かぐや姫の孫 天上人編
「……ヨシ! 通信機が完成した」
その報告を聞きながら、
喜ぶべきか、悲しむべきか――答えが出ない。
「さっそく本部へ連絡を――」
「待って」
思わず口を開く。重く、引きずるような声だった。
「……どうしても、帰らなきゃいけないの?」
短い沈黙。その後、カグラは淡々と答える。
「あぁ。それが運命だ」
「もう……会えなくなっちゃうんだね……」
カグラはフッと笑う。
「地球から月までの距離は三八万キロ。地球の技術なら五日はかかるが、私たちの技術を持ってすれば一日で
「……月? 月って――」
キミヒコは
「そういえば、私の故郷のことをまだ言ってなかったな」
カグラは姿勢を正した。
「私の故郷は月。そして――かぐや姫の孫だ」
キミヒコの目は大きく見開かれる。
掃き出し窓から満月の光が差し込み、カグラの輪郭を青色に縁どった。
白く透き通った肌は満月の光を反射し、輝いているようにも見えた。
「……そうだったんだ」
とある都市伝説を聞いたことがある。
月の裏には宇宙人の基地があるという仮説だ。地球からは決して見えない――影の領域。
「カグラちゃんも、月の裏側に?」
「そうだ」
カグラはゆっくりと頷き。真剣な眼差しを向ける。
「それともう一つ、言っておかなければならないことがある」
「なに?」
「私は元々、この地球を支配するために来た」
「……え!?」
動揺を隠せなかった。
学校の裏山でカグラに出会ったあの日、未知との遭遇などというロマンチックなものでは、本来なかったというのだ。
もしあの時、手を差し伸べなかったら――
「にもかかわらず、キミは私を救ってくれた。あれから私は、大切な心を思い出した。そういう意味でも、キミは恩人だ」
カグラは修復し終えた通信機を差し出す。
「さぁ、このボタンを押せば本部との連絡がつく。このボタンはキミが押してくれ。これは、キミが覚悟を決める儀式だ」
キミヒコの覚悟は決まっていた。
深く息を吸い、静かにボタンを押し込む。
カチッ――小さな音が部屋に響く。
「そう。それでいい。キミならやってくれると信じていた」
「そういえば……月への通信って時間がかかるんじゃないの?」
「こんな状況でも好奇心は止まないな」
カグラはクスッと笑った。
「それも昔の話だ。地球でも海外との中継で時差が生じる時代があっただろう。それが、今となっては光通信が当たり前になっている。つまり、時差を感じることなく通信できるというわけだ」
その瞬間、窓の外が白い光に包まれた。
夜の闇を打ち消すほどの人工の光だ。
「え!? もうお迎えが来たの!? 早すぎるよ!」
「いや……違う……。これは――」
カグラはすぐさま飛び起き、窓を押し開けて庭へ飛び出した。
キミヒコも慌てて後を追うが、そこには異様な光景が広がっていた。
夜空の下、小型の飛行艇に乗って宙に浮かぶ人影の群れ。ざっと見て五十人はいるだろうか。
その先頭にいる、リーダーと思わしき男が声をかける。
「ご無事でいらっしゃいましたか、カグラ様」
キミヒコはその一言で全てを悟った。カグラの同胞――
「この速さ……通信を聞きつけて来たわけではないようだな」
「……その様子を見ると、通信機は修復されたようですね」
隣のキミヒコが、安堵の笑みを浮かべる。
「よかったじゃないか! これで月に帰れるんだよ!」
「……そんなこと言って、泣いているではないか」
その目からは涙が溢れていた。
「これは嬉し泣きだよ!」
「……本当はそんな強がってる余裕、ないくせに」
カグラは通信機に口を寄せ、小さくつぶやいた。
「……――異常なし」
そして、同胞たちに向かって指示を出す。
「さぁ、この私を連れ出して行け」
「……仰せのままに」
そう言うと天上人は、銃口をカグラに向けて銃弾を発射した。
レーザー弾が、カグラの右手にある通信機を撃ち砕く。
カグラは怒りを
「……どういうつもりだ」
「地球に向かったはずのカグラ様からの信号が途絶え、私たちはかぐや様の命でお迎えに参りました。地球へ降り、しばらく観察をしていたのですが、どうやらあなたの心は既に、地球人によって毒されてしまったようです」
「なんだと?」
「戦場でのあなたは活き活きとしていました。感情を忘れ、ただ目の前の任務を全うしようとするその姿は、まさに戦場の姫。それが今はこの
