第7話 飲み過ぎにはご注意を
「……おぅ」
本田美尊。ただいま一人、繁華街という異世界に来ております。
目に染み入るようなネオン。きらびやかな服、人、建物。絶えることの無い喧騒。そして目の前には、眩しい中にも存在感を放つ……あのー、……更にきらっきらしたところ。一回映像で予習したはずなのにおかしいな。
「……呪いたい、この語彙力のなさ」
そして目の前には、他とは明らかに格の違う、品格のある建物。……の、門前でもうくじけそう。
「……入りにく、…」
頭の悪い感想と、これから働かせてもらう奴が言っているとは思えないような発言。
そうです、初出勤でございます。ついに。
いやでも見たら分かる。そして一番に後悔していることは、……明らかに格好間違えた。
「……っふ、はは、」
「なんですか」
「いや別に」
なんていう今朝のやり取りを思い出す。
それなりの服装で行けと言われたので、これでいいかと引っ張り出したリクルートスーツ。笑われるものだからどうしたんだと聞いてみれば、気合いが入っていいじゃないか頑張れと激励された。おかしいと気付くべきだった。あの野郎。
「よーし帰ったら血のパーティーだ。待ってろ悪魔」
気付いたなら放置するなよ。笑って後押ししてんじゃないよ。借金返済に協力する気ないだろ。これで追い返されたら悪魔のせいだぞ。
「……あれ、君お客さん?」
「あ、すみません違います、」
どうすんだと建物を見上げていると、背の高いサングラスをした男の人が声を掛けてきた。
夜なのにサングラス。突っ込むと面倒くさそうなので言葉を飲み込んで、立ち尽くしていたところが入り口だったことを思い出す。避けようとすると、不思議そうに首を傾げられて。
「じゃあ新入りの子? 入んないの?」
「まぁ、……え、あの!?」
新入りになれるかも分かんないんです。そんな事情を説明する間もなく、手を引かれて店の中へ。なぜ。
「こんにちは。ごめんママ、ちょっと遅くなっちゃった」
「お待ちしておりまし、………え?」
ママ。ママだ……!
いや、私のリアルママではなくて。男性を出迎えた美人さんは、あのSNSの映像でとても印象に残っていたあの人。実物は、映像よりもっと目元のほくろが色っぽくて、和装のよく似合うスレンダーな美貌。
男の人に頭を下げようとして私を見つけ、ぽかーん。私は私でどう説明しようかと口をパクパク。噛み合わないコントみたい。
「あ、えー……っと、どうして美尊ちゃんと、」
「ミコトちゃん? この子ミコトちゃんって言うの? じゃあ、ミコトちゃん指名で!」
「は?」
おいおい何言い出すんだサングラス。私まだ面接にも通ってないってのに、
「わかりました!」
「わかったの!?」
ママ、いいのかそれで。
思わず突っ込んでしまったけれど、それを気にする風でもなく男の人は案内されていき、私はママに捕まる。
「さ、ミコトちゃんは一度支度をしてからお邪魔しましょう!」
パチンと手を合わせてからにっこりと笑うママ。
……なるほど、これが現場の対応力。
私だけ全然ついていけません。
「わ、よく飲むね!」
「この、ドンピン? てやつすっごく美味しいです!」
「ピンドンね。じゃあもっと持って来てー!」
お酒は好きだ。どんどん飲んで、と促されるままに飲んでいけば、あっという間に酔いが回る。これでも初仕事。空気を悪くしないようにと思う内に、自分の限界を考えていなかったようで。
「ミコトちゃん、大丈夫?」
「だいじょうぶ、ですっ、……ふふ」
「うん、大丈夫じゃないね」
ぽわぽわ夢の中にいる感じになるし、なんでも笑えてしまう。散々飲ませたくせに、もうやめといた方がいいよ、とグラスを抜き取られるから、返してもらうように精神年齢幼児がねだってみる。
「まだ、のみたいの!」
「今日はおしまいにしよう?」
「なんで?」
