第十二章 〜あなたの特別になれるなら〜
二学期は激動の幕開けだった。
昨日あった出来事を思い出しながら、ベッドに寝転がる。
嫌な事があっても、すぐに吹っ切れるような性格じゃない事は、自分が一番よくわかっている。
それが余計に、自分の弱さを証明している気がして辛い。
でも今は何をすれば心が晴れるのかも分からず、過ぎて行く時間に身を委ねる事しかできなかった。
食事をしている時や、夜眠りつく前に目を閉じている時。
どんな時でも、あの人に言われた言葉、坂城さんが言い返してくれた言葉、それらが頭の中でぐるぐるしている。
あれこれ思考する中で、小さい頃の記憶を思い出す。
両親や親戚が言うには、昔の俺はよく喋る子どもだったらしい。
自分ではそんな自覚はなかったのだが、思い返せばあの出来事がある前までは、人と話す事自体は好きだったと思う。
自分の話を聞いて欲しい、笑って欲しい。ただそれだけの純粋な気持ちで話していたんだと思う。
なのにいつの間にか、人の顔色を窺って拒絶されない為の会話になっていた。
数年前、トラウマになったあの出来事を経て、そんな風に変わってしまった。
あの出来事から一週間経っても、気分は晴れなかった。
鶴見や深本さんと話していても、どこかうわの空になってしまう。
坂城さんと帰っている時も、彼女の話を聞いて、簡単な返事をすることしかできなかった。
大事な彼女の事より、嫌な記憶を考えてしまっている。そんな風になってしまう自分も、周りの人達に心配させてしまっている事実も嫌になる。
過去の自分に足を引っ張られているように、負のスパイラルから抜け出せなくなっていた。
今俺の周りにいてくれる人達は、本当に俺を受け入れてくれているのだろうか。相手に気を遣わせているだけなんじゃないか。
仲良くできていると思っているのは俺だけで、みんなを無理して付き合わせているだけなのかもしれない。
いや……そんな事を思うような人達じゃない。
頭でそう理解できているはずなのに、自信の無い心がついてこれない。
最近は周りに受け入れてくれる存在が増えて、勘違いしていたが、弱い自分とサヨナラできた訳ではなく、あまり表に出なくなっただけなのだと痛感する。
この現状をどうにかしたくて仕方がないのに、どうすればいいかもわからず、ぐるぐると思考を繰り返すだけ。
バイトをしている時は、そんな終わりのない事を考えなくてよくて楽だった。
人との関わりに慣れる為に始めたバイトが、人との関わりへの思考からの逃げ道になっているなんて、皮肉な話だ……。
そんな日々を送っていたある日の夜、坂城さんと電話をした。
彼女は俺を無理に元気づけようとか、過度に心配するような扱いをせず、いつも通り振る舞ってくれている。
「今日はね莉子のお弁当が、全部ご飯だったの!」
「お母さんが間違えちゃったらしくて、だから私のおかずを半分こして……」
「立花くん、大丈夫……?」
相槌すら打たなくなって黙っている俺に、彼女は心配そうな声色になる。
「うん……大丈夫だよ」
彼女に心配をかけて、傷つけてしまっていそうで自分が嫌になった。
「大丈夫じゃないよ」
「え?」
「そのくらい私でもわかるよ、立花くんの彼女だもん」
「ごめん……」
こんな俺のそばにいてくれる大切な人に、謝ることしかできなかった。
少しの間沈黙が流れた後、彼女は心を決めたように話始めた。
「何が正しいかなんて、正解はないけど……」
「今から言う事は私の思ってる事。全部受け入れようとしなくていいから、一つの考えとして、聞いて欲しい」
彼女はふぅー、と呼吸を整える。
「誰にだって、得意不得意はあるよ。それに受け入れられない事も、もちろんみんなにある」
「それが出来事でも、誰かの事でも。全部上手くやるなんて無理なんだよ。きれいに踏ん切りをつけなくてもいいの」
「嫌な事は嫌だって思ったっていいし、はっきり意思表示してもいい。だからって、何をやってもいい訳じゃないけど……」
「私だって誰にでも優しくできる訳じゃないよ。苦手な人だっているし……もちろん私を苦手な人もいると思う」
「でも、自分の気持ちを大切にして欲しいの……何か変えたいならそれでもいいし、悩み続けてもいい、そのままの自分を認めてあげて。一緒に居たいと思ってる人はいるから」
彼女はあの日以来、この事に言及することはなかった。
俺を尊重して、見守ってくれていた。
それでも悩み続ける俺を想って、こうして言葉にしてくれたのだろう。
「うん……」
そんな彼女の想いを感じるようで、言葉がスッと胸に入ってくる。
「私には無理しなくていいんだよ、もちろん莉子や鶴見くんだってそうだと思う。気を遣わずに、正直な気持ちを伝えてほしい」
「だって……」
そう言うと、彼女は少し沈黙してから続けた。
「私は……そのままの悠斗くんが好きだから」
「え、今……」
「えへへ、言っちゃった……」
彼女の優しさに触れて、魔法がかかったように心が軽くなる。
「ありがとう。坂城さん……」
心からの感謝を伝えると、彼女はうーんと唸った。
「ねぇ、悠斗くん……」
