6、地獄のはじまり
『馬車馬のように働かせるぞー』
明らかに私を見ながら言った担任を睨み付けると『書け、さっさと』と口パクしてきた。1発殴っていいかな。
光を失った瞳で担任を見ると、キュンですポーズをしながらウインクしてきやがった。それでも教師かおまえ。2発殴っていいかな。
ていうか、絶対面白がってるよね? この状況を。憂鬱な教員生活にちょっとした娯楽見っけ~みたいな感じで楽しもうとしてない? この教師。マジ最低、信じらんない。
「書き終わったらそのまま待ってろ~」
そう言いながら紙切れになにか書いてる様子の担任。で、適当にクラスメイト達へ声がけしながら私のほうに来て、通りすぎ様にバレないようコソッと紙切れを机に置いてった。なに考えんだろ、うちの担任は。
二つ折にされた紙切れを開いて見てみると── 《俺のライクID、連絡してこい。P.S. これ完全にプラベ用のライクだから他に教えんなよ、絶対に》と綺麗な字で書いてあって、ガサツそうな人なのに字はめちゃくちゃ丁寧だなーとか感心して……る場合じゃない。
チラッと担任のほうへ視線を向けると、ふざけた顔してるって思ってたんだけど、おちゃらけるわけでも茶化してるわけでもなく、真顔な担任にどういう反応をすればいいのかわかんなくて目を逸らした。
まあ、あれだよね。あんな人だけど一応生徒を心配してくれてるんだよね? この世に1つしかないSSSなんてもの扱うはめになる生徒のことが、ほんの少し心配になってるんだよね? たぶん。
だったら他選ばせろや、としか思えないけど自分の直感で選んだやつだし、ちゃんと適合してるわけだし? たぶん。『たぶん』なんて不確定要素満載なの嫌すぎるけど、もうなんでもいいや。考えるのもダルいし、今さら選び直すのもめんどい。
ま、大したこと書いてないでしょこんなの。ろくに目を通すこともなく契約書にサインした、もちろんSSSの擬人化文房具を使って“羽柴凛子”って。
((はじめまして))
ん?
((
んん?
((
んー、疲れてんのかな? 幻聴が聞こえる。
((心待にしておりました。あなたに出逢えるのを──))
「先生、
「ククッ、幻聴だなんて酷いですね」
ん? なんだろう、めちゃくちゃリアルに聞こえてきたような?
次の瞬間、女子達の悲鳴に似た叫び声が教室に響き『こんな時に敵襲か?』そう身構える私は相当イカれてる。
「凛子様」
「……」
嘘でしょ、気配がまるで無かった。この私が呆気なく背後をとられるなんて、かなり鈍ってんのかな。いや、相手がかなりの手練れって説が濃厚。
「凛子様」
あれ? 握ってたはずのシャーペンがない。
もしかして、もしかしたりして?
「改めまして、日髙聡と申します」
後ろから私の顔を覗き込むように屈んできた何者かとバッチリ目と目が合った。一瞬、呼吸をするのを忘れてしまうほど綺麗に整ったご尊顔を目の当たりにして、柄にもなく動揺してしまった。この世にこんなイケメンが存在していいの? と思うほどの容貌で、なんか無駄にいい匂いがする。
「あぁ……なんとお美しい」
え、ちょ、なに、どうなってんの? 擬人化文房具ってこんな唐突に擬人化する系のやつ? これ故障してんじゃない?
「僕はあなたに逢うべくして生まれたと言っても過言ではありません」
それは過言すぎるのでは?
「思う存分、僕の太くて固い凛々しい竿を握ってあれこれしてください」
なるほど、やっぱこれ故障してんだわ。
「先生、これ不良品」
「ハハッ、不良品だなんてご冗談を。美しさとユーモアも兼ね揃えてらっしゃるとは」
ご冗談はその整いすぎた容姿だけにしてくんない?
「先生、これ不良品」
「ククッ、可愛らしいお方ですね」
これ、なんのバグですか?
「先生、これ不っ」
「僕達は“運命”という“赤い糸”で結ばれているんです」
「は? なにそれ」
「おや? 運命という赤い糸をご存じではない?」
運命だの赤い糸だの、そんな戯れ言なんて信じてるわけないでしょ。現実は付き合って別れての繰り返し。運命だの赤い糸だのあるんなら、こんなことになってないでしょ?
「ないでしょ、そんなもん」
「ハハッ」
「ちょ、ちょっと……!」
どこからともなく取り出した赤い糸を一瞬で私の左薬指に巻き付け、自身の左薬指にも巻き付けて、満足気にニマァッと満面の笑みを浮かべている変態。
「見えますか? 僕達の赤い糸」
はあ。見えないほうがおかしいのでは? こんな至近距離で。
「こんな露骨にただの赤い糸で結ばれても」
「仮ですよ、仮。まずは物理的に責めようかと思いまして。本来あなたの全身を緊縛して、僕だけを感じて、僕だけしか見えないよう監禁っ」
「先生、今すぐ警察呼んで。で、これ返品」
「……ククッ。いいですねえ、その表情。ゾクゾクしちゃうな」
え、きも、無理。
「先生、これ“欠 陥 品”。ちゃんと修理出したほうがいいんじゃないですかー」
「酷いなぁ、凛子様は。そうやって僕を悦ばせておいて放置プレイするおつもりですか? まぁ、それはそれで愉しそうですが」
ニコニコしながら大きな手で私の頬に触れようとした日髙聡。
ガシッ!
私の頬に触れる直前、その大きな手を握って止めたのは──。
「こらこらぁ、担任の前で濃厚接触はやめよーなー」
「凛子様に触れるのは僕だけの特権、至極当然のことです」
真顔でなに言ってんの? こいつ。
それから担任と日髙聡の謎な睨み合いが続いて、クラスメイト達はこれまた謎に盛り上がっていた。あの、とりあえず一言言っていい? 私はただ“ごくごく普通な学園生活を送りたいの。無駄に目立ちたくないし、無駄ないざこざとかもマジで勘弁してほしい”。
「あのっ」
「羽柴は俺の生徒なんでね、勝手されちゃ困るんだわ。ま、節度ある行動を心がけてくれりゃ文句はねぇよ」
「貴方に言われたくはありませんね」
「あ? 問題事が嫌いなんだよ、俺は~」
「それは僕も同じですが?」
「奇遇だな」
「ええ、そのようで」
あぁもう、ほんっといいかげんにしてくんないかな。
このクソ変態野郎(擬人化文房具)との出会いが地獄のはじまりで、私の心を揺さぶって乱してくるとは──。
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