はどうしたの?」

 突然の仕事の話に、凜の体に緊張が走った。

「……もちろん、辞めたわよ」

「えっ、本当に?」

「しばらくは色々忙しいでしょうし、この屋敷の切り盛りもしないといけないでしょう?」

 もちろんこの屋敷への潜入は任務なので、本当に辞めた訳ではない。けれど今回は極秘任務なため、上司の凍鶴以外にはその事実が伏せられていた。そのため元部下の三人も、凜が結婚を機に宵鴉を引退したのだと思っている。

 しかし凜の言葉に、蒼雪は首を横に振った。

「別に切り盛りなんて構わないよ。頼れる使用人も部下もたくさんいるし。確かにしばらくはあれこれやることがあるだろうけれど、落ち着いたら仕事に復帰してもいいんだよ」

 蒼雪の言葉は仕事を勧めるもので、凜は驚いてしまった。最近では女性も働くようになったものの、結婚した後は家に入れという風潮は未だに残っている。それを考えると、何百年と生きている蒼雪が、時代の先をいく考えを持っているのは意外だった。相手は妖怪なので、凜たちとは感覚が違うのかもしれないが。

「……考えておくわ」

「うん。僕も、その方が助かるから」

 蒼雪は頷きながら、満足げに微笑んだ。

 その後、食事には使用人を寄越すからと言い残し、蒼雪は部下二人を引き連れ部屋を後にした。

 その後夕食と風呂を終えて布団に入った凜は、一人天井を見つめていた。

 ――ついに、任務が本格的に開始した。

 一週間後の夜、口付けで凜の異能がばれてしまう前に、この屋敷の調査を終えて蒼雪の秘密を暴かなくてはならない。

 まずは明日、屋敷の中を把握し調査。凍鶴への中間報告までに、なにかしらの成果を上げなければならない。そのために、やるべき事はたくさんある。

「絶対に、任務を終えてみせるわ。宵鴉のために……家族のために」

 一人決意を胸に刻んで、凜はそっと目を閉じた。

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