カグラはニヤっと笑った。
「ハハハ……。一体何を言ってるのかさっぱりわからんなぁ」
そして、吠えるように空へ叫ぶ。
「はっきり言ったらどうなんだ!! この私を始末しに来たんだと!!」
キミヒコは事の重大さにようやく気付いた。
この人達は仲間なんかではない――敵だと。
「お察しの通り。正直、あなたは私にとって目の上のこぶ、出世の邪魔なんですよ。親の七光りだけで出世したあなたがね。なので、あなたにはここで死んでもらいます」
一斉に銃が向けられる。
銃口の先は――カグラに一点集中。
「この日をどんなに待ちわびたか。月からの監視が届かない、実によいタイミングが舞い降りてきました。見ての通り通信機は壊しました。どんなに助けを呼んでも無駄ですよ」
「貴様ら……この私に逆らうとは、どうなるか分かってるだろうな?」
「心配には及びません。死人はどうせ動けないのですから。そうだ、死ぬからには死因が必要です。そうですねぇ……携帯食を落とし、餓死した、ということで上には報告しておきましょうか」
「貴様らぁあああ!!!」
「お望み通り連れ出して差し上げますよ――天にね」
キミヒコを家の中へ蹴り飛ばす。ドサリ、と音を立てて床に伏すキミヒコ。
直後、カグラに向かって集中砲火が降り注がれる。
避ける時間は――無い。
ドンッ!! と爆発音。庭全体が白い煙に覆われる。
「やったか」
キミヒコが絶叫する。
「カグラーーー!!」
煙は徐々に晴れ、やがて影が浮かび上がってくる。
カグラは――無傷で立っていた!
「『TAKE-SLD-001
降り注ぐ弾幕の雨は、光り輝くシールドによって弾かれていた。
「くっ! 防御が間に合ったのか!」
「思い出すなぁ――お前たちとの
目をカッと見開き、声を張り上げる。
「いなかったよなぁあああ!!!」
すると、白い光がカグラの全身を包み込む。
『TAKE-LNS-009
『TAKE-SRD-003
『TAKE-PLT-078
『TAKE-REG-040
『TAKE-STL-005
「どうやら、月に代わっておしおきが必要のようだな。ちょうどよい、貴様らを再教育してやろう」
「ふん! カグラ様――いや、お前に勝てないのは
「一人で勝てないからと数に頼る――だから貴様らは
カグラは力の限り大地を蹴り、夜空へと飛び出した。まとめられた二本の髪がゆらゆらと揺れている。
キミヒコも慌てて庭へ飛び出した。
見上げると、大勢の相手にカグラがたった一人で応戦している。
「
軽く悲鳴を上げる天井人。
「そうか。貴様らのような三下どもには、この私のようなフル装備は支給されていなかったな」
「撃てぇー!!」
四方からレーザーが放たれる。
が、
その勢いのまま一閃。斬られた者たちはバタバタと墜落していった。
浮遊したまま、全員に告ぐ。
「どうした! 本気を出さねば全滅させてしまうぞ!!」
「抜かせ!」
一人の天上人が巨大ハンマーを振り下ろしてくる。
カグラはこれも軽くかわし、冷ややかに言う。
「貴様はハンマー使いだな? だが、そのような重装備では、今の私のような高機動力の相手には不利だ。手放しで
右手の
腰の回転とハンマーの逆噴射の反動で、より大きな力を生み出す。
「ハンマーは――こうやって使うんだよォ!!!」
『TAKE-HMRー058
衝撃をまともに受けた天上人が地面に叩き落とされる。
「先ほど貴様は言ったな!? 私が親の七光りだけで出世したと! 果たして、本当にそれだけかな!?」
その光景に、リーダーも黙っていなかった。
「リーダー! いかがいたしましょうか!」
「落ち着きなさい。相手をよく観察するのです。カグラ様がなぜ、不安定な空中戦をわざわざ選んだのか。あなたに分かりますか?」
「我々が空中にいるからでしょうか?」
「それもありますが、もし地上戦を仕掛けていたとしても、彼女は空を飛び続けるでしょう」
「……彼女は、空中戦が得意だからでしょうか?」
「……君は察しが悪いですね。だからまだ一兵卒止まりなんですよ」
「……はぁ。すみません」
「彼を
「なるほど! さすがリーダー!」
「となれば、これからやることはいくら察しの悪い君にもおわかりですよね?」
彼めがけて集中攻撃するのです!!
