第27話 グレイシア

 この国境の町ロックは、テッセラより規模が大きな町に見える。私が入ったことのある町はほんの数か所だけだが、その中で間違いなく一番大きい。

 違うのは大きさだけじゃない。雰囲気が違う。肌で感じる空気が別物だ。早朝の町を行き交う人々は、皆どこか朗らかで、人間だけでなく、獣人やエルフ、そしてドワーフらしき姿も見かける。肌の色や耳の形が違っても、誰もが当たり前のように肩を並べている。そんな環境だからか、私を毛嫌いしたり、見下すような目線が一つもない。

 オルトは、そんな光景を眺めて楽しんでいるようだった。彼には最初から私を見下すような様子がなかった。むしろ私を見て感動していたようにすら見えた。でもそれは獣人好きな変態とは違う優しい目だった。

 なんの得にもならないのに、私を助けてくれたあの日のことは一生忘れないだろう。




 将軍エレナの取り計らいで、私たちは砦の近くにある立派な宿に滞在しが、この先この国で生活するために、冒険者登録を行うこととなった。

 オルトはエルガルドのCランク冒険者として登録を更新した後、昇格試験を受けないかと言われたが、その説明を聞いた後に断った。しかし山脈越えの情報がギルドにも届いていたようで、受付の担当者が熱心に口説いている。


「山脈を越えてきた時点で、Aランク以上の実力があるはずなんです!」


 ギルドに山越えをしてきたという情報があっても、その道中で空を飛び回るグリフォンやワイバーン、巨体のサイクロプス、そしてマンティコアや異形のキマイラを相手にし、怯え逃げ回りながらも、いざとなったらメイスで殴り倒す姿は、誰にも想像できない姿だろう。この目で見た私ですら、思い返すと夢でも見ていたような気分になる。

 しかも、そんな一匹でも脅威となる魔物に、殴りつけられ、噛みつかれ、空から落とされ、毒を打ち込まれても彼の体は耐え、痛がりながらも私を庇ってくれていた。

 もうオルトは人の限界など、とうに超えた存在なんだろう。


「いやー、実力はともかく、俺は冒険者としての経験がないので、もっとCランクで経験を積んでからにさせてください」


 担当者の熱心な口説きを、オルトは丁重に断った。

 彼はもう、自分の力がどれほどのものかを理解している。だがそれを誇示するような性格ではないのだろう。不思議な男だ。


 オルトが山越えの途中で拾った2つの魔石売ると、ギルドが大騒ぎになった。誰もが危険な山脈を逃げ回って越えたと思っていたのだろう。


「これはキマイラ、こっちはサイクロプスの魔石じゃないですか! まさか倒したんですか?」

「えっと……はい。なんとか」


 本当はかなりの数を倒したが、オルトはそれを言わない。自分を高く評価してもらうことに興味がないらしい。

 そしてオルトは、革袋に入った金を受け取った。金の価値は今ひとつ分からないが、周囲の羨ましそうな目から、かなりの大金なのが分かる。


「この金は、置き去りにしたお詫びを兼ねてロイネに渡そう」

「ロイネに?」


 彼の口からロイネという名が出ると、なぜか胸の奥がチクッと痛む。


「ロイネは、昔の仲間、死んじゃった仲間の子どもたちに支援してるんだ。でも俺は、ロイネが何かに縛られることなく自由に生きられるようにしてやりたい。余計なお世話だけど、もう支援なんて必要ないくらいの金を渡せば、ロイネもそれを気にせずに、自分の人生をたのしめるんじゃないかなーってね」


 ロイネがそれをどう思うか私には分からない。しかし、オルトがどういう男なのかは理解できているつもりだ。


「あ、半分だけね。残りの半分は俺とグレイシアで分けよう」


 こういう男だ。


「いらない。私は逃げ回っていただけだ」

「でも、グレイシアが居なかったら、俺は寝てる時に食われてたと思う」


 たぶんオルトは1人でも大丈夫だ。キマイラに噛みつかれて痛がってはいたが、どんな鎧も噛み砕くと言われる牙なのに、それはオルトの皮膚を貫けなかった。グリフォンに天空から落とされても打撲だけだった。逆に聞きたい。オルトをどうやったら殺せるんだ?


「私は金が必要ない。自給自足が基本だからな」

「そうなんだ……でも、これからは町での生活が増えるし、冒険者になるなら良い装備が欲しくなったりもするはずだから。はい」


 金を押しつけられた。どうやらオルトは、私に町で寝泊まりすることを望んでいるようだ。しかしそれでいいのだろうか。オルトの1番はロイネだ。ロイネの居ない今、私がオルトと寝泊まりを共にするのは……いや、オルトだからな。ロイネに不義理な真似はしないだろう。

 あの日から、私を抱こうとしないのは少しさみしくもあるが、私が惚れた男はそれだけ誠実な男だということでもある。今はそれを静かに誇ろう。




 オルトの登録が終わった後、私は模擬戦を受けることになった。経験年数や実績の記録がないため、実力に見合ったランクで登録する気らしい。

 対戦相手は山越えしてきたことが考慮されてAランクの剣士になった。


「普通は、防御に特化した方が模擬戦の相手になるのですが、グレイシアさんは素早そうなので、それに対応できる方にお願いしました」


 そういうことらしい。

 訓練場に移動すると、冒険者たちの多くが見物に来た。人の町に行った時の、不快な目線ではない、私に純粋な興味を向ける目線だ。山越えをしてきた2人のうちの1人が、どれほどの実力なのか、それが知りたいのだろう。

