転校初日に学校一の美少女に告白したら、何故か一緒に日本一を目指すことになった件
堅物スライム
第1話 この出会いは運命だから
八月の中旬。
これが『うだるような暑さ』ってやつか。
空からは巨大なドライヤーが全力で熱風を吹きつけ、下からはフライパンのようなアスファルトが俺を焼いてくる。
空気は熱湯の湯気みたいにまとわりついてきて、肺に吸い込むだけで体力が削られる気がする。
これが東京か。
仙台とはまるで違う。
親父の仕事の都合で、高2のこの夏、俺はこっちに引っ越してきた。
これで三回目? いや、四回目? の転校になる。
まぁ、どっちにしろ環境の変化には慣れたもんだ。
転校先は私立黎明学院高等学校。
昔から勉強だけは得意だったおかげで、偏差値70オーバーを誇るこの名門校にも無事合格できた。
だから授業の心配はしていない。
……ただ、一つだけ不安がある。
庶民代表のようなこの俺が、ブルジョワの巣窟みたいなこの学校に馴染めるのかどうかだ。
今までこんな金持ちが集う学校なんて通ったこともないし、そもそも学校名からして気品を漂わせている。親父の給料でよく授業料が出せたもんだ。
人見知りとは無縁だから、そこは何とかなるだろう。
ただ、持ち物などで「何でこいつがここにいるの?」みたいな悪目立ちするのは避けたい。
そういうわけで、俺は親父からもらった小遣いを握りしめ、鞄やワイシャツなどを買い揃えるために――新宿のメンズ伊勢丹へ向かうことにした。
◆◆◆
――え?
ちょっと待って?
迷路なの?
新宿駅に降り立った俺は、その複雑さに早くも意識が遠くなるのを感じた。
俺の未だ克服することのできない欠点――ザ・方向音痴。
スマホのナビをもってしても克服できないそれが、容赦なく俺に襲い掛かってくる。
人の波は絶え間なく押し寄せ、アナウンスと雑踏が混ざり合って耳にまとわりつく。
立ち止まれば、そのまま流れに押し流されそうで、汗が噴き出すのは暑さのせいだけではないだろう。
――いやいや、ちょっと待ってって。
何なの新宿。馬鹿なの?
途方に暮れる俺のことなど、誰も気にも留めず通り過ぎていく。
――と。
その時、俺の横を一陣の爽やかな風が吹き抜けた。
石鹸のように清潔で、それでいて甘さのある香りがふわりと鼻をくすぐる。
夏の淡い色合いのワンピースに薄手のジャケットをさらりと羽織い、日傘を差した少女が、すっと視界を横切った。
人混みの中でも足取りは確か。
踵が床を叩く軽やかな音が規則正しく響く。
肩越しに流れる黒髪が光を弾き、その清楚な佇まいが大都会の喧騒を一瞬忘れさせた。
「す、すみません!」
気付けば俺は、その後ろ姿に向かって声を掛けていた。
――おいおい何やってんだ、俺?
「はい?」
振り向いた彼女の瞳に、言葉を失う。
心臓が一度大きく、ドクンと跳ねた。
その美しさに息が詰まり、周囲の音が遠くへ消えていく。
「どうかしましたか?」
白く整った肌に、大きな黒い瞳が真っ直ぐに俺を捉える。
視線の奥に射抜かれるような感覚と、ほんのり漂う香りに思考が奪われる。
「え、えっと……すみません、俺、こっちに引っ越してきたばっかりで道がよく分からなくて……。伊勢丹に行きたいんですけど」
「伊勢丹ですか? それなら、ここを真っ直ぐ進んで――」
――ドキドキが治まらない。脈打つ心臓がアホみたいに痛い。
彼女の声は澄んでいて、けれど遠くから響くようで、俺の頭にはほとんど入ってこなかった。
◆◆◆
九月一日。
転校初日。
あれから俺は、彼女のことばかり考えてしまっている。
母さんにどこか具合でも悪いのではないかと心配される始末だ。
だが、校舎の前に立ち、石畳の広がる正門と漆喰壁の白い校舎を目にして、俺の心は少しずつ輪郭を取り戻してきた。
転入試験を受けた時以来だが、相変わらずの威厳だ。
大きな木製の扉に刻まれた精巧な彫刻が、歴史と格式を物語っている。
廊下は磨き上げられた木の床が鈍く光り、窓から差し込む光が柔らかく教室を包む。
生徒たちの声が静かに響く中、俺は担任の先生に連れられ、名門の空気を肌で感じながら、その教室の中に足を踏み入れた。
「おーい、静かにしろー」
間延びした先生の声。
だが、それでもすぐに教室はシンと静まり返る。
さすが名門校。ヤンキーとかいなさそう。
「夏休み中に仙台からやってきた転校生だ。じゃ、自己紹介してくれるか?」
先生が俺に目配せをすると同時に、クラス中の視線が俺に集まる。
「あ、どうも、初めまして。
そこまで言いかけたところで、俺の目はまるで吸い寄せられるかのように教室の右端に向けられた。
そこにいたのは――
あの時の。
え?
えええええ!?
嘘だろ、おい!!
こんなの、間違いなく運命だろ!?
