第34話 スレイド
オルトが走り去る。
あれだけの大騒ぎを起こした後なのに、まるで疲れた様子がない。あれは普通じゃない。山脈を越えて来たって時点で普通じゃないのは分かっていた。だが、突かれても切られても平気なんだからな。耐性スキルがあっても、あそこまで硬いやつは見たことがない。エレナ将軍の見立て通り、オルトは漂流者で間違いないだろう。
新たな漂流者は何年ぶりだ? かなり久しぶりだが、今回の漂流者も随分と個性的だ。
「スレイド、彼は何者なんだ?」
背後から黒ずくめの男が近づいてくる。王国騎士団の諜報員ラムセットだ。
「たぶん漂流者だ」
「やはりそうだったか。また凄い奴が現れたな」
「ああ、危なくなったらこれで助けようと思ったのに、出番がなかったよ」
スレイドがポーチからリボルバー拳銃を取り出す。
「銃か。それを作った漂流者もこの大陸に随分と影響を与えたが、彼もそうなるかもしれんな」
「どうだろうな」
エルガルドは漂流者の力で大国となり、他国への大きく影響するようになった。しかし、漂流者は争いを好まない者が多く、野心のない者がほとんどだ。強大な力をもちながらも、小さな町から出ずに過ごしてる人もいる。状況に流されてアストレア家に突入したが、オルトにも強い野心があるようには見えない。
「それよりも、アストレア家はどうなるんだ?」
「剥製工房が見つかったからな。爵位剥奪のうえ投獄、もしくは死刑だろう」
「できるのか」
「燃やされはしたが、かなりの証拠が手に入った。王家は貴族の浄化に本気だ。新たな法に基づいて厳しい対応をとるだろう」
「反発は?」
王家と貴族連合のパワーバランスは貴族が少しだが上。だから悪質な貴族の取締が進まなかった。
「あるだろうな。だが今回は王国騎士団の主力が動く。一部の反発程度は問題ないだろう」
「証拠があるから、貴族連合としての反発は一部にとどまる……か」
「ああ、そういうことだ」
剥製工房が見つかったんだからな。言い訳できない。亜人種差別を禁止する新法が成立したってことは、賛同した貴族が半数以上のはずだから、王国騎士団と貴族連合で国家を二分する内戦なんてことにはならないだろう。
「じゃあ、セプテム砦はどうするんだ?」
「どうにもできない。今回は我々の戦力で何とかなったが、セプテム砦はさすがに無理だ」
小規模とはいえセプテムは軍事拠点だからな。王国騎士団とは言っても、テッセラに駐屯してるのは少数だ。無理なのもしかたない。
「そか……ならば、あの砦に囚われてる獣人は……」
「捜査の手を恐れ、運が良ければ解放、悪ければ証拠隠滅……そのどちらかだろうな」
「運が良い方へ進むとは思えないな」
「だろうな」
ラムセットが苦虫を噛み潰したような顔になる。証拠隠滅になる可能性が濃厚だってことだ。だが、手がないわけじゃない。
「もし、セプテム砦がアストレア家見たいな大騒ぎになったら……どうする?」
「何だその悪い顔は。まさか、あの男にまた大暴れさせる気か?」
「それができたらどうするって話だ」
「もちろん介入する。ホールドマンはそういう男だ。王国が生まれ変わるためには、裏で悪事を働く貴族の排除が急務だからな。多少の犠牲は覚悟して介入するだろう」
「そか……そういうことなら、俺が一肌脱いでオルトを説得してみるか」
巻き込んで申し訳ないが、囚われてる獣人は情報が伝わる明日には、証拠隠滅のために皆殺しになる可能性がある。それを防げるなら、多少強引でもオルトを巻き込もう。
「まったく、お前はいつも突然すぎるんだよ。前もって連絡をくれていれば、王国騎士団の主力を呼ぶこともできたのに」
「すまんな。こっちも何もかもが突然だったんだ」
「で、可能なのか?」
ラムセットが前のめりに聞いてくる。
「なんだぁ、随分と前向きだな」
「今の上司、ホールドマンは武闘派で野心家だからな。出世のチャンスがあればすぐに動くぞ」
「あいつね、信用できるのか?」
「できる。だから俺が組んでるんだ」
ラムセットが自信ありげに笑う。こいつとは古い仲だ。この顔は本当に自信のある時の顔だ。
「そう言う事なら、俺も頑張るしかないな」
「頼めるのか? あの漂流者に」
「あれはなかなかのお人好しだからな。可能性はある。だが砦に突撃してくれと言って、それをやってくれるかは聞いてみないと分からん。あの手この手で促すつもりだがな」
「まぁ、砦に突撃してくれと言って、はいわかりましたと言う者は、普通いない」
「そりゃそうだ。だが、可能性はある。何度も言うがお人好しだからな」
「そうか。じゃぁそれに期待して準備をしておこう」
「準備が無駄になるかもしれないぞ」
「ホールドマンは、それを良い訓練になったって言える男だよ」
「ほほう、上司に恵まれたな」
「前のは酷かったからな」
もしその流れになったら連絡する事を約束し、俺はラムセットと別れ、オルトたちとの合流地点を目指した。
オルトたちを見つけた。オルトがロイネを抱きか変えたまま寝かせている。ロイネの体がうっすらと光っている。これがオルトの癒しの加護か。あれだけあった打撲の痕がかなり少なくなってる。
「スレイドさん、ありがとうございました」
オルトが小さく頭を下げる。
「いや、俺はアストレア家を調べてたからな。俺の都合にちょうど良かったんだ。俺に感謝する必要はないぞ」
「王国騎士団の突入はスレイドさんの計らいですね」
「ああ、俺は亜人種の自由と平穏のために、エレナ将軍と王国騎士団の間で動いててね。今回は大きな一歩だった」
「それは良かった」
ん? 良かったと口にした割に浮かない顔に見える。
「どうかしたのか?」
「スレイドさんは獣人が囚えられてる場所とか知ってたりします?」
「何でそれを?」
「ロイネがラウルから聞いたそうです。自慢げに言ってたって」
「なるほど……そんなことを話したってことは、ラウルはロイネを生かして返す気がなかったってことだな」
俺の言葉を聞いて、オルトの顔が引きつる。
「そ、そうか……間に合ってよかった」
運が良かった。オルトを脅威と見てもしもの時に人質にする考えもあったんだろう。私兵と戦って圧勝したのに誰も殺してないからな。人質が有効だって判断は正解だ。オルトは甘すぎるからな。だけど、オルトが正面から突撃してきて、あそこまでの力を見せ、その隙に俺たちがロイネを救出するとまでは想像できなかったんだろう。
「ロイネの具合は?」
「大丈夫です。目が覚めれば元気になってるはずです」
「凄いな。それがオルトの癒やしの加護か」
「はい……でも、心の傷はこの力じゃ癒せない。ロイネがどんなことをされたのか……」
どんなことをされたのか、本人には聞けてないって感じだな。
「まぁ殴るけるは激しかっただろうが、それ以外は大丈夫だと思うぞ」
男としては、自分の好きな女が性的な暴行を受けたかどうかは気になるところだろう。
「それ以外は大丈夫って、なんでですか?」
「ラウルは、剥製を偏愛する変態だからな。人間の女には興味がないはずだ。だから貴族で見た目もいいのに、あの年まで結婚してないんだ」
「本当ですか?」
「絶対じゃないが、俺はあいつらを長年に渡って調べてるからな」
「そか……そうだといいな」
オルトが力なく呟く。そんなオルトに小川に向かって黙っていたグレイシアが近づく。
「え、なに?」
グレイシアがオルトが抱きかかえているロイネの足をそっと広げ、股に顔を突っ込む。なるほど、匂いで調べる気だな。獣人の鼻なら可能だろう。
「ちょ、グレイシア、なになに?」
グレイシアがロイネの股から離れる。
「心配するな、男の匂いはしなかった」
「そ、そんなことが分かるんだ」
「白狼族の鼻は特別だ。信じろ」
「わ、わかった」
無口なくせに、そういう部分は気が利くんだな。いや、オルトが相手だからか。そもそも狼系の獣人は、差別関係なく他種族と馴れ合わない種族だ。よほどオルトのことが気に入ってるんだろう。
「はぁ……」
オルトが安堵したような溜め息を吐き出す。そしてしばらくの沈黙の後、真剣な目で俺を見た。
「スレイドさん、囚われてる獣人の場所が分かるなら、今から助けに行きませんか?」
まさかの提案だった。このオルトが自分から助けに行こうと言い出すとは。俺はこの男のお人好しな性格を利用して、協力を促すつもりだったのに、その手間が省けた。
「オルト、実はな、それをお前に頼むつもりだったんだ」
「なら、話が早い。グレイシア」
多くを語ることなくグレイシアがオルトに近づき、ロイネを抱き上げる。
「私はここで待っているぞ」
「うん、ロイネを頼むよ」
「もどったら、またロイネに話をせがまれるな」
「そうだね。良い話ができるように頑張ってくるよ」
オルトの目に優しさと怒りが混在しているように見える。いや、本当は怒り心頭なんだろう。この穏やかな男が自ら動こうとするほどに。
「スレイドさん、俺はどうしたらいい?」
いつでも動けるって感じだな。本当にありがたい。
「まずは、王国騎士団と合流する。一緒に来てくれ」
「わかった」
今夜はとんでもない夜になる。長く停滞した状況を大きく変化させる夜になるだろう。いや、そうなるように動かなければならない。俺はそのために耳も尻尾も切り落として、人として生きてきたのだから……このチャンスを最大限に活かそう。
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