業奪無双の遺灰喰らい ~クラス転移でスキルが無くて追放されたけど、実は転移者を殺すとスキルを奪える最強チートだった。復讐のために異世界の戦場でムカつく級友たちを殺して英雄になろうと思う~

朴いっぺい

第一部

第一章

持たざる者

 鮮やかな、夕暮れの空の下。

 重々しく開いた砦の扉から、祓川ふつがわ零仁れいじの細い体は外に放り出された。


 ざんばらな黒髪と、紺のブレザーとチェックのスラックスを合わせた制服のあちこちが、乾いた土から巻き上がる砂埃に塗れる。

 その後を追うように、全身鎧を纏った禿頭の騎士が進み出てきた。


「レイジ・フツガワ。あなたを、我が軍から追放します」


「なっ、ちょっ……! 待ってくださいっ、なんでこんな……っ! わけわかんない世界に来てっ! いきなり追放とか言われないといけないんですかっ!」


 淡々と告げるハゲ騎士に向けて、零仁は唾を飛ばして喚き散らした。

 後ろの門や外壁の上では、同じ教室で過ごした級友たちが眺めている。ある者は不安げに、ある者は面白そうに。


「うっわぁ。祓川くん、かっわいそ~……」


「シッ! 静かにしろよ、俺らも同じ扱いされたら嫌だろ?」


(おいちょっと待てよ、お前ら……。なんで、誰も何も言わないんだよ……っ!)


 異世界転移。はるか遠くどころか、おとぎ話として楽しんでいた非現実。

 どうやらそれが、零仁たち清陣高校の二年四組の三十一名に起こったことらしい。


 いきなり夕暮れの丘の上に現れ動揺していた零仁たちに、目の前のハゲ騎士――たしか、バルサザールなどと名乗っていた――が説明したことだ。


「先ほども申し上げた通り……あなたには転移者が本来持っているべき、能力スキルを持ちません。これは追放する理由として、十分なものです」


 バルサザール曰く。この異世界において、転移者は特別な存在らしい。

 身体能力は、ずぶの素人でも正規の軍人や魔物を相手できる程に拡張される。この世界の住人が四苦八苦して発動させる魔法も、ちょっとコツをつかめばイメージするだけで発動できるらしい。


「スッ、能力スキルがなくたって! 運動能力は普通の人たちより高いんでしょっ⁉ それだったら、兵士の役割くらい……!」


 だが最たる特性は、転移者に一人ひとつずつ与えられる特殊能力――能力スキルだ。

 先ほど級友たちがひとりずつ黒い石板に手を当てては、能力スキルの判定を行った。なんでも石板が黒からどの色に変わるかによって、能力スキル等級ランクが決まるらしい。


 級友たちが次々と能力スキルを確定させていく中、零仁は石板に触れてもなんの反応もなかった。ゆえに能力スキルを持たない存在として、今まさに追放されようとしている。


「……バ~カ」


 荒々しい声がした。かと思うと、バルサザールの後ろから出てきたおしゃれ坊主の巨漢によって、零仁の身体が盛大に蹴り飛ばされる。


「ガハ……ッ!」


 零仁はふたたび地面に叩きつけられた後、たった今蹴りをくれてきた巨漢を睨みつけた。


 ――舘岡たておか良平りょうへい

 二年四組の男子のカーストトップにして、学年全体のトップとして君臨する男である。能力スキルの名は【武極大帝タイラント】。クラスに五人しかいない、最上位級ハイエンド能力スキルの持ち主だ。


「もともと運動神経がねえお前が、ちょっとデキるようになったところで、兵士なんぞ務まるわけねえだろうがっ!」


「りょうへ~い、ホントのこと言っちゃかわいそうだって~!」


「ま、実際……。頭も良くなければ運動神経も大したことないからな」


 門の中から、舘岡の取り巻きであるカースト上位の女子たちがはやし立てる。

 その時。


「ま、待ってくださいっ!」


 舘岡とは逆の方向から、制服を着た黒髪ミディアムロングの女子が飛び出してきた。夕日に照り映える白い肌に、切れ長の目。チェックスカートから伸びるすらっとした足は、清楚な雰囲気ながらも妙になまめかしい。


