再開

俺の学校は1年生8クラスの編成である。クラス名は全てアルファベットなので、A組~H組まであり、A~Dは4階、E~Hは5階にある。そして教室はアルファベットが早い順に階段に近い。なので1-Dの俺は階段を4階まで上がってから一番奥の教室へ行かなければならない。


俺は4階に上がり、一番近くのA組から順にドアの小窓から教室を覗いていた。しかし、誰もいない。当たり前だ。まだ登校し始めていない人も居る時間帯だ。先生の姿も見えず、俺は誰もいない廊下を非日常感を得ながら歩く。


そして俺はついにお目当ての教室の前まで来た。後ろのドアを開けようとしたとき、俺は衝撃を受けた。ドアの小窓から見えた教室内で席に座って、本を読む人の姿が確認できたのだ。後ろ姿なので誰かは分からないが、ロングの黒髪なので恐らく女子だろう。


しかし、おかしいのだ。俺はあの女子を見たことがない。クラス内にロングの黒髪の女子はいる。俺が覚えている限りは2人だ。しかし、どちらの女子も身長がそこそこあり、俺より少し小さいくらいなので170cm近くはあると思われる。


だが、その席に座っている女子はどれだけ高く見積もっても170cmはない。もちろん、座っているので正確に高さが分かる訳ではないが、あの女子が俺の知っている2人ではないことは確かだ。


極めつけにあの女子の座っている座席も問題だ。あれは俺の席だ。この学校は男女比が3:1なので、クラスの席順は全てバラバラでくじによって決まる。


第一回考査が終わった後に実施された席替えで、俺の回りに女子は一人もいない。間違いで席替え前の席に座っている可能性はあるが、もう席替えをしてから2週間以上も経過している。それなのに間違うなんてことあるか?


それに最もあり得ないのが、あの女子は制服を着ていない。あろうことか私服を着用して登校しているのだ。


真っ白なワンピースで儚げな雰囲気を醸し出している。


俺はその場で立ち尽くしてしまった。俺が今分かっていることから結論を出すと、あの女子は恐らくクラスメイトではないはずだ。だったら誰なんだ?


もしクラスの女子だとして、急に髪型を変えて、この時間の学校に私服で来ていて、俺の席に間違えて座る。いやなんだそりゃ?流石にあり得なすぎる。


だが、ここでずっとこうしているわけにもいかない。俺は覚悟を決めた。今、俺は後ろのドアの小窓から教室内を見ているため、あの女子の顔が見えない。そこで、足音を立てないようにゆっくりと前のドアまで移動して、そこの小窓からクラス内を覗き込んだ。


結論から言うと、俺は彼女を知っていた。だが、クラスの女子ではない。


彼女は子供の頃によく2人で遊んでいた幼馴染みの女の子だった。


しかし、俺はその光景を現実とは思えなかった。なぜなら今、席に座っている彼女は、小学5年生のときに引っ越しを理由に俺の前から姿を消した。


そして彼女はその時の、小学5年生の姿のままでそこに座っていたのだ。


俺はこの状況にひどく困惑していた。だが、それと同時に心の奥底から、もう何年も封印していた感情が少しずつ、しかしその存在を明確に知らしめるように這い出ているのを感じた。


俺は彼女が好きだった。


隣の家の静かで儚げで美しいその幼馴染みに俺は確かな恋心を抱いていた。初恋だった。


いつの間にか困惑や驚きは消えていた。今はただ、彼女の声を聴きたい。彼女と話したい。そんな思いに支配されていた。


俺はドアを開ける。その音に反応して彼女は読んでいた本から目を離してこちらを向いた。


「久しぶり」


その俺の言葉に柔らかな笑顔を浮かべて、彼女も同じ言葉を返す。


「久しぶり」


そう発した彼女の声はあの頃と変わりのない優しさに包まれた声だった。


俺は昔を思い出した。彼女と過ごした懐かしいあの日々を、今では記憶の1ページになってしまったあの日々を。


俺がその余韻に浸っていると、彼女から衝撃の言葉が飛び出した。


「私のこと見えるんだ」


「…え?」


俺はその言葉を理解できなかった。


「えっ?」


彼女も俺の言葉に困惑しているようだ。


「えっと何を言って…」


「え…気付いてないの?特に足とかさ、分かりやすいと思うんだけど」


そう言われて彼女の顔から少しずつ、視線を下げていった。驚いたことに彼女の足は透けていた。


「…足が透けてる?えっこれどういう…」


「あーそう言うことね」


彼女は何かに納得して立ち上がる。


「あのね。私はもう5年前に死んでるんだよ」


その言葉を聞いた俺は、この世の言葉では説明できないような、名の付いていない感情のような何かが心の中で暴れていた。


いや、違うな。薄々気付いてはいた。なぜか彼女が…霙川雪が小学5年生の時の姿のまま、俺の席に座っていると分かってから、嫌な予感はあったのだ。


だがそんな違和感よりも初恋の幼馴染みと話したいという思いが暴走して、止められなくなっていたのだ。


「えっと…とりあえず確認したいんだけど、もしかしてケイちゃんって私が死んだこと知らなかったの?」


もう誰からも呼ばれなくなった俺のあだ名で、雪は俺に問いかける。俺は、自分を落ち着かせてその問いに答えた。


「えっと、俺は雪が引っ越してからその後のことは知らなかったから、きっとどこかで楽しく生活してるだろうと思ってたんだ。だからまさか、死んで幽霊になっているとは思ってなかった…かな」


その言葉を聞いて雪は不思議そうにしていた。


「引っ越し…?あぁ、そっかそう言うことか」


そこから雪は黙っていた。そして何かに納得して俺の方に目を向ける。


「実はね。引っ越しのすぐあとに私は死んじゃったんだ。」


「そっか…」


雪になんと声をかければ良いのか分からず、俺は言葉を繋ぐことはできなかった。


「それでそれからは幽霊としていろんな所を彷徨ってた。学校に入り込んで授業を聞いたり、お母さんの様子を見に行ったりね」


「そうか何やかんやで楽しくやってたのか」


「楽しい…ね。まぁある程度は楽しかったかな。あーでも、誰にも認識してもらえなかったからそれは少し、いや結構悲しいかったな」


「…いや、ちょっと待て」


「なに?」


「誰にも認識してもらえなかったって、じゃあなんで俺は認識できてるんだ?」


「さぁ?」


「さぁ?ってそれ結構重要じゃないのか?」


「う~ん。まぁ私にとってケイちゃんは心残りになってたのかな?」


…心残り…えっ?今心残りって言ったか?つまり雪の中で俺は死んでも覚えているような大切な存在だったってことだよな…?つまり、つまりだ。雪も俺に何かしらの思いがあって?ちょっと待て俺、流石に考えすぎじゃないか?いやそもそも初恋の人からそんなこと言われたら男なんてみんな…


「あのー聞いてる?」


「へっ!?」


雪は俺に話しかけていたらしい。全然気付かずに変な声がでてしまった。


「まぁとにかくさ」


雪は言葉を言い直す。


「これからよろしくね」


雪との不思議な日々はその言葉と共に始まった。

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