第32話 脱出

 眼の前に転がった俺を睨みつけながら、白髪の男が剣を抜いて振り下ろした。

 俺はその剣から転がって逃れた。


「アイスランスの直撃を受けても立ち上がるだと? こいつ、ありえない」


 ホールの入口あたりから声が聞こえてくる。


「あ、メイガスさん!」

「メイガスさんが逃げた!」

「魔法もダメなのか、ど、どうする?」

「どうするって、俺たちじゃどうにもできないだろ」


 廊下から、兵士たちが走り去っていく音が聞こえる。俺を倒すことをあきらめた? でもまだ、眼の前の男は諦めてないらしい。剣を構える白髪の男は、このアストレア家の家長だろう。


「ラウル剣を抜け! こいつは何としても我らで殺さなければならない。何としてもだ」

「しかし父上、こいつは」

「状況がわからんのか! この愚か者が。今この瞬間が命をかけてでも戦う時だ!」

「ラウル、しっかりしなさい。アストレア家の存亡がかかっているのです」

「は、はい!」


 ラウルが剣を抜いて、白髪の男と並ぶ。


 なんで俺が悪ものみたいに言われてるんだ? 確かに不法侵入で建物を破壊したけど、どう考えてもお前らが悪いだろ。ロイネをさらったこと、獣人への残虐行為。あんなことしてて、俺を悪者扱いって。

 いや、この人たちから見たら、突然現れて大暴れして、伝統を否定して家の秘密を暴いた悪人か。でも、ああもう。頭がおかしくなりそうだ。


 二人が顔に怯えを浮かべながらも、ゆっくりと迫ってくる。その手に持つ剣が、紫色に光っている。


 なんとなくだけど、あの剣には斬られちゃダメな気がする。それに、もうここで悩んでも俺に出来ることは何もないだろう。こいつらが恐れてるのは情報の漏洩、悪事の拡散だ。獣人殺し、剥製にする工房が、この屋敷の中にあることを外に知られたくないんだ。

 さっきの口ぶりからして、それが外に漏れるのは貴族としての立場が危うくなるほどのことなんだろう。

 だけど俺は、それをどう広めたら良いのかいいのか分からない。証拠は燃やされた。もう行こう。何もできないんだからロイネの所に……いや、脅すことは出来る。

 悪人と思われてっるなら悪人ぽくして、殺すのは無理だけど、今後二度と悪いことをする気にならないくらい、恐ろしい思いをさせて……。


 迫ってくる二人を見ながら、そんなことを考えていたら部屋の外が騒がしくなる。


「どけー! 抵抗する者は斬り捨てよ! アストレア家の者を探せ!」


 ドタドタドタドタ!


「私は王国騎士団のホールドマンだ。アストレア家が何者かによる襲撃を受けたと聞いて駆けつけたのに、なぜ我らに刃を向ける!」 


 ドタドタドタドタ


 金属が叩きつけられるような音と、大声が近づいていてくる。


「なんてことだ、騒ぎを聞きつけて来たのか!」

「まだあの部屋が! 火は放たれたはずだけど」


 白髪の男と、ラウルが慌てふためく。

 王国騎士団って……もしかしてスレイドさんあたりが通報した? よくわからないけど、ここに居ちゃダメな気がする。逃げよう!

 俺は声が聞こえる反対側の壁に走り、その壁を蹴破った。するとそこは外で、地面に落下したが、なんとか体勢を整えて着地。そのまま走り屋敷を囲った壁を飛び越え、町の暗がりに潜り込んだ。


 屋敷の騒ぎが小さく聞こえる。

 背中が痛い。でもそれ以上に胸が痛い。笛の音から、ロイネの救出が成功したのは分かる。俺は役目もちゃんと果たせた。救出作戦はうまくいった。だいたい予定通りだ。なのに素直に喜べない。どうしても、獣人女性の無惨な姿が頭を離れない。

 だけど、どうしたらいいか分からない。この世界の歴史も伝統も価値観も、何もわかってない俺が、こんな特殊な問題に対して出来ることなんて……ない。

 もう行こう。ロイネに早く会いたい。もしロイネが傷ついてたら、少しでも早く癒やしの加護で回復させないと。でも、もしロイネが……。


 剥製にされる途中だった獣人女性の姿が頭をよぎる。


「うぇええっ……」


 また吐き気が込み上げ、胃液だけを吐き出した。


 もしロイネがそんなことになってたら、俺はあの人達を許せない。今でも十分許せないけど、ロイネの状況によっては……理性が保てなくなって、自分の手であの人達の人生を終わらせに行く……かも。


 メキッ……メキバキッ!


