イリーナの手記

エメルナ

第1話

 これは、私が孤児院の皆のために、ウサギの罠を見に行った時のお話しです。


                               ・・・・


「おはよう〜!」

「おう、来たか」


 その日は、きのう作った罠にウサギが掛かっていたら良いなぁ〜とわくわく気分でハンターギルドに入って、受け付けのおじちゃんとお話ししていました。 おじちゃんはお父さんのお友達で、お父さんが死んじゃってからも、こうして私と話してくれる優しいおじちゃんです。


「おじちゃん、手伝ってくれそうなハンターさん、いる?」


 私のおじちゃん呼びに、おじちゃんがげんなりと頬杖とため息をつきます。


かたくなだなぁお前も……変な所だけ受け継いでんじゃねぇよ」

「お父さんと約束したもん、おじちゃんが結婚するまでおじちゃんって言い続けるって」

「俺は結婚しないんじゃなくて! イリーナちゃんマジここに就職してくれよ。 仕事ならいっくらでもあるんだからさぁ!」

「やだぁ!」

「独身いじって楽しいか?! ……ったく」

 不貞腐れたようにそっぽを向くおじちゃん。


 楽しいよ。 おじちゃんだけは、お父さんがいた時と同じように喋ってくれるもん。


 そうして、いつも通り受け付け横の壁にある長椅子に座っておじちゃんと喋りながら待っていると、しだいにギルドにはハンターさん達がちらほら集まってきました。

 ハンターさんに決まった仕事の時間はありません。 好きな時に来て、好きな依頼を貰って、たまたま珍しい薬草や鉱石なんかを見つけるとギルドに買ってもらったりもして。 それがハンターさんです。

 私みたいな孤児院の子供がハンターさんにお願いするには、それでも頑張ってお金でやとうか、知り合いや優しいハンターさんにお願いするしかありません。 じゃなきゃ町から出られません。

 昨日の人達、また来てくれると良いなぁ。

 

 ギルドの飲食スペースに少しずつ人が増えてきました。 でも、あの人達はまだ来てません。

 わくわくがムズムズになってきてて辛いです。 早く見に行きたいのに……


「誕生日、明後日なんだよな?」

「だよぉ。 料理も練習しなきゃだし、せっかく捕まえたウサギが逃げちゃったり、誰かに取られちゃったらどうしよぉ〜」


 ウサギ丸ごとなんて何羽も買えないから頑張ったのに……最悪、貯金で買わなきゃ間に合わなくなっちゃいます。

 こうなったら……


「お願いしてくる!」


 あそこに座ってるハンターさん達なら知らない人達じゃないので。 話した事は無いけど……余りはあげるって言えば連れて行ってくれると思いました。


 椅子から立ち上がった私に、おじちゃんが「約束はもう良いのか?」と意地悪なことを聞いてきます。

「ぅ~……でも、他にも仕事があるから絶対じゃないって、言ってたからぁ……」


 お姉ちゃんは『絶対行くから〜!』って言ってて、凄く楽しみにしてくれたんだけど……ごめんね、練習で作る方のローストをあげるから許してぇ。

 本当なら朝一番に……うんん、森の中にテントを立ててずっと見ていたかったんです。 ウサギは夜中に走り回るらしくて、罠に掛かるところなんてお父さんだって見たことがないって言ってたから。 いつか絶対に見て、私も死んだらお父さんに話したいんだぁ〜。

 だから私の目標は立派なハンターさんになることなんです。


「その話し、僕で良ければ是非ぜひ受けさせて貰えないかな」

 困っている私に話しかけてくれたのは、さっきまで飲食スペースに座っていた金髪のカッコイイお兄さんでした。 たまに孤児院に遊びに来てくれる貴族様みたいな人です。

 目が合った私に微笑むと、そのままおじちゃんの受け付けに行き、冒険者さんのプレートを渡しました。


 冒険者さんはハンターさんとは違って、旅をする人達のことです。 遠い色んな国にも行くので、強い人や物知りな人がいっぱいで、ギルドに来ると旅の話しをしてくれるから、いつも大人気なんです。

