人間関係に嫌気がさしたので、転生先は人がいないところでのスローライフでお願いしますと頼んだら、勝手に裏ボスにされてしまいました

@waita

プロローグ1

 俺の名前は良仲親(よしなかちか)。歳は35歳で普通のサラリーマンだ。

 チカなんていう名前は女っぽくて子供の頃はよくからかわれたものだけど、むしろ名字の方が問題で仲良しが反対になった良仲だなんて変な名前だろう。

 両親は仲良しにちなんでチカなんて名前をつけたみたいだけど困ったものである。

 しかし運の良いもので俺は名前に恥じないほど人に愛された。

 社会人になってからも親友でいてくれる幼馴染達。

 今も飲みに集まる大学生の頃からの親友達。

 入社した時からいい人だった仕事仲間達。

 俺を慕ってくれる後輩。

 誰よりも愛している妻と子供達。

 多くの人間に愛されて俺は順風満帆な生活を送っていたのだった。

 その日までは――。


 ある日俺は幼馴染の一人、直人に呼び出された。


「おう、急にどうしたんだ?」

「あ、いや……」


 直人はなんだか言いづらそうにしている。


「なんだよ困りごとか?なんでも言ってくれよ」

「そ、そうか?わりいな……親父が借金作っちまってよ……どうしても金が必要なんだ……」


 そう言うと直人はファミレスだというのに床に膝をついて頭をさげてきた。


「チカ!すまん!金貸してくれ!」

「お、おい、やめろって……」

「でもよぉ……」


 周りの客の視線が痛い。


「そんなことしなくても金は貸してやるって。お前から金の無心なんてされたの初めてだからな」

「チカぁ……俺は最高の友達を持ったよ……」


 直人は泣きながら席に座る。


「で、いくらだ?」


 金額を聞かずに貸してやると言ってしまったが、こちらもそんなに金を持っているわけではない。


「100万でたのむ!」


 直人は今度は机に頭をこすりつけた。


「ひゃ……」


 俺は驚く。思ったよりも額が大きい。

 出せない金額ではないが、ぽんっと出せる金額でもない。

 

「駄目か?」


 直人は顔を上げる。

 その顔は必死だった。


「い、いや。なんとかするよ……」


 貯めていた自分用の貯金と、私物を何個か売ればなんとかなるだろう。

 

「チカぁ!」


 直人は涙を流す。

 これで直人が助かれば安いものだ。

 そして俺は数日後に直人に金を渡した。



     ♦



 それから数日後の話になる。

 

「毎日送って来てた直人からの連絡がこないな……」


 金を渡してから毎日のように「ありがとう」「本物の友達だよ」と送られてきていた連絡が途絶えた。


「まさか死んだりしてないよな……」


 心配になって直人に電話をかけてみる。


「出ない……」


 直人は出なかった。


「悟にかけてみるか」


 同じく幼馴染の悟に電話をしてみた。


『おう、どうした?チカ?』

「あー、直人どうしてるかなって」

『む……』


 この時点で既にただならぬ空気を感じ取ってしまう。


『直人に金貸してたか?』

「そうだな」

『俺らもなんだ。あいつ飛んだぞ』

「え……まじかよ……」


 俺は頭を押さえる。


「家族は?」

『ん?家族?あいつのおふくろさんは子供の時に亡くなったし、親父さんは少し前に葬式しただろ?直人はお前に連絡したけど来れないって言われたって言ってたぞ』

「え……俺そんな話聞いてないぞ!」

『あー、まじか……そんな前から金取るために動いてたんだなあいつ……』


 ショックだった。

 直人とは30年近い付き合いである。

 嘘を吐かれ、逃げられ。

 とても信じたくはなかった。


『まっ、俺等もあいつに金取られたからよ。1万とか2万だけど』

「え!?」


 俺は驚く。


『ん?お前いくら取られたんだよ?』

「ひゃ、100万……」

『うっわ!まじかよ?まあ、俺等もあいつのこと探しとくからさ、そっちも何かわかったら教えてくれ』

「あ、ああ……」


 俺が呆けている間に電話は切れたのだった。


「俺だけ多いのかよ……直人信じてたのに……」


 親友だと思っていた人間に俺は裏切られたのだ。



     ♦



 いくらショックだろうと家族の為に会社には行かないといけない。

 

「気を取り直そう!家族の為に頑張るぞ!」


 妻に話したら「辛かったね……一緒に頑張って行こう」と言ってくれた。

 100万なら、まだなんとでもなる。

 家族の為に頑張ろうと思う。


「せ、せんぱーい」


 仕事をしていると部下である遥が泣きそうな顔をしながら駆け寄って来た。


「おう、どうした?」


 彼女はとにかくミスの多い部下で中々フォローが大変だ。

 ただ彼女は可愛らしい若い女の子で特に胸が大きい。俺は妻がいるから関係ないが、そのせいかみんななんだかんだ許してしまう感じだ。


「すいません、これなんですけど……ミスっちゃって、もうどうすればいいかわからないんですよー」


 これ、と言われてもわからないのだが俺はこれを見た。

 

「うーん……数値が滅茶苦茶だな……」


 色々と間違っている。

 