「あ……」


 無意識に力を込めていたのか、メイスの柄が砕けて地面に落ちた。そして手から血が流れる。


 痛いなぁ……色々と痛すぎる。手も背中も胸の奥も。考えれば考えるほど痛い。もう考えるのはやめよう。辛すぎる。

 笛が聞こえてからどのくらい経ったのかな。ロイネたちはどこだろ。あの小川まではかなりの距離があるから、急げば追いつけるかな。行こう。早くロイネに会いたい。


 俺は夜の闇に紛れて町を走った。




 深夜の路地裏をコソコソと進む。深夜なのにあちこで騎士を見かける。どの騎士もアストレア家に向かっているんだろう。俺は騎士に見つからないように、影に潜んだり、壁に登ったりしながら町の東へと進んだ。


「オルト」


 背後から俺の名を呼ばれた。振り返っても誰も居ない。だけど声には聞き覚えがあった。


「スレイドさん?」

「ああ、追いつけて良かった」


 暗がりからスレイドが姿を見せる。


「何でここに?」

「オルトが滅茶苦茶な暴れ方してたからだよ。おかげで警備が居なくなってロイネの救出が楽だったが、二人が屋敷の騒ぎを聞いてお前のことを心配してな。だから俺が様子を見に行ったんだ」

「もしかして、近くに居た?」

「ホールの天井近くに窓があっただろ。あそこから覗いてたんだ」

「全然気づかなかった」


 高い場所に窓とか、そんなの気にする状況でもなかった。


「凄いものを見せてもらったよ」


 スレイドがそう言って笑う。だけど俺はその言葉でまた剥製工房のことを思い出した。


「俺は……おぞましい物を……見……うぇ」


 また吐き気が込み上げたが、もう何も出なかった。


「あの屋敷の中で剥製が造られてたんだな」

「スレイドさんは、知ってたんですか?」

「裏で出回ってるんだよ。腐った貴族どもが、その美しさを競ってるんだ。だが、それを自宅でやってるとはな。流石にそれは予想外だった」

「そか……そんなことを……いや、それよりロイネは?」


 今は腐った貴族のことなんてどうでもいい。そんなの気にしてる場合じゃない。


「無事だ。打撲だらけだが、命に別状はない」

「今はどこに?」

「グレイシアが隠し通路から町の外に連れ出してるはずだ」

「じゃぁ急ぎましょう。そんな状態なら少しでも早く治療しないと」

「わかった。急ごう。俺が先行する」


 道を熟知したスレイドに追従し町の東に走る。そして防壁に近い何の特徴もない家の床下にあった隠し通路に入る。かなり長い通路を通り抜け外に出ると、そこは草の生い茂る町の外だった。


「こんな所に出るんだ」

「そうだ。こんな草っ原に隠し通路の入口があるなんて、誰も想像できないだろ?」

「たしかに」


 本当になんの目印もない出口だった。次回、ここから町に入ろうと思っても、まずここを見つけられない自信がある。


「ここから真っ直ぐ東、あの一番高い山を目指して進む約束になってる」


 スレイドが星あかりに浮かび上がる高い山を指差す。


「わかった。先に行きます」

「ああ、行くといい。俺はつかれたから、ゆっくり行くよ」

「じゃぁまた後で」


 俺はそう言い終わるより早く走り出した。

 もう1秒でも早くロイネに会いたかった。そして俺の力で癒やしたかった。俺の癒やしの加護なら打撲なんてすぐに治るはずだ。だけど、心の傷はそう簡単じゃない。

 ロイネがどんな暴行を受けたか、想像したくもないが、その内容によっては深く傷ついて苦しんでるかもしれない。

 くそ、あいつらめ。もしロイネが立ち直れないような状態になってたら、絶対に許さない。この手で殺す……のは無理でも、死んだほうがマシだと思うくらいのことをこの手でしてやる!


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