二度目の人生で『親愛なる幼馴染に殺される』の実績を解除した。だから三度目の人生では――

皇冃皐月

第1話 幼馴染に処刑される

 フィーの控えめなおっぱいを右手で優しく触る。

 軽く手を触れただけで、女王様で威厳を放っているはずのなのに「ひゃっ、あっ……」と可愛らしい声を漏らす。

 私は流れるように、空いていた左手で金色の髪の毛を触る。

 艶やかで、滑らかで、そして良い香りが漂う。


 「ねえ、ミミィ……やめてよ」

 「やめない。なんでやめなきゃいけないの」

 「だって、すごく恥ずかしいから」


 誰もが口を揃えて可愛いと評される顔立ちをしているフィーは、照れて顔を真っ赤にし、口を二の腕で隠しながら目を逸らす。


 「そういうことならやめない。だって、もう、ぜんぶ私のものだから。恥ずかしい顔も含めて」

 「私たちは幼馴染でしょ。これじゃあ違うみたいじゃん」

 「さっき言ったでしょ。私はフィーのことが好きなんだって。世間的には許されないかもしれないけど。私は大好きだから。それとも、今やめる?」


 なぞるように胸を触っていた手を止める。


 「え、ねえ、なんでやめるの」

 「やめて欲しいって言ったから」

 「別に嫌とは言ってない」

 「ふぅん。じゃあ、フィー。こういう時はなんて言えばいいんだっけ?」

 「……ミミィのえっち」


 妖艶な声が漏れた。





 そして、ムードは一変する。


 「えっちな敵国の姫に慈悲などない。国王も、王妃も殺した。あとはミミィ・レヴァイン。お前を殺せば、レヴァイン王国の血筋は絶たれる。だから、死ね」


 まるで人が変わったかのような低い声。

 幼馴染だったフィーは、敵国の女王へと豹変する。

 纏っていた柔和なオーラは悪魔のようなものへと変貌し、壮大な音楽が流れる。





 という夢から今、目が覚めた。


◆◇◆◇◆◇


 ガタンッと激しい音が響く。

 目を覚まし、目を擦る。

 私は今、牢獄からとある広場へと馬車で移送されていた。


 今日、私は命を失う。

 戦争に敗北した王女の務め……として、断頭台にかけられるのだ。

 首を差し出す相手は幼馴染だったフィー・メビウスだった。

 だから、きっと、ついさっきあんな夢を見てしまったのだろう。


 冬の空は低く、冷たい。

 石畳を軋ませながら、ぎしぎしと重く回る車輪の音が、やけに耳に残った。


 心臓の奥がぎゅっと締め付けられる。

 ここ最近まともに食事をしていなかったのにも関わらず、吐き気だけ異様に催す。

 もっとも吐き出すものはなにもない。

 なので、嘔吐くだけで、気持ち悪さは全身に残り続ける。


 馬車は止まった。


 「おら、歩け」


 扉を開けた処刑人は私の足を蹴る。

 痣だらけの足を痛めながら、私はゆっくりと広場を歩く。


 民のざわめきが近づく。


 罵声。

 怒号。

 時折、混じる嗚咽。


 首枷に押し込まれた私の視界は狭く、地面と人々の足ばかりが映る。

 四方から飛んでくる石ころが頬や肩に当たり、鈍く痛んだ。


 やがて、壇上の奥に見えた翻る旗。白地に金糸の双翼──メビウス王家の紋章。


 その中央に、彼女がいた。


 黄金の髪を高く結い、白銀のドレスに身を包んだ女。私の幼馴染であり、此度の戦いの勝者、メビウス王国の女王陛下。フィー・メビウス。

 背筋を伸ばし、玉座のような椅子に座るその姿は、幼い頃から何度も見たはずなのに、今はただ、遠い。


 「……フィー」


 名を口にすると、喉が焼けるように痛んだ。


 かつての私の幼馴染。

 かつての私の親友。

 かつての私の親愛なる人。


 手を繋ぎ、抱き合い、裸さえ見せあったほどの仲。


 だがそれは昔の話。

 今は、私を処刑する国の女王だ。


 「──罪人、最後に言い残すことはあるか」


 処刑人の声が、遠くに響く。

 私は短く息を吸い込み、ただ一言、呟いた。


 「フィー。私はフィーを信じてた。助けてくれるんだって。ぜんぶ演技だって。でも、違ったんだね。だけどフィーがそうしたいならそうすればいいと思うよ。私はずっとフィーの幼馴染だって思ってるから。今も昔もそれは変わらない。フィーの意思は尊重する。それにフィーだけじゃない。レヴァイン王国の民が私の死を願っているのなら。この国の王族として、それは務めるべき役目なのだろうね。だからいいよ。私は死ぬ。だから最期に言わせて欲しい。フィー。ずっと信じてたから……ずっもフィーのこと大好――」

