第19話 現実という戦場
2025年11月15日。
俺が『最終話まで読んでしまった』を投稿してから、ちょうど3ヶ月が経った。
Web小説サイト「小説家になろう」での反応は、予想を上回るものだった。
アクセス数:12万PV お気に入り登録:3,500件 レビュー数:480件 平均評価:3.8/5.0
数字だけ見れば成功作品だ。
しかし、現実はそう甘くない。
「また転生もので稼ごうとするクソ作者が現れた」
「設定が都合よすぎる。現実逃避の極致」
「メタフィクションと言えば何でも許されると思うな」
「作者の自己満足小説」
レビューの半数は、辛辣な批判だった。
俺は35歳になったばかりの自分の顔を鏡で見つめる。
転生体験から3ヶ月。現実世界での創作活動から3ヶ月。
初めて「批判される側」の痛みを、肌で感じている。
「これが...神代の気持ちだったのか」
派遣先の事務所で、昼休み中にスマホでコメントを確認する。
今日も新しい批判コメントが10件ほど投稿されている。
『読者が作者になったところで、所詮この程度。やっぱり素人は素人』
『転生体験を書いたと言うが、結局はただの妄想小説』
『文章力もない、構成力もない。どうしてこんなものが人気なんだ』
一つ一つが、胸に刺さる。
3年間、俺自身が神代創の作品に投げ続けてきた言葉たちだった。
「あの時の神代も、こんな気持ちだったのか...」
午後の作業中、集中できない。
派遣先の上司から注意を受ける。
「黒瀬さん、最近ミスが多いですよ。何か問題でも?」
「すみません、気をつけます」
頭を下げながら、俺は自分の変化を実感していた。
転生前の俺なら、仕事のミスなど気にせず、Web小説の続きばかり読んでいた。
だが今の俺には、もっと大切なものがある。
自分の作品。読者からの反応。そして、創作することの責任。
夜、アパートに帰ると、パソコンの前に座る。
第2話の執筆を続けようとするが、キーボードに手が向かない。
批判コメントが頭に浮かんで、文字が書けない。
「これでいいのか?」
「本当に俺の体験を書く意味があるのか?」
「ただの妄想だと言われて、終わりなんじゃないか?」
スマホが鳴る。
アレクからの着信だった。
「もしもし」
「透さん、お疲れ様です。調子はどうですか?」
雄也の明るい声が、少し救いになる。
「正直、しんどいよ」
素直に答える。
「批判コメントが辛くて、続きが書けない」
「あー、わかります」
雄也が共感してくれる。
「僕の『勇者が語る本当の冒険』も、似たような批判が多くて」
「君もか」
「でも、透さん」
雄也の声が真剣になる。
「僕たちが書いているのは、批判されるためじゃない」
「そうだけど...」
「もう一度、転生世界での気持ちを思い出してください」
雄也が続ける。
「俺たちが最終話を批判したとき、神代さんはどんな顔をしていましたか?」
あの時の神代創の表情が蘇る。
疲れ切った顔。絶望した表情。でも、最後に見せた小さな希望の光。
「神代さんは、批判されても諦めなかった」
俺が呟く。
「そして、俺たちと一緒に真の最終話を書いた」
「そうです」
雄也が頷く気配が電話越しに伝わる。
「批判されることと、愛されることは矛盾しない」
「俺たちが神代さんを批判したのも、愛があったから」
「今、俺たちを批判している人たちにも、きっと愛がある」
電話を切った後、俺は改めてコメント欄を見た。
批判的なコメントの中にも、時々こんなものがある。
『設定は都合がよすぎるが、主人公の心情描写は丁寧』
『転生もの飽和の中で、メタフィクション的アプローチは面白い』
『作者の体験が本物かは別として、物語としては読める』
批判の中にも、愛がある。
期待があるから、厳しい言葉になる。
俺が神代創に「3年返せ」と言ったのも、結局は愛だった。
3年間毎日読み続けるほど、愛していたから。
「よし」
俺はキーボードに手を置く。
「批判されても、書き続けよう」
「俺たちの体験を、真実として伝えよう」
第2話のタイトルを入力する。
『第2話 転生前夜』
執筆開始。
『俺が転生する前夜、恋人の結衣に別れを告げられた。
「透、もうやめない?その小説」
結衣は疲れ切った顔で言った。
「3年も読み続けて、何になるの?」』
今度は、転生前の俺の孤独を描こう。
結衣との別れ。友人の健太との疎遠。家族との断絶。
全てを失ってまで、俺が『終焉の魔王と最後の勇者』に執着した理由。
それは愛だった。
物語への純粋な愛。
批判も愛の一つ。創作も愛の一つ。
そして、読み続けることも愛の一つ。
キーボードを叩く音が、部屋に響く。
今度は迷いがない。
批判されても構わない。
俺には書く理由がある。
同じ体験をしたい人に、道を示すため。
同じ痛みを感じている人に、希望を伝えるため。
そして、物語を愛するすべての人に、愛の形は一つではないことを伝えるため。
画面に文字が並んでいく。
俺の真実が、物語となって形になっていく。
これが俺の戦場だ。
転生世界で魔王として戦った俺が、今度は現実世界で作家として戦う。
武器は剣ではなく、言葉。
敵は魔物ではなく、批判と孤独と諦め。
でも、俺には仲間がいる。
アレク、優奈、花音、神代創。
同じ戦場で戦う仲間たちが。
「負けるわけにはいかない」
俺は呟く。
「物語を愛するすべての人のために」
夜が更けても、俺は書き続けた。
批判を恐れず、愛を込めて。
これが、俺の新しい冒険の始まりだった。
現実という名の、最も過酷な戦場での。
翌日、第2話を投稿する。
またすぐに、批判コメントが付く。
だが今度は、違った。
俺は一つ一つのコメントを、愛として受け取った。
批判されることも、作家としての成長の一部。
読者に愛されることも、批判されることも、どちらも創作の喜び。
「ありがとう」
俺は画面に向かって呟く。
「俺の作品を読んでくれて」
これが、俺の現実世界での第一歩だった。
批判と愛を両手に抱いて、歩み続ける第一歩。
物語はまだ始まったばかりだ。
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