犬飼くんと猫屋敷さん
もち
廃墟探検 1
うちのクラスには、猫屋敷さんという女の子がいる。ちょっと不思議な雰囲気があってマイペースだ。
僕というと、至ってどこにでもいる普通の男子だ。少し運動と美術が得意なくらい。
この二年間ずっと同じクラスだったけれど、彼女とはあんまり会話する機会はなかった。
ある日のこと。クラスの誰かが、今度の休みの日に廃墟へ探検に行こうと言い出した。
名前は聞いたことがあった。昔事故で死人が出たとか幽霊が目撃された……と、そんな気味の悪い噂が絶えない場所だった。そういったこともあるから近所の人たちは誰も近づかないようだった。
その廃墟探検ツアーに親友も参加するって言うんだから、僕も流れで行くことになった。
クラスの女子たちは嫌がっていたけれど、そのうち何人かは参加するみたいだった。その中には猫屋敷さんもいた。
正直意外だった。女の子ってそういう所が苦手だと思っていたから。
そして放課後。親友と他愛もない話をしていると、ふと背後から視線を感じた。振り向くと猫屋敷さんがいた。
「犬飼くんも行くんだね」
一瞬きょとんとしたものの、「おう」と返事をした。多分これが彼女との初めての会話だったと思う。
そして休日。参加メンバーで例の廃墟へ向かった。それが僕たちの冒険の始まりだった。
休日の午前10時過ぎ。僕たちは例の廃墟の前に佇んでいた。
人の気配を感じないその建物からは、独特の雰囲気が醸し出しされていた。所々蔦で覆われており、窓ガラスも割れている。
入り口の手前には、関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板が立っていた。
過去に肝試しをしたんだろう。壁にはいくつかラクガキが残っていた。その中にうさぎや犬の絵が描かれていて、少しだけ気持ちが和んだ。
噂通り、過去にこの場所で何かあった――。そう感じられずにはいられなかった。
僕には霊感とかないんだけど、正直のところこの場所の雰囲気は好きではなかった。
今日この場所に来ていたのは僕を含めて7人だった。
僕と親友、オカルトや怖い話が好きなクラスメイトとその友達。
女子は猫屋敷さんとクラスで少し派手な印象のある女子。もう一人は、はつらつとした女子だった。
隣の親友を見る。彼はスマホでゲームをしていた。
時々、あちゃーと独り言を言っている。今から廃墟探検するというのに随分余裕あるんだなぁ……と感心した。
僕たち男子の後ろにいる女子たちは、とくに会話もなかった。
そして猫屋敷さんの方を振り返る。彼女は空を見上げ眺めていた。何となく横顔かわいいなと思っている矢先――。
「少し曇ってきたね、犬飼くん」
僕が見ていたのに気づいたんだろう。彼女は隣にやって来てそう言った。
「晩から雨なんだってさ。それも大雨だって。そういえば猫屋敷さんは雨好き?」
「そう……。うん。好きだよ、雨。しとしとしているのが好き」
会話はそこで終わった。彼女は再び空を見上げ始めた。
学校で見る限り、彼女は普段からポーカーフェイスという印象があった。当然今も無表情だ。
今の会話、僕としては結構緊張した。彼女の方はどうなんだろう?ううむ、相変わらず表情が読めない。
「犬飼、そろそろ行こうぜ」
親友に促されて僕は「そうだな」と一歩を踏み出した。その時――。
「よーし、じゃあペア組むぞー」
誰かがそう言った。何だ、みんなで一緒に行くんじゃないのか……と。
と言うか7人だったら誰かあぶれてしまうんだけど。そんなことを考えながら親友と顔を見合わせる。
目の前には箱があった。わざわざ今日のために用意したんだと思いながら、一人一人くじを引く。
それぞれくじには記号が書かれていた。なるほど、同じ記号ならペアというわけだ。
「えっと、僕は――」
僕は星マークだった。同じ記号の持ち主は誰だろう?と周りを見渡す。
「犬飼くん」
猫屋敷さんが僕の前にやってきた。彼女はくじをぺらりと見せた。そこには星マークが書かれていた。
「今日はよろしくね」
「うん、よろしく」
そして各々がペアを組んだ。そういえば人数の関係で一人だけあぶれるんだ。
そう思いながら周りを見やると、どういうことだろう。知らないうちに一人増えていた。
もしかすると一人待ち合わせの時間に遅刻してきただけだったんだなと思い、僕は一安心していた。これで誰か一人で行く羽目にはならなかったんだと。
そう考えていた傍ら、ふいに上着の裾を引っ張られた。
振り向くと、猫屋敷さんは俯きながらこう言った。
「気を付けてね、犬飼くん」
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