第17話

「すごい聖神力ですね…。もう倒れたのでしょうか?」

「これくらいはそんなに大したものではありませんよ。…まだ確実に仕留めた訳では無さそうです。いつ動き出すか分からないのでそのまま下がっていてくださいね。私は魔力核を取り除く処置をします。」


 そう言うとレオナルド卿は再び魔物に手をかざし、今度は呪文のようなものを唱えた。

 すると、さっきの聖神力よりも少し鋭い感じのする気が周りに流れた。


 その瞬間、背後から今までには感じなかった別の気配が現れ私は咄嗟に振り返ったが、それは既にもう目の前まで迫ってきていて、精霊力で対抗しようにも、もう間に合わないくらいのスピードで私に向かって来ていた。 


 パーッ

 眩い光が私を包み込み、それに触れた先程の魔物はパラパラと触れた先から崩れ、消え去っていった。


「フェレナビア嬢!大丈夫ですか?!お怪我は?」

「私は大丈夫です!…はっ!レオナルド卿!後ろ!」

 レオナルド卿が私を助ける為に後ろを振り向いた一瞬だった。


 私の為にもう片方の手でこちらに聖神力を使う際に、先程の大蛇に向けていた聖神力に少し乱れが招じたようで、その一瞬の隙に大蛇がレオナルド卿に向かって牙を立てて来たのだ。


 パーッ

 レオナルド卿は直ぐに聖神力をかけ直した為、牙が直接触れる事は無かったものの、猛毒である大蛇の唾液がレオナルド卿の左腕にかかってしまった。


「うっ…。」

「レオナルド卿!!」


 レオナルドは何とか大蛇にとどめを刺した。

 だが、猛毒がかかった部分がみるみる内に周りに広がっていった…。


 私は倒れ込んで苦しそうにしているレオナルドを抱えた。

「…レオナルド卿!しっかりして下さい!すぐに助けますから!…どうしよう。こんな時に私に何が出来る?とにかく治療師かファルゼリオン公爵家の誰かに見て貰わないといけないけど、何処が出口なのかわからないままだし、こんな状態のレオナルド卿を連れて出口を探すなんてまず不可能だわ…。私にも治癒力さえあれば…それに元々私を庇う為にこんな猛毒を浴びてしまったのよ…。私が後ろから来る魔物に気付いて対処さえ出来ていたらレオナルド卿がこんなに苦しむ事も無かったのに…。」


 私は自分の無力さに心から嫌気が差した。

 前世でも今世でも何の役にも立ててない。

 悪役令嬢を懲らしめたりしてるのだって、きっと心の底で感じている役立たずな自分を否定したいからなんだと思う。


 ただ生きているだけで前世では何もかも上手くいかず、頑張ろうと立ち上がってもその度に何か邪魔が入るようにその頑張りがへし折られ、どん底まで突き落とされて、そんな事を生まれてから何度も何度もずっと繰り返している内に、最後の方はもう頑張って立ち上がる事すらも出来なくなってしまっていた。


 ただひたすら生きるために働いて、その必死に働いたお金で衣食住を賄って、また必死に働くためにそのお金でご飯を食べる。

 生まれた環境も良くなく学もない私は、毎月生きていくのに必要な最低限しか稼ぐ事が出来なくて、収入が余る事も無いから本当にただひたすらに日々命を繋ぐために生きている日々。


 何のために生きているのか分からないまま、所謂ブラックと呼ばれる企業で少ない給料の中、文字通り身を粉にして働いて、何かに疑問を持つ事も、自分の人生が一体何なのかも、考える事すら出来ないような精神状態でいつの間にか眠ったまま生が終わってしまった私。


 今世で目覚めた時には驚いたのも束の間、現状が飲み込めると襲ってきたのは前世での不甲斐ない日々の後悔だった。

 前世では日々生きるのに必死過ぎて見えなかった物事が、こうして全く違う人間として客観的に見てみる事で、見えて来るものが沢山あったのだ。


 もう少し自分を労れば良かった。

 立ち上がる事を恐れないで、もう一度立ち上がって職場を人生を変えてみれば良かった。

 そうすればもう少し楽しさを感じられる人生だったかもしれない。


 そんな事が頭の中をグルグルと巡っては、過去の自分への後悔と嫌悪感を繰り返し見て見ぬふりをしていた。


 …でももういい加減こんな事は終わりにしたい。

 今世では優しく温かい家族にも恵まれ、生活だって何不自由なくさせて貰えている。

 いくら前世の記憶があるからって、もうそれは過去の事でこの世には存在しない人物の話。

 いつまでもそんな事でウジウジしていたら、せっかく恵まれた条件でやり直せた人生が勿体なさすぎるわ。


 …よし、私はもうフェレナビアよ。


 こんな私を何度も助けてくれたレオナルドを今度は私が、何があっても助けるのよ。

 この世界に送ってくれた…神様だか誰だか分からないけど、今世はちゃんとやるわ!

 …だからどうか私にレオナルドを助ける力を下さい。


 そう願って私は倒れているレオナルドをギュッと抱き締めた。

 …ヴーン、チカッチカ。

 …パァー!


 その瞬間、地面が振動して蛍のような光が辺りに現れたと思ったのも束の間、私の身体中が明るい光で包まれた。


 それはまるで、森の中に射し込んだ一筋の光のように、温かく輝き、生命力に溢れるものだった。

 植物などが生える訳もない肌寒く薄暗い地下に芽が出て、それはあっという間に成長して私とレオナルドを包み込んだ。

 すると毒に侵され紫色に変化していたレオナルドの体が、徐々に元の皮膚へと戻って行った。


 苦痛に満ちていたレオナルドの顔も穏やかさを取り戻し、今はただ眠っているかのように見えた。

「毒は抜けたのかしら…よかっ…た…。」


 私は力を使いすぎたのかそのまま気を失ってしまった。

 そしてどうなったのかも分からぬまま、次に目を覚ましたのは見慣れた天井、自分の部屋のベッドだった。

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