第23話 夢の実現

2027年4月15日。


信じられないことが起こった。


俺たちの『不完全な英雄譚』に、書籍化の話が来たのだ。


「黒瀬さん、青木さん、佐藤さん」


編集者の七瀬葵さん(32歳)が、渋谷のカフェで俺たちに向かって言う。


「あなた方の作品を、書籍化したいと思っています」


「本当ですか?」


青木が興奮している。


「はい」


七瀬さんが微笑む。


「転生文学という新しいジャンルに、出版社も注目しています」


七瀬さんは、大手出版社「星雲社」の編集者だった。


転生ブームを受けて、新設された「転生文学レーベル」の編集長を務めている。


「炎上騒動もありましたが」


俺が心配して言う。


「それでも大丈夫なんですか?」


「むしろ、それも含めて注目されています」


七瀬さんが答える。


「炎上を乗り越えて創作を続けるその姿勢が、読者に共感を呼んでいる」


実際、炎上から10ヶ月が経った今、俺たちの作品は安定した人気を保っていた。


『最終話まで読んでしまった』:累計120万PV 『不完全な英雄譚』:累計200万PV


両方合わせて、月間40万人の読者がいる。


「書籍化にあたって」


七瀬さんが契約書を取り出す。


「いくつか条件があります」


「はい」


俺たちが身を乗り出す。


「まず、書籍版はWeb版より詳細に」


「追加エピソードや設定資料を含めた、完全版にしたい」


「それは問題ありません」


優奈が答える。


「むしろ、Web版では表現しきれなかった部分も書けます」


「次に、宣伝活動」


「サイン会やトークイベントに参加していただきます」


「え...」


青木が緊張する。


「人前で話すの、苦手なんですが」


「大丈夫です」


七瀬さんが励ます。


「最初はみんな緊張します」


俺は不安と期待が入り混じった気持ちだった。


36歳になったばかりの派遣社員が、まさか作家デビューするとは。


「印税は3人で等分ということで」


「ありがとうございます」


俺が代表して答える。


「よろしくお願いします」


契約が成立した。


書籍化決定から3ヶ月後。


2027年7月20日、『不完全な英雄譚』の書籍版が発売された。


初版:10,000部 価格:1,400円(税込)


大型書店の転生文学コーナーに平積みされた、俺たちの本。


実際に手に取った時の感動は、言葉では表現できなかった。


「本当に...本になった」


青木が震える声で言う。


「僕たちの作品が」


「奇跡みたいです」


優奈も涙ぐんでいる。


「1年前は、誰も知らない素人だったのに」


発売日当日、俺たちは新宿の大型書店に向かった。


自分たちの本が売られているのを、この目で確認したかった。


6階の小説売り場。


転生文学コーナーの一角に、確かにあった。


『不完全な英雄譚 ~転生作家たちの冒険~』


表紙には、俺たちが描いた主人公の勇者が剣を構えている絵。


下に小さく「黒瀬透・青木健太・佐藤優奈 共著」とある。


「あの...」


一人の女性客が、本を手に取った。


大学生くらいの年齢。


パラパラとページをめくって、レジに向かう。


「売れた...」


俺たちが見ている前で、最初の一冊が売れた瞬間だった。


その後も、何人かの客が本を手に取り、購入していく。


中には、Web版を読んでいると思われる客もいた。


「あ、これ読んでた!書籍化されたんだ」


嬉しそうに本を手に取る高校生。


「実際の書籍で読みたかったんだよね」


こんな声を聞けるとは思っていなかった。


翌日、初日の売上が発表された。


全国での売上:1,200部


「初日で1,200部!」


七瀬さんが興奮して電話をくれた。


「新人作家としては、非常に好調なスタートです」


その後の売上推移も順調だった。


1週間後:3,500部 1ヶ月後:7,800部 3ヶ月後:12,000部


初版10,000部は完売し、重版が決定した。


「重版出来です!」


七瀬さんから連絡が来た時、俺は派遣先の事務所にいた。


思わず「やった!」と声を上げてしまい、同僚に注目された。


「黒瀬さん、何かいいことあったんですか?」


「あ、えーと...」


まだ職場には作家活動のことを詳しく話していなかった。


「ちょっと、副業が上手くいきまして」


「副業?何やってるんですか?」


「小説を...書いてます」


「小説?すごいじゃないですか!」


同僚の反応は予想以上に好意的だった。


「今度読ませてください」


「ありがとうございます」


2027年10月、俺たちは初のサイン会を開催した。


場所は新宿の大型書店。


参加者:50名


緊張で手が震えた。


「サインお願いします」


最初の読者が、本を差し出す。


大学生の男性だった。


「Web版から読ませていただいてます」


「ありがとうございます」


俺が震える手でサインを書く。


「どのキャラクターが一番好きですか?」


「主人公の勇です」


彼が答える。


「転生者の心情描写がリアルで、感情移入できました」


「嬉しいです」


一人ひとりとの交流は、想像以上に感動的だった。


「この作品で転生に興味を持ちました」


「続編はありますか?」


「共同執筆って、どうやってるんですか?」


読者の生の声を聞くことで、俺たちは創作の意味を改めて実感した。


物語は、読者がいて初めて完成する。


俺たちが書いた文字は、読者の心の中で物語となって生きている。


サイン会の最後に、印象的な出会いがあった。


高校生の女の子が、泣きながら俺たちに言った。


「この本で、生きる希望を得ました」


「え?」


俺が驚く。


「私、学校でいじめられてて...死にたいって思ってました」


「でも、この本を読んで思ったんです」


「現実がつらくても、別の世界で頑張れる可能性があるって」


「転生できなくても、物語を読むことで別の人生を体験できるって」


彼女の言葉に、俺たちは言葉を失った。


俺たちの作品が、誰かの命を救ったかもしれない。


これ以上の喜びがあるだろうか。


「ありがとう」


俺が彼女に言う。


「君のような読者がいてくれて、俺たちは幸せです」


帰り道、3人で歩きながら振り返った。


「やりましたね」


優奈が言う。


「夢が叶いました」


「本当の作家になれた」


青木も感慨深そうだ。


「でも、これはまだ始まりですよね」


俺が言う。


「もっと多くの人に、物語の力を届けたい」


「転生文学を、一つのジャンルとして確立させたい」


「そして、物語を愛するすべての人に希望を与えたい」


夜空を見上げながら、俺たちは新たな決意を固めた。


書籍化は通過点でしかない。


本当の目標は、もっと大きなところにある。


物語の力で世界を変える。


それが、俺たち転生作家の使命だ。


スマホに、アレクからのメッセージが届いた。


『透さん、書籍化おめでとうございます!僕も負けずに頑張ります』


転生体験者のネットワークは、確実に広がっている。


俺たちの成功が、他の転生者たちの希望となっている。


「物語は続く」


俺は呟く。


「俺たちの新しい冒険が、今始まったばかりだ」

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