16-慈雨-

「ゲイル。アーサーの治癒をお願いします。」


「テミスさん、あぁ。アーサー君も大変ですね。」


ゲイルにアーサーを引き渡せば即座に治癒魔法が展開され、目に見えて傷が癒えていく。

今まで見た治癒魔法より遥かに高い治癒速度。大した時間もかからずに治癒は終わったようで私に向き直った。


「もともと命に別状ありませんでしたが、これで時期に目を覚ますでしょう。

それで、マーリンさんですが……」


どうやら正門に入った直後、すぐにこうなってしまったらしい。

落ち着くまで待ってから話を聞こうとしていたが、なかなか落ち着かず。

そろそろ声をかけようと思っていたところに私たちが戻ってきたらしい。


はぁ。

面倒とか嫌とか関係なしに分からないんだよね。泣きじゃくる人の気持ちも、あやし方も。


「ゲイル。精神安定の魔法をかけられますか?」


「もちろん。ただ、それで落ち着くのは数分が限界で使用回数が増えると効果も薄くなります。」


「構いません」と答えればゲイルはすぐに魔法を展開する。

そもそもどうして泣いているのか。それが分からない限りどうしようもないから、それを聞ければいい。


「マーリン。私の声は聞こえていますか?」


「……はい。」


涙はゆっくりと落ち着いて、か細い声で答えが返ってきた。


「どうしたんです?泣いていた理由を教えてください」


「それ、は。…私にも、うまく…分からないのです。

魔族が大勢…亡くなっていて。それをしたのは、私で……」


そんな当然なことを改めていわれても困る。

そのまま言葉を詰まらせるマーリンの代わりにゲイルが言葉を紡いだ。


「命を奪った責任に耐えられなかった、ということですね。」


「ああ。…そう、きっと。そうなのです……。こうなると。こんな惨状になると。

私は。先を見据えられて、いなかった。」


命を奪う責任?そんなの存在しない。いや、あると思う人の中にはあるんだろう。命を奪われた側は責任を持てと思うことなどない。だって、それの人生は終わっているのだから。

だからそれは、観測した者たちの自己満足。それ以上でもそれ以下でもない。


それよりも、先を見据えられていなかったという言葉。順当に捉えるなら、これほど責任を感じる行為だと考えていなかった。だろう。


「マーリン。あなたは先を見据えていたでしょう?」


「え?」


「作戦開始前に緊張していたのは、これから自分のすることがどんな効果をもたらすのか。それを理解していたからでしょ?」


私が言えるのは事実だけ。感性が違いすぎてお話しにならないのだから。

ダメだったらゲイルに託そう。


「私はっ…。お爺様から、言われたのです。

先を見据えて行動したなら、それは…間違いではないと。

こうなると……魔法を使えば、こうなってしまうと。先を考えられていなかった。そう、思っていたのです。

私は、考えられて…いた?なら、間違いじゃ。ない?」


「間違いか。間違いじゃないか。それが決まるのは全てが終わった後です。それも見る角度によって変わるもの。

私の目線で、今回のマーリンの行動は正しかった。あれがなければ、アーサーは今ここにいない。

あなたが自身の評価で間違いだったと評するのも自由ですが、それはアーサーが亡くなることが正しかった。ということに等しい。

マーリンの答えを、教えてください」


「……間違いじゃ、なかった。アーサーは、生きていてほしい…!」


「なら、苦しむ必要も。悲しむ必要も。後悔する必要も、ないでしょう?

今は気持ちの整理に時間がかかるかもしれない。

でも、お爺様の言葉を信じるなら、正しかったと前を向かなければ。

マーリンは先を見据えて行動できていたのだから。」


そういえば、この子は火を見れば落ち着く生態をもっていたはず。


火魔法をマーリンを照らすように正面に展開してあげれば、あれだけ俯いていた顔がようやく上がり、火を見つめだした。

おかしな生態だなぁ。生物は普通は火を怖がるんだけど。


「テミス姉様。……私、知りませんでした。

行動するのは怖い。それはよく知っていました。

でも、行動した後も。その行動が正しかったとしても。苦しいときがある。

行動するって、大変ですね。」


まぁ、たしかに勇者と賢者を待っている時間は退屈で大変だった。


「でも、その先に自分の求める何かがあるから、進み続けるんです。

今日はゆっくり休んで、心を整えて。時間は止まってくれないのだから。」


「はい…!」


笑顔で返事を返したマーリンの心情は本当に謎。

さっきまであんなに泣いていたのに、そんなに火を見ることで落ち着くの?

この町、今も燃えてるからそこら中に火はあったんだけど。なにか条件があるのかな?


泣き疲れていたのだろう。

ゆっくりと体が倒れて、地面に寝てしまった。


「外に運んで夜営しますか。」


「それがいいでしょうね」


苦笑いで答えるゲイルと共に軍事エリアだった場所を後にする。


明日は中央エリアを、魔王を討ちに行く。

この旅の終着点は。もう、間もなくだ。

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