「くっ! 気付かれたか!」
二、三人の天上人がキミヒコの元へ急降下。
カグラもそれに気付き、後を追う。
「頼む! 間に合ってくれ!」
「無駄です! その位置からでは間に合わない!」
キミヒコも慌てて避難する。
「うわぁ! こっちに来たぁ!」
「死ねぇ!」
天上人が剣を振り上げた、その時――
遠方の闇の中から、キラリと何かが輝く。
次の瞬間、天上人の腕がレーザーで射抜かれ、剣を落とす。
「ぐあぁ!!」
「どういうことだ! カグラ様はまだ向こうに――」
気付けば、カグラは目の前に迫っていた。
「追いついた♡」
「ひぃ!」
カグラは地上に降り立つや否や、残る天上人をハンマーで叩き飛ばす。
「ぶっ飛べぇえ!!」
敵は空へ弾かれ、ビリヤードのように仲間と衝突していく。
カグラはキミヒコの方を振り向く。
「どうやら間に合ったようだな」
「ありがとう!」
「お前は家の中でじっとしておれ。さっきみたいに狙われるぞ」
「カグラちゃんが守ってくれるから大丈夫だよ」
「ふん……仕事が増やされるこっちの身にもなれ」
「それにしても、さっきのレーザーは――」
「『TAKE-STL-005
キミヒコへ向かってくる敵は、これで迎撃してくれよう。
「リーダー!」
「分かっています。あの衛星を何とか撃ち落とせないのですか?」
「それが、周囲百メートルを探しても見つからないのです!」
「スナイパー型でしょうか……。遠距離からでも狙撃できる優れ物ですが、それゆえ扱いづらい。ましてやこの暗闇の中を。それを、いとも
この暗闇の中、捜索範囲を広げてしまうと、前線が手薄になってしまいます。
たった一基の衛星に惑わされるより、多少の犠牲を払ってでも目の前の敵に集中すべきです。
「こちらにも衛星が残っていたはずです! アレを用意してください!」
「はっ!」
天上人が腕を振ると、小型衛星が十基、夜空に浮かび上がった。
カグラはそれを見逃さなかった。
「ふん。勝てぬからと猿真似か。
「果たしてそうですかな? こちらの衛星が放つ弾は、あなたを追尾します。それも、この暗闇の中を十基。さすがのあなたも、これらを
「――だから貴様は雑魚だというのだ」
カグラはハンマーを鞄へ戻し、代わりに拳銃を取り出す。
銃声と共に衛星が一つ、また一つと火花を散らし、破壊されていく。
全弾命中――十基もの衛星が瞬く間に破壊された。
「『TAKE-GUN-001
「バカなッ! この暗闇で――しかも十基だぞ!」
「バカは貴様だ。この
「そ、そのぐらい常識だ! 宇宙では光が届かないことの方が多い。だから
「そうか。なら――」
カグラは拳銃を左手に持ち替え、右手で鞄の中から別の銃を引き抜く。
「お家に帰ってから考えな」
二丁の拳銃が同時に閃く。
被弾した天上人が、次々と地面へ沈む。
「撃てぇ!」
返しのレーザー弾がカグラに殺到する。
だが、頭上に浮かぶ光の盾が弾を弾き返す。
「『TAKE-STL-003
こちらへ向かってくる弾は自動追尾して守り、こちらが発射する弾だけを相手に通す。
目の前のカグラに集中すれば、視野外からの
やがて、天上人は一人、また一人と倒れ、残りはリーダーのみとなってしまった。
「ありえん……! 我々が、こんな小娘一人にやられるなんて……!」