「仕方ない。俺が全部直しとくよ」

「ありがとうございます!流石先輩!頼りになります!」


 今日は残業だな。



     ♦



 それから数日が経った。


「良仲……ちょっといいか?」

「はい?」


 急に上司に呼び出される。

 俺は上司の机の前へと行く。

 上司は立っていて、その横には遥が立っていた。


「お前、この仕事やったんだって?」

「え……あ、はい」


 件の仕事だ。


「これ、数値が違うんだが」

「え?そうですか?それじゃあ直して……」

「いや、いいよ。そういうのは、もう予算として下りてる金だからさ。ちょうど100万」

「そ、そうですか。すいません」


 間違えたかはわからないが、あの日は残業で疲れていた。

 間違えていた可能性はある。

 だから俺は謝る。


「すいません。じゃないだろ!」


 上司が大声を出したので俺は驚く。

 普段あまり怒らない温厚な人だからだ。

 周りの社員たちも驚きこちらに目をやる。


「この100万はどうしたんだよ?」

「え?」


 俺は事情がわからなくて困惑するばかりだ。

 

「多く下りたはずの予算の100万がないんだよ。どこに行ったのかって聞いてるんだよ」


 俺は唾を飲んだ。

 ここまで言われれば俺にも何が言いたいのかわかる。

 つまり誤差の100万は俺のポケットに入ってる、そう疑われているのだ。


「わ、私は何も……遥から仕事を渡されて、仕事を手伝って遥に渡しただけで……」

「私はー、それをそのまま出しました。触ってませんー」


 俺の言葉の途中で遥が口を挟んでくる。

 その言葉にとても信用性はない。

 そもそも仕事自体は彼女がやったのだから、その後の予算の管理も彼女がやっているはずである。

 

「こう言ってるぞ」


 だが上司は横にいる彼女の方を見て言った。

 そこで俺は気が付く。

 遥は何故上司の隣にいるのだろうか?

 本来彼女がいるべきはこちら側だろう。

 そして彼女は上司のすぐ隣にいるのだ。

 あまりにも距離も近すぎる。

 つまり、これは――


「良仲。お前、最近友人に100万騙し取られたそうだな」

「え?」

「先輩ー、いくらお金を騙し取られたからって、会社のお金に手をつけるのは駄目ですよ」


 つまり、俺はハメられたのだ。

 信じていた上司と後輩に。

 

「あ、いえ!俺はそんなこと!」


 それでも俺は弁明した。

 

「横領は犯罪だぞ!」


 しかし上司は俺の言葉を遮って怒鳴る。


「そ――」

「もう上には話はしてあるし、刑事告訴するそうだ」


 警察と言われて俺は体をびくりと震わせた。


「荷物をまとめて家に帰れ。もう来なくていいぞ。いつか家に警察がくるだろう」

「あ……う……」


 俺は周りを見回す。

 同僚たちは俺の視線から顔を背けた。

 誰も助けてはくれなさそうだ。


「はい……」


 納得したわけではない。

 だが今は家に帰ろう。

 そう思った。



     ♦



 どこをどう歩いたかわからない。

 だけど気が付いたら家の扉の前には着いていた。

 しかし扉を開ける気にはなれない。

 妻にどう説明すればいいのやら。


「俺がやってないことは信じてもらえるよな……」


 だが妻なら俺の事を信じてくれるはずだ。

 今後どうするかも二人で話しあっていけばいい。

 

「た、ただいま……」


 だから俺は家の鍵を開けると、家の中へと入ったのだった。


「ん?」


 妻の出迎えはなかった。

 いつもはリビングにでもいれば顔は出してくれるのに。

 

「あれ?」


 靴を脱いでるときに気が付く。

 見慣れない靴がある事に。


「誰か来てるのか?」


 わからないが今は一大事。悪いけど帰ってもらおう。

 そんな事を考えながら俺は家の中に入る。

 その時だった。


「あっ!」


 どこからか妻の声が聞こえて来た。

 妻の姿はない。

 奥の、部屋だと、思った。


「ああっ!」


 奥の部屋に近づくにつれその声はおおきくなっていく。

 その声がなんなのか俺にはわかった。だけどわかりたくなかった。

 いつもベッドで聞いている妻の声だから。

 奥の部屋は夫婦の寝室だ。

 俺はその部屋の扉を開けて、中へと入った。


「あああっ!」


 目に入ったのは喘いでいる裸の妻。

 それに裸の男だった。

 

「え?」

「ん?」


 二人は驚いて俺の方を見る。

 男の顔は見知った顔だった。

 大学生の時からの親友だ。

 

「あ、あなた!違うのこれは!」


 妻は必死に弁明するが裸で繋がった状態で何が違うのか?


「あー、ついにバレちまったかー」


 親友の方は、あちゃーという感じで軽いノリで笑っていた。


「てか、チカ。今日どうしたん?いつも連絡してから帰って来るじゃん。あれ俺が返事してたんだけど」


 それはつまり昔からそういう関係だったと言っているのだ。

 もはや立っているのも難しくて壁に背中をぶつけた。


「気を付けろよー。一家の大黒柱なんだから。俺の娘達をちゃんと育ててくれないと」

「は?」


 少し考えて理解する。

 それはつまり――


「う、うわあああ!」


 俺は逃げ出した。

 現実ではない。

 これは現実だはないからだ。

 靴も履かずに玄関から飛び出した。

 どこへ向かってるわけでもない。

 これは夢なのだから。

 好きに走っていいだろう。

 夢なのに足が痛い。

 だけど俺は走った。

 プーーー!

 そんな音が聞こえた。

 音の方を見ると、トラックが――

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