第38話

「お陰様で無事に過ごさせて頂いております…」

「そう?それは良かったわ。」

「はい、気に掛けて頂きありがとうございます。」


 皇后陛下は濃いブラウンの髪にそれと同じ色の瞳で、あまりフェリックスや第一皇子のカリスタとは似ておらず

 しゃんと伸びた背筋とキリッとした目元も相まって、目の前に居るだけで圧倒されるような途轍もないオーラを放っている。


「フェリックス。フェレナビアが来ているなら一言言ってくれても良かったのに。」 


 フェリックスは皇后陛下にそう言われると少し俯きこう答えた。


「申し訳ありません…お忙しいかと思い、今日は私一人でフェレナビアを迎えました。」


 …えっ、ちょっと…気まず!

 何この空気。

 気まずっ!


 フェリックスと皇后陛下が一緒に居る事は幼い頃からも余り見て来てないけど、こんな余所余所しい感じだったっけ?


 えー…空気おもー…。


 二人の間にそんな微妙な空気が流れていると、皇后陛下がフェリックスを見据えて口を開いた。


「…そう、まぁいいわ。今日は丁度私にもお客様が来ていたし。今度来た時は一緒にお茶でもしましょう。話したい事もあるし。ねぇ?フェレナビア?」


 皇后陛下はそう言うと私に向かって微笑んだ。

「はっ…はい!是非!…ご一緒させて頂けるなんて光栄にございます。」


 皇后陛下は微笑みながら静かに頷くと「それじゃあまた今度ね」と言ってその場を去って行き、私とフェリックスは頭を下げた。


「…フェレン、ごめんね。何だか板挟みみたいになっちゃって…。」

 フェリックスは申し訳なさそうな顔をして私にそう言った。


「そんな事ないですよ…。普通の親子ですら日々一緒に過ごしていたら色々ありますから。フェリックス様と皇后陛下ならお立場もありますし、尚の事かも知れないですね…。私は全然大丈夫ですから、どうかお気になさらないで下さい。」


「そうだね…親子だからこそ、上手くいかない事もあるよな。フェレンにそう言って貰えて、何だか救われたよ…ありがとう!」


 私はさっきのヘビー級の空気から突如現れたミラクル級イケメンのキラースマイルにやられそうになりながらも何とか耐え、変な顔にならないよう気を付けながら笑顔を返した。


 再び歩き出すと、玄関の付近にまた別の貴族っぽい誰かが居るのが見えて来た。


 …何だろ。皇宮ってダンジョンか何かかな。

 まぁボスは最初に出て来ちゃったけども、今度は一体誰かしら…。


 私はさっきの出来事で疲れたのもあり、誰かと会ってもサッと挨拶して帰れるように知らない人である事を願った。


 どんどん近付いて行ってるが、その人はこちらに後ろを向けたままで顔はまだ見えない。

 ただ、後ろ姿でも分かる気品に溢れた女性で、長く赤い髪の毛がまるで絹のように流れていた。


 …赤い髪の毛?って事は…南部の…

 と思った瞬間、侍女と話していたその人がとうとうこちらを向いた。


「あらっ?…フェレンじゃないの!やだ!久しぶりね!」

「あっ!…メザルテお姉様?お久しぶりです!」


 そう、その人は南部のテルベーラ公爵家の長女でありあのシェザーテの姉でありながらも、私が幼い頃から会うたびにいつも可愛がってくれてよく一緒に遊んでくれた"メザルテ・テルベーラ"お姉様だった。


「あら、第二皇子殿下もお久しぶりね!今日は何?二人でお茶でもしていたの?」


「公女様お久しぶりです。…はい、話す事もあったのでフェレンに来てもらいました。」


「そうなのね!二人共見ない間に大きくなって…って!そうよ!フェレン、何度か危ない目に遭ったと聞いたけど、もう大丈夫なの?私はここ数年ずっと忙しくて公の場には余り出れていないから、その事も人伝に聞いて本当にビックリしたわ…。」


 メザルテお姉様はそう言うと心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 確かにここ最近のパーティーや、皇宮での事件の時も狩猟祭も、メザルテお姉様を見掛ける事は無かったな。

 お忙しかったのね…。


「まだ完全とはいかないんですけど…普通に生活する分には問題無く過ごせています!」

「そうなの?もし何か私に手伝える事があったら遠慮なく言ってね?仕事柄他国に行く事もよくあるから、何か体に良い物を見つけたらフェレンに贈るわね!」


「ありがとうございます!…でも久しぶりにメザルテお姉様に会えただけでも何だか元気になった気がします!」

「あらっ!もう〜フェレンったら本っ当に可愛いんだから〜!」


 そう言うとメザルテお姉様は私を抱き締めて、頬を高速ですりすりした。

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