「あの弾を避けられたのは貴様だけか。ご褒美に熱血指導をしてやろう。後ろを向くがよい」
「そんなことを言って、後ろを向いた瞬間に撃つつもりだろう!」
「貴様じゃあるまいし、そんな野暮ったいことするわけがなかろう。嫌ならサイドミラーで確認すればよい」
リーダーは
「……これはッ!」
ミラーの奥に、カグラの銃口と連動してチカチカと点滅するものが見える。
「そう。貴様の後ろにあるのは『TAKE-STL-015
「……お前は銃が一番のお気に入りと言っていた。だから、すっかり騙されましたよ。あなたは銃使いだってね……。それがまさか、銃と衛星使いだったなんて……!!」
カグラは首を縦に振る。
「ああそうだ。最近、銃だけでは飽きてきてな。そこで、衛星を使い始めたんだが、だんだんクセになってきてなぁ。だから、衛星も一番なのかもしれぬ」
「おかしいではないか! 一番が二つあるというのは! 私と同じだ! 私は常に二番だった! だからお前を引きずり降ろして――」
カグラは首を横に振る。
「私のは
カグラは二丁の引き金を引いた。
リーダーはバランスを崩し、今まで倒された天上人の山の上にポトリと落とされる。
そのままゴロゴロと地面へと転がり落ちた。
「これで全員だな」
カグラは銃を鞄に収めた。
「……どういう……つもりです」
リーダーにはまだ息があった。
「我々を……殺さないつもりか……!」
山のように積まれた天上人たちは全員――生きていた!
「
「言っただろう。再教育してやると。貴様らに死なれてもらっては、次に戦争が起きた時に誰が故郷を
「それだけじゃない……。我々が地上へ向けた銃弾は、全て避けることもできたはず……。なのに、全てシールドで受けていた……。なぜだ! なぜそこまでして地球人を守る! 答えろ!」
カグラはゆっくりと口を開く。
「この人たちは恩人だからだ。命を救ってくれただけじゃない。大切なことに気付かせてくれた」
「大切な……こと……?」
「そうだ。
カグラは続けた。
「彼らは、私たちが持っていない物を持っている。温かい心だ。それは、科学技術の発達した都市で育った私たちが長らく忘れていたものだ。私の祖母――かぐやおばあちゃんも、彼らの愛を十分に受けていたはずだ」
武器を鞄にしまいながら、ふっと息を吐く。
「もう終わりにしよう。戦闘力はクソだったが、貴様の観察眼と指示の的確さには目を見張るものがあった。相手が私だったからうまくいかなかっただけだ。月に帰ったら上に掛け合うことも考えてやらんでもない」
自分たちの心配どころか、敵である天上人たちを気にかけていたことに、リーダーは言葉を失った。
「カグラちゃん!」
「キミヒコ!」
家の中で待機していたキミヒコが勢いよく飛び出してきた。
「すごいよ! あんな軍勢に一人で立ち向かうなんて! しかも無傷だなんて!」
「いや、大したことではない。それより、もうすぐ月から迎えが来る」
「もうすぐって、どのくらい?」
「……一日はかかるな」
「どこがすぐなんだよ!」
その時だった。
真夜中の静寂を、一発の銃声が引き裂いた。
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