「私も! 悠斗くんに名前で呼んで欲しい……」
そんなお願いをされて断る理由はない。でも少しだけ恥ずかしさもある。
「わ、わかった……」
でも、彼女の望む事は全て叶えてあげたいから。
意を決して、口を開く。
「し、雫香さん……」
「なんだか照れるね……」
自分から言っておいて、彼女は恥ずかしそうだ。
「えーっと、だから! 悠斗くんは、そのままの悠斗くんで大丈夫だよ!」
彼女は恥ずかしさを紛らわすように、話を戻した。
「悠斗くんは優しいから、自分が変わらなきゃって思っちゃうかもしれないけど、自分がしたいようにしていいんだよ」
「他の誰が何を言おうと、私は悠斗くんのそばにいる。隣で力になるよ」
「ありがとう……」
こんなに真っ直ぐに想いを伝えてくれる彼女と、ずっと一緒にいたいと思った。
彼女が隣にいてくれれば、どんな事だって乗り越えられるような気がした。
彼女の温かさに、ループに陥った思考から抜け出したような感覚を覚える。
彼女になら、自分の全てを知って欲しいと思える。
そう思うと自然と口が開いた。
「あの人、藤村さんに中学の時に言われたんだ」
「話してくれるの?無理してない?」
彼女が心配そうな声で尋ねてくる。でも彼女のおかげで心は決まった。単純かと思われるかもしれないけど、それだけさっきの彼女の言葉に、本当に心が救われた。
「大丈夫、雫香さんには全部聞いて欲しいんだ」
「うん……わかった」
「藤村さんに、『話してても、なんかつまんない。そんなんだから、誰も立花くんに興味ないんだよ』って言われたんだ」
「元々友達は少なかったんだけど、それから余計に人に壁を作るようになったんだ……」
彼女は黙って、俺の話を聞いてくれている。
「藤村さんはクラスの誰にでも話しかけに行くタイプで、みんなに好かれてた。そうなるのが当たり前だと思ってる、それに価値を感じてるような人だった」
「誰にでも距離が近くて、誰が相手でも好意を向けてきて。そんな彼女の事を、元々苦手に思ってたのかもしれない」
「うん……」
「潜在的にそう思っていたから、ちょっと引いてしまって、素っ気ない対応をしてしまったんだと思う。それは反省してる」
「彼女からしてみれば、他の男子がするような、思い描いた反応がなくて、自分の価値が認められていないみたいで気分が悪かっただろうね。そのくらい彼女にみんな好意を寄せてたから」
「それで面と向かってあんな事を言われて、人と話す自信がなくなって、怖がってしまう自分になってた」
「でも鶴見や深本さん、そして何より……雫香さんの前でだけは、そんな自分じゃない、そのままの自分でいいんだって……」
「まだ完全に克服って訳にはいかないけど……もう大丈夫だと思う。雫香さんのおかげで、居場所があるって思えたから」
「ほんとに……?」
「うん……。辛い時はちゃんと言うよ。雫香さんには、そういう気持ちも全部預けてもいい?」
「もちろん! いつだって悠斗くんの隣にいるから」
「ありがとう……雫香さんも、何かあったら一人で抱え込まないで欲しい。俺も雫香さんの力になるから」
「うん……わかった」
今まで心を縛り付けていたものが、嘘のように消えていく。彼女の存在が、どれだけ俺の人生を明るく照らしてくれているのか、改めてそれを実感した。
「ほんとにありがとう。心のモヤが晴れたみたいだよ」
「悠斗くんの力になれたならよかった!」
これから彼女に何があっても、俺にできる事全てを尽くして助けていこうと心に決めた。
「悠斗、なんか吹っ切れた?」
翌日の休み時間、俺を見て鶴見がそんな事を言った。
「ごめん。心配かけた」
「ほんとによー。最近、全然元気なかったから心配したぞ」
鶴見が肩を軽く小突いてくる。どこか嬉しそうな表情で。
「おー、立花くんが元気になったー! 雫香何かしたー?」
深本さんが雫香さんを連れてやって来た。
「別に何もしてないよ。ただ悠斗くんのそばにいただけ」
「あれ、名前で呼んでるー!?」
「おい悠斗、人が心配してたってのに惚気かよ!」
鶴見が肩を掴んで、身体を揺らしてくる。
「私も心配して損したー! ただのラブラブカップルじゃんー」
深本さんが笑いながら、雫香さんの頬をツンツンしている。
ありのままの自分を受け入れてくれる友人、そして恋人の存在に感謝する。
これが当たり前ではない。今の俺は周りの人に恵まれている。こういう人達との出会いこそ、取りこぼしてはいけないと思った。
俺の机を好きな人達が囲む。
今回の一件で、そのままの自分でいいのだと思えた。
俺にとって、藤村さんの言葉は心に深く刺さった棘だけど、そのおかけで自分を認めさせてくれた事には感謝してもいいかもしれない。
自分を受け入れてくれる人はいる、ダメだったとしても別に気に病む事をは無い。全てが円滑で、上手くいく人なんていないんだから。
だからこそ自分の居場所をくれる人達と、一緒にいられるように生きていけばいいんだと、心の奥からそう思う事ができた。
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