『メリーさん』がフッ軽すぎて怖い②

紅緒

絶望少女とメリーさん

 私は【怪異】というものを信じている。


 というより身をもって知っている、といった方が正しい。


 ある夜、私のスマホが着信を告げた。


「? 何これ……?」


 スマホの画面には、本来相手の電話番号が表示されるはずなのに、そこには意味不明な文字列が並んでいた。


「文字化け……?」


 普段なら、知らない番号からの電話なんて絶対に取らない。

 何より、今は電話になんて出ている場合じゃない。

 ……でも、この時は何故か指が勝手に通話ボタンをタップしていた。


「……もしもし?」


 出てしまった自分に戸惑いながら、問い掛けてみる。

 すると、


『もしもし、あたしメリーさん』


 電話の向こうから女の子の声が聞こえた。

 それは少し鼻に掛かった少女の声をしていて、頭の中に直接響いているような不思議な感覚がした。


「えっ? メリーさん?」


 【メリーさん】という名前と、さっきの台詞。

 そういうものに疎い私でも知っている、有名な都市伝説だ。

 確か、電話が掛かってきて、その都度自分の家に近付いてきて……、最後には『今、あなたの後ろにいるの』ってものだったはず。


『今、貴女の家の前にいるの』

「私の家?」

『そう』


 悪戯にしてはタチが悪過ぎる。

 よりによってこんな時まで……。思わず、電話中だというのに溜息が漏れそうになる。

 私はとことん神様というものに嫌われているんだろうか。


「……ごめんなさい。私、今外にいるんです」

『え、そうなの?』


 途端、自称メリーさんが拍子抜けした声を出した。

 ……こういうのって、怪異は分からないものなのかしら?


『じゃあ、今はどこにいるの?』

「あ、えっと……」


 自称メリーさんからの質問に言葉が詰まる。

 私が今いる場所……、それは……。


「G県の、〇〇橋……」

『〇〇橋?』


 私の答えに、メリーさんの声色が少し変わった気がする。何故なら、〇〇橋というのは知る人ぞ知る名所だからだ。

 ──そう。自殺の、名所として。


『貴女、今から死ぬつもりなの?』

「……そう、ですね」


 メリーさんの声が平坦なものに戻る。

 私はそれに少し苦笑して頷いた。

 相手が本当の怪異なのか、悪戯なのか分からない。

 でも、もうどうでも良かった。むしろ、最期に誰かとこうして会話を出来たのが嬉しいとさえ思えた。


「なので、すみません。私は自分で死ぬつもりなんで、来てもらっても……」


 そこまで言って、ふと気付く。

 この電話の相手が、もし本物の『メリーさん』だとしたら……。


「あ、あの」

『なに?』

「今から、ここに来てもらって、私を殺してもらえますか?」

『え?』


 本物の怪異なら。私の後ろに来た時点で私はメリーさんに殺されるはず。

 橋から飛び降りる勇気もなかなか出ず、ただぼんやりと橋の真ん中に立っていた私は、【簡単に死ぬ方法】としてメリーさんを利用させてもらおうと思い付いた。

 マトモな考えじゃない。でもこの時はとても素晴らしいアイデアだと思ったのだ。


『そんな理由であたしを使うつもり?』

「ごめんなさい。でも、出来たら痛くない方法で死にたくて……」

『ふうん……。なんでそんなに死にたいの?』

「えっ」


 メリーさんが不躾な質問を寄越してくる。

 私はまた言葉に詰まり押し黙った。


『死にたがってる人の所へ行くなんて初めてだわ。なんでそこまで死にたいのか教えてくれる?』

「そ、れは……」


 メリーさんの声はどこか楽しそうに聞こえる。

 素直に教えて良いものだろうか。一瞬だけそんな考えが過ぎったが、私の口は自然と言葉を紡ぎ出していた。

 最期に、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


「私、彼氏がいたんですけど、彼のお父さんが病気でお金が必要だって言われて……」

『なるほどね。いくら?』


 メリーさんは私の話に相槌を打ち、的確な所を質問してくる。


「ごひゃくまん……」

『そんな貯金あったの? 貴女いくつ?』

「19歳です……」


 大学のサークルで知り合ったOB……、それが私の彼氏だった。

 飲み会にやって来た彼と私は意気投合し、すぐに付き合うようになった。


『500万どうやって用意したの?』

「彼の口利きで金融機関で借りて、でも返せなくて……そしたら彼が……、良いバイトあるから、って……それで……ッ! でも、それ風俗で……!」

『……』


 鼻の奥がツンとして言葉が途切れ途切れになってしまう。感情的になる私の声に対し、メリーさんは無言だった。


「最初から、そのつもりで彼は私に近付いたんです」


 意気投合して、愛し合っていると思っていたのは私だけだったのだ。


「彼のお父さん、病気なんかじゃなかった! でも、お金返してくれなくて……殴られて、怖い人達に脅されて……」


 私の声がだんだん小さく、か細くなっていく。

 改めて声に出すと、尚更馬鹿馬鹿しくなってきた。ホントになんて馬鹿だったんだろう。


「逃げる勇気も、やり返す度胸も無いし、もういっそ消えちゃおっかなって」


 500万返すアテなんて無い。でももう風俗で働きたくない。迷惑を掛けてしまうのが怖くて、親にも言えない。


『分かったわ』

「え? じ、じゃあ……」

『とりあえず今は都心にいるから、すぐにそっちには行けないわ』

「そ、そうなんですか……」


 来てくれるのかと期待した私の言葉を遮り、メリーさんが言う。

 怪異とは、もっとこう超常的な力で距離など関係ないものだと思っていた。

 ……もしくは、やはりこのメリーさんはただの悪戯電話なのか。


『とりあえずいったん切るけど、家まで行くから貴女は先に帰っていて』

「わ、分かりました」


 メリーさんの強い口調に、私は思わず頷いてしまった。

 どうやら、時間はかかるが来てくれるらしい。その事にほっと胸を撫で下ろす。


 これで楽に死ねる。


 そう思い、いくらか落ち着いた気持ちで橋から離れ歩いていると、また私のスマホが着信を告げた。

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