第五章 〜思い出のあの場所で〜

 待ち合わせ場所に着くと、まだ彼女は来ていなかった。

 今日はいよいよデート当日。

 いつぞやのように昨日もあまり眠れなかった。二度寝する訳にもいかず、約束より二十分も早く着いてしまったので彼女がまだいないのは当たり前だ。

 彼女とのデートなんてもちろん初めてで、変に意識してしまっているからか、周りにはカップルしかいないような錯覚に陥った。

 

 五分ほど待っていると、背後から声をかけられた。

「はやい!! 早めに来たんだけど……待たせちゃってごめんね」

 謝る必要もないくらい坂城さんも充分早いんだけどなぁ……と思いつつ振り返ると、そこには白いワンピースに身を包んだ坂城さんが立っていた。

 スタイルの良さを最大限に活かし切ったその姿は、制服の時より一層大人っぽく見えた。少し見ただけでもわかる、すらっと伸びる長い脚、いつもより毛先がくるくるとカールしている美しい髪が彼女の持つ魅力を倍増させている。

「全然待ってないから大丈夫……!」

 そう答えると彼女は安心したように笑顔になった。

 俺に会うのにオシャレをしてきてくれた彼女に、思った事を正直に伝えたい。だがその笑顔に撃ち抜かれた俺は呟くようにしか言えなかった。

「その服も、髪も……すごく似合ってて」

「綺麗で、かわいい……です」

「嬉しい! ありがとう!」

 彼女の笑顔を見て、俺は勇気を出して言った甲斐があったと思った。それと同時に、いつかハッキリと彼女に伝えられるようになりたいとも思った。


 その後待ち合わせ場所から移動した俺たちは、今回のデートの目的地に到着した。

「この水族館来るの、いつぶりだろ!懐かしい……」

 到着するなり彼女が前を向きながら、独り言のように言う。

 そう、今日は水族館デートだ。デート場所としてはベタすぎるのかもしれないが、二人でどこに行くか相談した結果だ。

 他にもいくつか候補はあったが、彼女が久しぶりに行きたい!ということだったので水族館に決定した。


 チケットを購入した俺たちは、順路通りに館内を歩く。先ほども自分で言っていた通り、坂城さんは以前にこの水族館に来たことがあるらしい。

 彼女はそれぞれの水槽を懐かしい、と言って見ていて、各展示内容の説明にもよく目を通している様子だった。

 好きだったあの展示が無くなっている、など彼女は時折寂しげな表情を見せることもあったが、ほとんど嬉しそうな表情で展示を見ていた。

 俺はこの水族館にきたのは初めてで、水の生き物は好きだが詳しい知識はないので、彼女に豆知識を披露するなんてデートっぽいイベントが起こることもなく、彼女と同じように説明に目を通して学びを得ていた。


 展示を見ていると、彼女がある展示の前で足を止めて水槽を見つめていた。

 彼女の見ていたのは、数種類の生き物が入った大きな水槽だった。エイやアジなど色々な種類の魚が同じ水槽に入っているのだが、中でもイワシの大群が目玉の展示のようだ。

 水槽の横にある説明を見ると、イワシが群れる理由はいくつかあるらしい。

 敵からの狙いを定めづらくするとか、群れることによってできる水の流れで体力の消費を減らして泳ぎやすくなる、など他にも何個か理由が書いてある。

 自然の中で生きていく為の習性に関心しながら、ふと坂城さんの方を見た。

 彼女は水槽のある一点をじっと見つめているようだった。

 彼女の視線の先には、イワシの大群から遅れてしまったようで、少し離れて群れを追いかける一匹のイワシが泳いでいる。

 彼女はそのイワシを悲しげな表情で、心配そうに見つめていた。イワシを応援しているのか、彼女の手はぎゅっと握られており、力が入っているように見える。

 少しすると、イワシの大群がスピードを落とし、遅れていたイワシが群れの中に入る事ができた。

 それを見て彼女は安心したように微笑んで、握られていた手からも力が抜けたようだった。彼女の優しさに触れられたようで、俺は勝手に心が温かくなった。


 彼女と会話したり、先ほどのようにそれぞれ見入ったりしながら順路を進んでいるとお昼時になったので俺たちは昼食をとることにした。

 昼食は館内にあるカフェレストランに入った。

 俺はパスタとドリンクのセットを、坂城さんはパスタとドリンクにサラダとスープが付いたセットを注文した。

 メニューの写真を見るに、意外と量があるので俺は頼まなかったが、坂城さんは意外とよく食べる子なのだとわかった。

 そんなところもかわいらしい、よく食べる女の子は正義である。

 話は変わるが、こちらの店にはいわゆる水族館っぽい特別感のあるメニューはなく、申し訳程度に皿やカップに水族館のロゴマークが入っているレベルだ。

 商売の事など、専門的な知識なんて何も無い素人目線だが、もう少しここでしか食べられない水族館の生き物をモチーフとしたメニューなどがあれば注目されそうなのに……などと考えていると、