「なん、……いやいや、だめだって」
困ったように笑って、抜き取ったグラスを傾ける。私が飲むはずだったのに。無くなっていく酒をじーっと未練がましく見ていると、全てを飲む前に口を離して。
「……そんな熱視線注がれると飲みづらいかな、」
「お兄さんがいじわるするからです」
「したつもりはないんだけどなぁ……」
言いながら飲み干すところが意地悪だと思うんですよ。
恨めしく思っていると、指で顎を持ち上げられた。目が合えばにこっとされて、酒がのみ込まれていく。
「もっと飲んでみたいなら、ウチくる?」
【律視点】
「結構です」
「……え?」
え? じゃねぇよ。アホ面。
すごい子紹介してくれた、と喜ぶママから連絡があって、どういうことかと話を聞けば、鈴木財閥の子息を転がしてピンドンを既に10本開けさせてるって。相場わかってんのかよ。普通のドンペリの2倍くらいするやつ。どうなってんだ。
更に話を聞けば、聞き上手とか小悪魔だとか。
「……いや、誰のこと言ってんの」
「あなたが紹介してくれた美尊ちゃんのことに決まってるじゃない。……それとも、今まで他に紹介してくれた子、いたかしら?」
「……他はいねぇし合ってる、けど」
俺の知ってる美尊とは全然違う人物像が見えて。謎が深まることばかり言うものだから、誰だそれって。不思議に思って店に顔を出せば、
……おいこらそれはダメだろ。
「ここ、そういうサービスはしてないんすよ。ルールが守れないなら出禁にするけど。……どうします? 坊っちゃん」
距離近ぇよ。二人の間に手ぇ付いて選択を迫れば、羽目を外した自覚はあったのか、バツが悪そうな顔をするボンボン。空調はよく効いてるはずだけど、彼の額に汗が滲み出している。
忠告も答えを待つ間も落ち着いて静かに対応していたはずなのに、このクラブ全体の視線が刺さる。好都合。さすがにこんな中じゃ居座るのもキツいんじゃねぇの。……なぁ、坊っちゃん。
「あー……ごめんね。帰るよ、」
「そうですか。ではまたのお越しを」
二度と来るな。
言葉に出さなくても察したようで、引きつった顔をして帰っていった。迎えの車が出た瞬間に塩を投げ付けた。バレてるかな。まぁいいか。来なくなったところで売上のメリットよりホステスへのデメリットの方がデカいし。
「派手にやったわね……店のため半分、嫉妬半分、てとこかしら」
「……は、そう見えんの」
「間違えた、嫉妬まみれだったわ」
「おもしろい冗談だな」
「認めなさいよ」
認めるも何も。
まず前提からして違うんだから、嫉妬のしようが無い。この不況でもなんとか高級ステータスを保ってやってんのに、法に触れて店が潰れるのが惜しいだけ。安心安全楽しく飲める健全派、をわざわざウリにしてんのに。
今回は追い払う対象の相手をしてたのが、たまたまこいつだったから。
「んん……」
この、完全に酔い潰れて呑気に爆睡してるバカ。この空気で寝落ちてんの、お前くらいだぞ。なんかすげえ腹立つ。初日からやってるわ。予想通りだけど。どんな仕置きをしてやろう。
「はぁ……連れて帰るわ」
「無茶させちゃだめよ?」
「どういう意味だよ」
この店を実質的に仕切る女の、にやにやとする顔はロクなことを考えていない。性格の悪さは俺と張るくらいだから。無視に限る。
「おい、起きろって」
「……、ふふ……」
酔っ払いに起きろと言っても、体を揺らしても効果ゼロ。仕方なく背負うと、お姫様抱っこが見たかったとブーイング。うるせえ。現実でそれするやつは筋肉に自信があるんだろうよ。
「俺省エネ派だから」
「ふーん? ちなみに下着、あなた好みだと思うわ」
「なんの情報だよ」
余計なお世話だから。
意味深に見送るの、やめてくんね?
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