第13話 作者との遭遇
旅を始めて3日目。
俺たちは大きな街、キングストンに到着していた。
人間界の中心的な都市で、王宮もある政治の中心地だ。
「大きな街だな」
ガルーダが感心する。
「魔界にはこんな街はない」
「人がたくさんいる」
ベヒーモスが少し圧倒されている。
「大丈夫か?」
俺が心配して聞く。
「はい...慣れます」
キングストンの街は活気に満ちていた。
まず目を引くのは、中央広場にそびえ立つ王宮だ。白い大理石で造られた威厳のある建物で、尖塔には青い旗がはためいている。人間界の象徴的な建造物だった。
街の通りは石畳で舗装され、両側には様々な店が軒を連ねている。武器屋、魔法道具店、薬屋、宿屋、レストラン。魔界にはないような多様性と文化の豊かさを感じる。
商人、職人、冒険者、学者、様々な人々が行き交っている。
俺たちは魔族の姿を隠すため、変装魔法をかけていた。俺は普通の冒険者風に、四天王たちは人間の戦士のように見える。だが、周りの人々を見ていると、この街にはかなり多様な種族が住んでいることが分かる。エルフやドワーフの姿も見えるし、魔族系の特徴を持つ人もいる。
「国際的な街だな」
俺が呟く。
「魔界より進んでいる感じがする」
イフリートが感心する。
「炎の加工技術が高度だ。あの鍛冶屋の火力は見事だな」
確かに、人間界の技術レベルは魔界を上回っている部分がある。特に工芸品や学術研究の分野で。
「図書館があるな」
レナが建物を指差す。
巨大な図書館だった。「王立アカデミー図書館」という看板が見える。
「魔法の研究がしたい」
「俺たちは宿を探そう」
アレクが提案する。
「ここは大きな街だから、いい宿がありそうだ」
「それに」
俺が付け加える。
「この街なら、魔族がいても目立たないかもしれない」
実際、街を歩いていても、誰も俺たちを特別視していない。多様性に慣れた街の住民たちは、旅行者に対して寛容なようだ。
一行は街を歩き回り、適当な宿を見つける。
『賢者の宿』という名前の、学者や冒険者向けの宿だった。
「ここにしよう」
宿に入ると、フロントに若い男性がいた。
だが、その顔を見た瞬間、俺は凍りついた。
「いらっしゃいませ」
男性が笑顔で迎える。
「お部屋をお探しですか?」
その顔を、俺は知っている。
SNSで何度も見た顔。
作者の顔。
神代創だった。
「あ...あの...」
俺が動揺する。
なぜ神代創がここに?
まさか、彼も転生者なのか?
「どうされました?」
神代創が心配そうに聞く。
「お加減でも悪いのですか?」
「い、いえ...」
俺は冷静になろうと努める。
「大丈夫です。部屋を、お願いします」
「ありがとうございます」
神代創が宿帳を差し出す。
「こちらにお名前を」
俺は偽名を書く。
他のメンバーも、順番に名前を書いていく。
神代創は特に疑う様子もなく、普通に応対している。
俺が魔王だと気づいていないのか?
「こちらが鍵です」
神代創が部屋の鍵を渡す。
「何かご不明な点がありましたら、いつでもお声がけください」
「ありがとうございます」
俺は鍵を受け取る。
その時、神代創の手が俺の手に触れる。
瞬間、神代創の目が見開かれた。
「あなたは...」
神代創が俺を見つめる。
「まさか...魔王ヴェルド?」
ばれた。
「どうして分かったんです?」
俺が聞く。
「変装魔法をかけてるはずなのに」
神代創は少し困ったような笑みを浮かべる。
「作者だからです」
神代創が答える。
「自分が作ったキャラクターは、どんな姿でも分かります」
「それは...」
俺は驚いた。変装魔法は完璧のはずなのに。
「魂の波動と言いますか、本質的な部分は変えられないんです」
神代創が説明する。
「私にはヴェルド様の本質が見えます。そして他の四天王の方々も」
俺は四天王たちを振り返る。みんな、驚いた表情をしている。
「特に、ヴェルド様のカリスマ性は隠しきれません。どんな姿でも、自然と人を引きつける雰囲気がある」
「そんなものですか」
「はい。これは創造主としての特権でもあります」
そうか。
「あなたも転生者なんですか?」
「はい」
神代創が頷く。
「3年前に転生しました」
3年前?