 「長い。以後の発言は認めない」


 処刑人は無慈悲にも私の発言を遮った。 


 そして、



 がしゃん、



 と、金具が外れる音が響く。


 視界に広がるのは雪と空と旗──そして、フィーの姿。

 その唇がわずかに動いた。

 音は届かない。

 けれど、必死に何かを叫んでいるように見えた。


 刃が落ちる。


 冷たい風が頬を撫で、世界がゆっくりと反転する。

 広場を埋め尽くす群衆の向こう、掲げられた旗も、視界の端でうねる空気も、全部が血の色に染まって見えた。


――ああ、私はまた死ぬのか。


 そう淡白に思いながら、視界は真っ白に染まった。


 15年という二度目の短い人生は、簡単に幕を閉じた。


◆◇◆◇◆◇


 ……はずだったのに。


 「やぁ、やっと起きた?」


 耳元で、やけに軽い声が響く。

 目を開けると、そこは真っ白な空間。

 天井も床も境界線がない。


 声の主は――胡座をかき、片手に赤ワインを揺らす男だった。


 「……あなたは?」

 「忘れちゃったかな。実は二度目なんだけどね、会うの。前回来た時は君は僕のことを『神』と言っていたし、今回も神とでも言ってくれればいいよ」


 あまりにも軽い口調に、私は眉をひそめる。


 「そうそう。君、勘違いして死んだよ」

 「……勘違い?」

 「うん大きな勘違いさ」


 両手を大きく広げる。


 「ほら、見てみなよ」


 神が指を鳴らすと、空間に映像が広がった。


 そこにいたのは──処刑台の上のフィー。


 私の首が落ちた瞬間が第三者視点で映し出されている。

 私の首が地面に転がる。ボールのように転がった私の頭はフィーと目を合わせるような形で動きを止めた。

 転がった私の頭と目を合わせた彼女は、膝の力が抜けたように崩れ落ち、泣き喚き、吐瀉物を口から出し、髪の毛を掻き毟る。


 明らかに取り乱していた。

 錯乱。

 この二文字が脳裏を過ぎった。


 這いつくばりながら必死に転がっている私の顔へと手を伸ばし、私の銀色だった髪の毛を触り、何かを叫んでいる。

 フィーの手は私の血で真っ赤に染っていた。

 それでもお構い無しに叫ぶ。


 彼女の声は聞こえない。なのに、分かってしまう。


 私の名前を呼んでいるんだと。


 「え、なにこれ? どういう……こと……?」

 「君が死んだその後の世界さ。この子は君を助けようとしてたんだよ。どうにもならなかったけど、最後まで諦めなかった。まあ、あの宰相たちが悪すぎたね」

 「宰相?」

 「ほら、あの子の隣に立っている白髪の男さ。あの子はあの男の傀儡なんだよ」


 神は肩を竦める。


 私は言葉を失った。

 あの冷たい瞳も、処刑の宣告も……全部、偽りだったの?


 「……やり直すか?」

 「……え?」

 「もう一度、人生を」


 人生を一度異世界という形でやり直した。

 そして死んだ。

 もういいかなと思っていた。

 正直満足していた。今回は前世と違い、後悔のないように生きてきたつもりだったから。


 でも、こうやって私が死んだあとの世界を……。

 そして、フィーの本心を見てしまうと、やり直したいと思ってしまう。


 「やり直せるなら……やり直したい」

 「了解。いいよ」


 ぱちん、と指が鳴る。


◆◇◆◇◆◇


 ――まぶしい。


 瞼の裏を突き破るような光に、思わず目を細めた。


 柔らかく沈む感触。

 背中を包むのは、藁ではない。

 ふかふかの羽毛布団だ。


 鼻先をくすぐるのは、花の蜜を溶かしたような甘い香り。

 視界の端で、金色の刺繍が施されたカーテンが揺れた。

 窓から差し込む風が、頬を撫でる。

 両手を持ち上げる。


 ……小さい。


 細く、骨ばっていない指先。


 ――戻った? 本当に?


 異世界転生を経験したことのある私にとって、決して信じられないものではなかった。

 一度似たようなことを経験しているのだ。


 ドアの向こうから「お嬢様! 寝る前に片付けてくださいとおっしゃいましたよね!?」という懐かしいガミガミとした声が響いた。やってきたのは私の専属侍女ホーリィ。やり直す前の世界線では、革命軍に襲われた私を守り、死んだ。

 ホーリィが生きている。

 戻ってきたことのなによりの証拠であった。


 黒髪ロングでどことなく日本人を彷彿とさせるような容姿。


 私はそっと彼女の髪の毛を撫でる。


 「ホーリィ。生きてるんだ」

 「お嬢さま、寝ぼけてらっしゃいますか?」


 ホーリィは不思議そうに問う。


 「なんでもないよ。なんでもない」


 上体を起こしながら、私は決意する。

 やり直す。

 やり直して、ハッピーエンドを描く。

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