 周囲の冒険者たちが固唾を呑んで見守る中、私はナイフサイズの棒を2本手に取り、剣士の前で構えた。


「試験官を頼まれたスレイドだ。よろしくな」

「グレイシアだ。よろしく頼む」

「グレイシア、頑張れ!」


 オルトの応援の声が頼もしい。人の限界を超えた男が、人の戦いに拳を握って緊張している姿が少し面白くもある。しかし、この男に応援されたら情けない戦いはできない。仲間として、彼に恥を欠かせるわけにはいかない。


「では、試験開始」


 職員の声と同時に、剣士が距離を詰めてきた。なかなか好戦的な男だ。しかし脚力で負ける気はない。私は獣人の中でも脚力に誇りを持つ白狼族だからな。

 大きく後ろに飛び、姿勢を整えて自ら距離を詰める。


「おっと!」


 剣士が私の攻撃を剣で受ける。一撃で決めるつもりだったが、この男もなかなかやる。しかしこれで終わりじゃない。この距離は私の距離だ。


 ガッガッガガガガ!


「うわぁ!」


 私の連撃を剣士が驚きながらも剣とアームガードで受け流す。まさか全て受け流されるとは思っていなかった。アームガードでこれほど器用に受け流せるのか。これは油断ならない。


「超接近戦だと分が悪いな」


 距離を取った剣士が、腰を低くして構える。迎え撃つ気らしい。動かぬ獲物は食われるのみ……と言いたいところだが、この剣士はそんな弱い獲物ではなさそうだ。だが、ここで攻めあぐねるような姿は見せられない。

 低い姿勢から距離を詰め足を狙う。これは誘いだ。予想通り、迎撃の剣が繰り出された。それを受流し……!


 ゴッ!


 受け流して胴体への攻めに繋げるつもりだったが、まさか弾き飛ばされるとは。この剣士、細身なのに力が強い。これがAランクの実力か。


「いまのを止められるんだ。スピード特化かと思ったら力も強いんだね」


 相手も同じことを思ったようだ。


「お前もな。驚かされた」


 素直な感想だ。山越え中に鍛えられた身体能力がなかったら、今の迎撃で負けていたかもしれない。


「じゃぁ続きをやるか!」

「ああ」


 私は気持ちを切り替え、挑む気持ちで戦った。オルトの前だから良いところを見せようと考える余裕はない。

 結果、速さと力、どちらもが接戦になった。


「終了!」


 決着がつかないまま、職員が終わりを告げた。


「ねーちゃんすげーな!」

「スレイドといい勝負しやがった!」

「こりゃ大型新人の登場だ」

「このねーちゃんが、あのにーちゃんに助けられたのか。じゃぁあのにーちゃんは、いったいどんだけ強いんだ?」

「サイクロプスとキマイラの魔石を売ってたから、相当なもんだろ」

「まじか!」


 それまで静まり返っていた訓練場に歓声が上がる。


「ふぅ……危なかったー」


 剣士が、額の汗を拭いながら深呼吸をしている。危なかったと言ってはいるが、まだ余裕がありそうに見える。私は……。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 もう呼吸が限界だった。いくらでも走れる体力があると自負していたが、疲労の種類が違うらしい。


「お疲れ様。はいこれ」


 オルトが水筒を渡してくる。獣人は汗をほとんどかかない。熱くなったら水や、水浴びで体温を下げる。山越えの途中で話したことを覚えていてくれたんだろう。この剣士に勝てなかったのは悔しいが、この気遣いは嬉しい。


「合否は?」


 オルトが職員に聞く。


「合否と言いますか、グレイシアさんの実力判定ですが……」


 職員が困った顔になる。


「何か問題でも?」

「いえ、Aランク相当の実力なので、グレイシアさんには何の問題もありません。しかし、特例とは言え、登録の時点でAランクというケースが過去にないのでどうしたらいいのかと」

「オルトと一緒でいい」

「え?」

「Cランク登録で問題ない」


 私がそう答えると職員がさらに困った顔になった。


「実力がある方にはそれ相応の活躍をしてもらいたいので、流石にCランク登録は……」

「じゃぁBランク登録でいいんじゃない?」


 オルトが提案する。


「私が上になってしまうが……いいのか?」

「全然いい。グレイシアは俺より経験豊富で魔物にも詳しいしね」


 それはオルトが世間知らず過ぎるだけだと思う。


「では、そうしましょう!」


 私のBランク登録が決定した。まぁいい。ランクなんてなんでもいい。私はオルトに全てを捧げ、その子を産み育てる。それに支障がなければ、あとはどうでもいい。




 私の冒険者登録が終わり宿へ戻る。その途中で兵士に声をかけられる。最初に案内してくれたクラートという警備隊長だ。


「オルトさん、エレナ将軍が呼んでます」

「もしかして、ロイネのこと?」


 オルトの顔色が変わった。


「はい、詳しくはエレナ将軍から聞いて下さい。私はギルドにも用がありますのでこれで!」


 クラートがギルドへと走っていった。


「グレイシア、急ごう」


 今の様子だと、穏やかな話ではなさそうだ。ロイネの身に何かがあったのかも知れない。オルトの1番目の女を支えるのも2番目の女の役目。私にできることがあれば何でもしてやろう。


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