「ん? どうした?」
先生が怪訝そうに俺を見つめる。
「あ、あんた! この前、新宿で俺に道を教えてくれた――」
俺が指差した先に座っているのは、背筋を伸ばし、ブレザーの襟元まできっちりと着こなした超絶美少女。
指先まで品をまとっている。
彼女の周囲だけがまるで透明な壁で隔てられているかのようだ。
俺の目が吸い寄せられるのも当然だった。
「お、なんだ? 九条の知り合いか?」
九条と言われたそのコは、一瞬何か思い出そうとする仕草を見せ、やがて頷く。
「いえ、知り合いではないです。ただ、この前新宿で道案内をしたことがあったので、恐らくその時の――」
「そう、その時の俺!! あの時はありがとう!!! 無事に辿り着けたよ!!」
「あ、そうなんだ。良かった。……ごめんなさい、あなたの顔を覚えてなくて」
九条さんは申し訳なさそうにそう付け加えると、教室内に笑いが広がった。
「ちょうどいい。出口の席は、九条の後ろの空いてるあそこだ。おい、九条、今度はちゃんと顔を覚えてやれよ」
先生のとどめの一言で再びクラスが沸いた。
……いいんだ、今はまだ俺の顔を覚えてくれてなくても。
今はまだ、な。
◆◆◆
「何だお前、九条さんに一目惚れしちまったのか? まぁ気持ちは分かるけど」
一時間目の授業が終わると、周りの男子たちが俺の席に集まり親し気に話しかけてくる。九条さんはどこかへ行ってしまっている。
「残念だが九条さんは諦めろ……『氷の玲香様』の異名は伊達じゃねぇ。これまで玉砕した奴は軽く十人を超える」
「そうそう、遠くからそのお姿を眺めるだけで満足しておけ。眼福って奴だ。同じ空気を吸えるだけで幸せだろ?」
もう俺が九条さんに惚れてる前提で話が進んでるんだが……。いや、事実だけど。
まぁいい。
ここは一つ、俺がうんちくを紹介してあげよう。
「ふっ、君たち知ってるか? 女性ってのはな、第一印象で恋愛対象かそうじゃないかを仕分けしてるんだぜ?」
「そうなの? え、お前もしかして童貞じゃないとか?」
「いや童貞だけど」
「じゃ、何の説得力もないな」
「何が言いたいんだよ」
「まぁまぁ、よく聞いてくれたまえ」
そこで俺は一度、童貞ども(俺もだけど)をゆっくり見回し続ける。
「つまりだ、まずは友達になって仲良くなってから告白とか時間の無駄ってやつだよ。よく聞く話だろ? 友達と思ってたのに突然告白されて気まずくなったとか」
「ああ、確かに。で、それがどうしたんだ?」
「俺は今日、九条さんに告白する」
一瞬の静寂の後。
「えええええええええ!?!?」
「ば、馬鹿!! 思い直せ!!! 転校初日に振られるとかこの後の高校生活どうすんだよ!? しかもお前、席が真後ろとか気まず過ぎだろ!?」
「九条さんに振られた奴らは単なる失恋だけではない……メンタルまで破壊されるって噂だぞ? 現にB組の竹田は――」
「何で振られること前提なんだよ」
「だってお前、顔すら覚えられてなかったじゃん……」
「それだよ、君!」
「え?」
「俺の第一印象はまだ無いってことだ。勝負はまだ分からない」
ポカンとした顔をしているみんなを前に俺は堂々と言い放つ。
「諸君、明日の報告を楽しみに待っていてくれたまえ」
◆◆◆
その日の放課後。
夕焼けが差し込む教室にて。
「出口君、私に話があるってことだけど、何?」
九条さんは、授業中と変わらないブレザーのボタンをきちんと留めた端正な制服姿でやってきた。
肩先までの艶やかな黒髪が夕陽を受けて柔らかく光り、大きな瞳がまっすぐ俺を射抜く。
長身のシルエットが窓辺に伸び、モデルのような立ち姿が一層その気品を際立たせていた。
「ゴメン、急に呼び出したりして。忙しいだろうから単刀直入に言うね」
俺は一度大きく息を吸い込み、覚悟と共に言葉を放つ。
あの日、新宿の雑踏の中で、彼女だけがまるで別世界から来たみたいに輝いて見えた――その印象が頭から離れなかった。
これが恋じゃなくて、他の何が恋だ。
その瞳を真っすぐ見つめ、何の躊躇いもなく。
「俺は今日、君と再会できたことは運命だと思った。だから、俺と付き合ってほしい」
九条さんは特に驚いた様子も見せず、少し何か考える素振りをし、独り言のように呟く。
「運命だから付き合う……か。うん、乱暴だけどその論理は破綻してはいないわね」
――ん?
いける!?
「いいわ、付き合ってあげる」
え?
マジで!?
俺の心臓がフルスロットルで早鐘を打ち始める。
「ただし、私に勝つことが出来たらね」
「え?」
「これから私が言う論題に対して、私を論破してみて」
「論題?」
「そう、あなたと今からディベートをします」
「ディベート?」
「テーマは『恋愛において学歴や家柄は重要か』です」
「はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます