「封」の章 ②ならまちのお香屋
「うわっ、侍!」
ぬっと、目の前に現れた侍の霊に、思わず声が出る。
周りの観光客からの視線が痛い。
(はいはい、わかっています……見えない人には、私、丸山めのうは変な人です。でもさすがにリアル侍は怖いよ~)
子どもの頃から、霊やなにか変なものが見えた。
私にとっては当たり前で、みんなも普通に見えていると思っていた。
だから、私だけが見えると気付いたときには、もう遅かったみたい。
「めのう」って名前があるのに、変な子を縮めて「へなこ」と呼ばれ、ぼっちが日常。
さらに人見知りで控えめな性格もあって、小・中・高と友だちらしい友だちもできず。このまま自宅から近い大学を志望校に決めようとしていたときだった。
「この環境のままではだめだわ! 可愛い子には旅をさせなくちゃ」
と急に方針転換した母に勧められ、なぜか自宅がある横浜から遠く?離れた奈良の大学を受験することになった。
運良く合格。
そして、4月、入学式に参列。大学の寮にも引っ越しをすませた。
それから早いもので、4ヶ月も過ぎ、暑過ぎる夏休み。
生活環境は確かに激変したけれど、ぼっちは相変わらずで、寮と大学の往復の日々。実家に帰ろうとしたら、奈良観光を一度もしていないと母にバレて、強制的に観光をすることになった。
まずはかき氷屋さんで宝石のようなかき氷をスマホでパシャ。
次に世界遺産のひとつ元興寺で飛鳥時代の古い瓦を撮影。
それから町家でカフェご飯を食べて証拠のレシートを残した。
最後に母に買って来て欲しいと頼まれていたお土産を買うため、ならまちの和菓子屋さんに向かっている途中、侍の霊に出会ってしまった。
(やっぱり古い町には、歴史のある霊がいるのね)
目の前の侍をどうしようか、考えていたときだった。
ふわっと何かが香った。その瞬間、侍が消えた。
(えっ、何が起こった?)
さきほど行った元興寺で焚かれていたお線香のような香りが左の小道から漂って来る。その香りに誘われ、古い町屋が並ぶ狭い路地へ入り込んだ。
行き止まりには、『香り えん』というお店の看板がぽつんと見えた。
(そっか、お香屋さんから香ってくるのかも。お香屋さんに入ってみよう)
お店のガラスの引き戸は、キイキイと開いた。
「いらっしゃいませ」
20代後半ぐらい、スリムで背の高い、紺ぶちメガネの男性が店の奥から出て来る。
キイキイ引き戸のお店には、似合わなさそうなハーフのイケメンだった。
(どうしよう。おしゃれ過ぎて、緊張しちゃう)
「えぇっと、お香、初めてなんですが……」
「お試し出来ますので、どうぞこちらへお上がりください」
「は、はい。お邪魔します」
スニーカーからスリッパへ履き替え、30センチほど高くなった黒光りする床張りの室内へ上がる。
部屋の真ん中には、腰の高さぐらいの黒いスチール製の細長いテーブル。
奥の壁一面は、ポケットティッシュをちょっと大きくしたぐらいの小さな黒い木製の引出しがいっぱい並んでいた。
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