 ちなみにハンターさんのプレートは真ん丸で、冒険者さんのプレートは長丸です。


「ほぅ、金等の。 仲間は?」

「何をするにも自己責任なのは、こういう時に動きやすくて良い。 ついでに、森の案内もしてくれると嬉しいが……」


 お兄さんが振り向き、私と目が合いました。


「あ、あの! ハンターさんが通る道とか、狩り場とか、洞窟の場所とか、そういうのなら知ってます!」


 お父さんに罠よりも先に教えてもらった道なので、もう迷う心配なんて全くありません。


「そうか。 なら、道案内を付き添いの報酬とするのはどうだろう。 それなら手続きも少なくて済むからね」

「あっ、ありがとうございます!」


 やった! 優しいお兄さんに頭を下げての大感謝です。

                               ・・・


 手続きを済ませた私は、お父さんと一緒に木の皮をんで作ったかごを背負い、すぐにギルドから森へ歩き出しました。 門までの大通りで、歩きながらもお話しします。


「ユーリさんは剣士なんですか?」


 お兄さんとは、おじちゃんが外出届けを書いてくれてる間に自己紹介し合いました。

 なんと! 本当に子爵家の三男らしくて、家を継いだお姉さんのために色んな国や地方を実際に見て回ろうと旅しているそうです。

 凄いです。

 そんなユーリさんの装備は、薄い金属の胸当てと籠手こてすね当て、それに女の人が使うような細い剣だけでした。 私の知ってる剣士の剣よりずっと細いです。

 もしかして、凄い冒険者さんだから普通の剣士じゃなくて、魔法も得意な『魔剣士』なのかもしれません。 凄いです、わくわくです。


 するとユーリさんは首を横に振りました。

「確かに、僕は剣士なのかもしれない。 でも僕自身は、自分が剣士とは思っていないんだ。 『さむらい』って知ってるかい?」

「サム……ライ?」

「遠い東の島国で、旅をしている剣士のことさ。 『流離さすらう』という、目的すら無く旅をする剣士の事を、変じてさむらいと呼んでいるらしい。 僕のコレは剣じゃなくてね、その侍が使う『刀』と呼ばれる武器なんだ」

「へぇ~!」


 カタナ、サムライ、聞いたことも見たことも無い冒険者さんの話にもっともっとわくわくです!


「勿論、武器が違えば戦いの型も違ってくる。 だから剣士ではなく侍と自称しているんだ」


 わくわくしながら聞く私に、ユーリさんも楽しそうな顔でカタナの良さや戦い方を教えてくれました。


「この刀はね、僕の自慢の一振りなんだよ。 それこそ東の島国の侍達のように、僕にとっては命そのものなのさ」

「命?」

「そう、それくらい大切なものってことだよ」


 いつもの門番さんに外出届けを渡し、日帰り用のカードを2人分貰って、いざ出発です!

 と、

「あっ! イリーナちゃ〜〜ん!!」

「リリスお姉ちゃん!?!」

 行こうとしていた森の入口から、私がずっと待っていた黒髪のお姉ちゃんが手を振りながら走って来ました。


 名前に『リ』が入ってるからって理由だけで無料で1日付き添ってくれた、私よりずっと子供みたいなお姉ちゃんです。 相変わらず装備らしい装備も無く、休日のお散歩みたいな恰好かっこうでした。


そんな事より、

「何でそっちからなの! ギルドで待ってるって言ったじゃん!」

「うゎあ、ごめぇん!」

 ズザーと器用に両足で滑り、私の隣で止まったお姉ちゃんが両手を合わせて謝ります。


 相変わらず凄い動きです。 やっぱり拳闘士なのかな?


「あの後すぐ出なきゃいけなくなっちゃって、頑張ったんだけど間に合わなかったの。 ごめんね」

「うぅ〜……」


 悲しそうにしょんぼりしてるお姉ちゃんを見ていると、ムカムカしていたのが何処かに消えていっちゃいます。 孤児院の、泣きそうな年下の女の子に怒っちゃった気分です。 怒るのを我慢して、ちゃんと教えてあげなきゃいけない、あの感じ。

 でも今日のは仕方ありません、仕事だったんだから。


「ハァ〜……行けそう? 疲れてるなら無理しないでね」

「疲れてないよ! 行こ行こ!」


 私の手を掴み私よりも元気ハツラツに歩き出そうとするお姉ちゃんを「待って待って!」と慌てて引き止めます。


「何?」

「ユーリさん。 リリスお姉ちゃんが来ないから一緒に来てくれたの!」


 散歩に行きたがる大型犬みたいなお姉ちゃんに、黙って見ていたユーリさんがにこやかに自己紹介します。


「ユーリ・シュベルト、冒険者だ」

「……あっ、うん、リリスだよぉ〜。 冒険者でぇ、えっと〜……これ!」

 お姉ちゃんは首元に下がっている銅の冒険者プレートが付いたネックレスを持ち上げると、ユーリさんにグイッと見せました。

 ユーリさんが微妙な笑顔になってます。

「プレートを見せ合うのはハンター間の礼儀だよ。 冒険者は何があるか、誰が敵になるか分からないからね、自分の情報をみだりに明かしたりはしないんだ」

 「ぇ……そうなの?」と少し恥ずかしそうにプレートを服の中に戻したお姉ちゃんは、「じゃあ行こっか!」とすっかり忘れたみたいに私の手を引いて歩き出しちゃうのでした。

「待って! 案内しながら行くの! そういう約束なの!」

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