 ――颯手さって里緒菜りおな

 二年四組のカーストのトップグループに属する女子だ。能力スキルも、【業嵐の魔女ストーム・ヘクセ】なる最上位級ハイエンド能力スキルを授かっている。


「なにも追放しなくたっていいじゃないですかっ! そりゃ兵士はキツイかもしれませんけど、荷運びとか力仕事でもしてもらえば……!」


 零仁を庇うように立って言う颯手の姿に、門の中にいる級友たちがふたたびどよめいた。


「おお~っ! 里緒菜ちゃん、やっさしぃ~!」


「颯手さん、勇気あるなあ……」


「でも祓川ってさ、颯手さんのことずっと見てたとかって話じゃないっけ? 颯手さんも気味悪がってたんだろ?」


「えっ、えっ⁉ ひょっとして、実は両片思いとかぁ⁉」


 黄色い声が飛び交う中、バルサザールは静かに首を振った。


「なりません。もともと能力スキルを使えなくなった転移者は追放するのが、我が軍のしきたりです。それでなくとも今は戦時、能無しを養う余裕はありません。いかな最上位級ハイエンド能力スキルの持ち主たっての願いとはいえ、聞き入れるわけには参りませんな」


「そんなっ……!」


 颯手の悲痛な声とともに、舘岡が我が意を得たりと鼻を鳴らした。


「ヘッ、ごもっともだ。颯手、ファンが一人減って残念だったな」


「ファ、ファンなんて……っ! 私は別にそんなっ……!」


 二人のやり取りが妙に遠くに聞こえる中、零仁はゆらりと立ち上がった。そのまま、のろのろと砦前の道を進みだす。


「ハッ、ようやく立場が分かったみてえだな。……おい、忘れ物だっ!」


 舘岡の声がしたかと思うと、衝撃が零仁の後頭部を襲った。足元を見れば、小さな革袋が転がっている。


「せめてもの餞別だとよ! バルサザールさんに感謝するんだなあっ!」


 ふたたび響いた舘岡の声とともに、門の中の級友たちがどっと沸いた。


「さあ、お見送りだっ! おっきく、声、出してっ♪」


「ギャハハハハッ! 祓川くぅ~ん、追放おめでとう~っ!」


「完全なる自由の下で、ガンバってくれよなあ~っ!」


「落ち着いたらお手紙ちょうだいね~っ!」


 忌々しい声たちが、背に突き刺さる。

 零仁は、門のほうを振り向いた。バルサザールと舘岡はもとより、ほとんどの級友たちは弱者を蔑み見下す視線を送ってきている。


(颯手……)


 縋る思いで視線を送ると、颯手は目立たぬように顔を伏せた。教室で目が合うたびに、わずかに感じた熱のこもった視線。だが今は、それを感じることはない。


 門の上に視線を移すと、仲の良かった友人たちが不安げに見つめている。だが零仁が視線を送ると、皆慌てて視線をそらした。


(なあ、杉原、深蔵みくら。みんな、なんで何も言わねえんだよ。室沢いいんちょ姫反ひめぞり……お前らならなんとかできるだろ? なんとか言えよ……!)


「ほら早く行けよっ! 能力スキルなしと違って、俺たちは忙しいんだからよぉ~!」


「はい、もう解散~! ご飯食べよ、ご飯!」


 級友たちが、誰ともなしに門の周りから去っていく。バルサザールたちが門の中へと消えると、分厚い木の門扉がふたたび重苦しい音ととともに閉められた。


「……タレッ」


 声を絞り出し、革袋を持って歩き出す。声を出さなければ身体の痛みと、心に押し寄せる屈辱で、なにもできなくなりそうだった。


「クソッ……タレッ!」


 誰が応えることもない毒づきが、異界の夕焼けの中へと消えた。

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