「ここのメニューってあんまり特別感ないよね、前もそうだった気がする」

 そう坂城さんに言われたので、すかさず頷いて自分の考えが見当違いではないことに安心した。

 その後しばらく坂城さんと、どうすればこの水族館の名物足りうるフードができるのかを議論して盛り上がった。


 昼食を終え、少し休憩した後、俺たちは館内の散策を再開した。

 その後カフェレストランから少し進んだところで、俺たちは立ち止まった。

 これから行われるイベントの為に、水族館のスタッフの指示に従って待機しているのだ。

 十分程待つと、近くの扉から可愛らしい集団が歩いてやってきた。ペンギンだ。

 俺たちが待っていたのは、間近でペンギンたちとふれあうことのできるイベントだ。

 一日の決まった時間帯に行われるので、入館時に二人で話し合ってこの時間に合わせてイベントが行われるスペースに来たのだ。

 ペンギンたちと直接触れ合うことはできないものの、スタッフが餌をあげている光景を一枚のガラスもなく至近距離で見ることができるのは貴重な経験だった。

「ちかっ……! すごい……」

 俺が思わず声を漏らすと彼女も、

「ね、すごいね……!」

 と微笑んだ。しかしその瞳はどこか寂しげにも見えて、以前来た時のことを思い出しているのだろうかと思った。

 その後もスタッフによるペンギンたちの生態解説に耳を傾けながら、ぺたぺたと歩いて行くその可愛らしい姿を目に焼き付けた。


 イベントが終わると、再び館内を順路に沿って進んだ。

 残りの展示も最初と同じような感じで見ていき、全ての展示を見終えた。

 お土産コーナーでは、お互い家族や友人などへのお土産を見た。

 俺は水族館の生き物たちがプリントされたクッキーを家族用に買った。彼女もお土産にと言って、同じクッキーとペンギンのキーホルダーを買っていた。

 買い物を済ませると、俺たちは水族館を後にした。


 外に出ると陽は沈み、すっかり暗くなっている。

 休日ということもあり、お土産コーナーは人が多く、思ったよりも時間がかかってしまった。

 駅に向かって歩いていると、坂城さんがこちらを見て言う。

「立花くん、今日は誘ってくれてありがとう」

「懐かしくて、とっても楽しかった」

「俺も楽しかった、ありがとう」

 そう答えた後に、俺は一日を通して気になっていたことを訊かずにはいられなかった。

「坂城さん、楽しめた? 見たことあるところが多そうだったし……」

 すると彼女は微笑んで、

「もちろん! 私がここがいいって言ったし、知らない展示もあったから」

「懐かしいのも、初めてのも、両方体験できて嬉しかったよ」

 そう答える彼女は笑顔で、本心からその言葉を言ってくれていることが伝わってきて、野暮なことを訊いてしまったかなと思いつつ返す。

「それならよかった」

 初めてのデートに水を差したい訳ではないので、それ以上は訊かなかった。

 その後はペンギンのイベントを思い出して、ペンギンモチーフのメニューを作ればいいのに! と昼食の名物フード議論が白熱した。


 電車に乗り彼女を最寄り駅まで送る。家まで送ろうかとも考えていたのだが、改札の前で彼女と解散することになった。

「家までは人通りも多い道だし、遅くなっちゃうからここまでで大丈夫だよ」

「立花くん、今日はありがとう。楽しかった」

 最後まで人のことを考えられる彼女の優しさに、今日は一日中幸せだったなぁ、と改めて噛み締めながら、

「こちらこそありがとう、楽しかった。気をつけて帰って」

 と別れの挨拶をして、初めてのデートは終了した。


 立花くんと解散し、自室で一息ついた私は、初めてのデートに充足感を感じていた。

 以前行ったことのある場所だったが、当時の思い出が蘇るようでよかったし、所々変わっていたところも楽しめたと思う。

 楽しかった一日を振り返る中で、あの展示を思い出す。気づいた頃には感情移入してしまっていた。

 あの子は仲間の元に戻れてよかった……。

 もうはぐれてしまわないように、いつの間にか自分と重ねてしまっていたので、安心した。

 今日は何より立花くんと一緒の時間を共有できたことが、素直に嬉しかった。

 彼でなくては意味がないのだ。机に並べたペンギンのキーホルダーを見て、そんな事を思う。

 彼と会話して、その考え方に触れるたびに、考え方が似ているなぁと感じる。

 その言葉をもっと聞きたい、気持ちに触れたい、段々とその欲望が大きくなって行くのを感じて、あの日私を助けに来てくれた立花くんの勇気に感謝した。

「これは……変わってないや……」

 クッキーをかじって、遠い記憶をたぐり寄せた私は独り言を呟いた。

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