「3年前って...」
俺が計算する。
「俺たちが死ぬ前?」
「そうです」
神代創が苦笑する。
「私が先に転生していたんです」
「なぜ?」
「自分の作品の結末に、絶望したからです」
神代創が説明を始める。
「私は『終焉の魔王と最後の勇者』を書いていましたが、999話まで書いたところで、どう終わらせればいいか分からなくなった」
「それで?」
「編集者からは『愛の力で解決』を提案され、読者からは『魔王が勝つ結末』を求められ...」
神代創が頭を抱える。
「どちらも納得できなくて、悩みに悩んで、ついにノイローゼになった」
「それで転生を?」
「はい。自分の作品世界に入って、本当の結末を見つけたいと思った」
神代創の目に涙が浮かぶ。
「でも、転生した後も答えは見つからなくて...」
「答えが見つからない?」
「どう終わらせても、誰かが不満を持つ。魔王が勝てば勇者ファンが怒り、勇者が勝てば魔王ファンが怒る」
神代創が嘆く。
「『愛の力』で解決すれば安っぽいし、悲劇で終わらせれば後味が悪い」
なるほど。
作者としての苦悩があったのか。
「それで、どうしたんです?」
「AIに最終話を書かせました」
神代創が恥ずかしそうに言う。
「『愛の力で魔王を倒し、勇者と聖女が結ばれる』という、典型的な結末を」
「あの最終話は、AIが書いたのか?」
「はい。私は逃げました」
神代創が深く頭を下げる。
「読者の皆さんに、申し訳ないことをしました」
俺は複雑な気持ちになった。
神代創を責めることはできない。
彼も苦悩していたのだ。
「でも」
俺が言う。
「あの結末のせいで、俺たちは死んだんです」
「申し訳ありません」
神代創が謝罪する。
「でも、結果的に、あなたたちに本当の結末を作ってもらえました」
「本当の結末?」
「はい。第1000話での戦いを、私も見ていました」
神代創の目が輝く。
「あれこそが、私が求めていた本当の結末です」
「見ていた?」
「転生者には、物語の進行を観察する能力があります。あなたたちの戦いは、素晴らしかった」
神代創が感動を込めて言う。
「誰も死なず、みんなが理解し合い、新しい可能性が生まれる。完璧な結末でした」
「そう言ってもらえると」
俺も少し嬉しくなる。
「やった甲斐があります」
「ところで」
アレクが口を開く。
「他の客は?」
確かに、フロントには神代創しかいない。
「実は」
神代創が説明する。
「この宿は私が経営しているんです。一人で」
「一人で宿を?」
「はい。転生してから、何をすればいいか分からなくて...とりあえず宿屋を始めました」
「大変でしょう?」
花音が心配する。
「慣れました」
神代創が苦笑する。
「でも、正直、寂しかったんです」
「寂しかった?」
「同じ境遇の人と話したくて。転生者の方々と」
神代創が俺たちを見る。
「お願いがあるんです」
「何ですか?」
「少し、お話しませんか?作品について。転生について」
俺は仲間たちを見る。
みんな、頷いている。
「いいでしょう」
俺が答える。
「今夜、時間を作ります」
「ありがとうございます」
神代創が深く頭を下げる。
「それで」
俺が神代創に向き直る。
「今夜の話し合いでは、何を話したいんですか?」
「まず、お詫びをさせてください」
神代創が真剣な表情になる。
「私の創作における責任放棄によって、あなたたちに迷惑をかけました」
「いえ」
俺は首を振る。
「結果的に、俺たちは素晴らしい体験をしました」
「そうですか?」
「はい。転生前の俺たちは、皆それぞれ悩みを抱えていた。でもこの世界で、本当の自分を見つけることができました」
アレクも頷く。
「僕も同感です。この体験は、人生を変えてくれました」
花音も微笑む。
「魔法少女になれて、本当に幸せでした」
神代創は涙ぐんでいる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、救われます」
「でも」
俺が続ける。
「今後のことを相談したいんです」
「今後のこと?」
「俺たちは現実世界に戻る予定です。そして、この体験を物語として発表したい」
神代創の目が輝いた。
「それは素晴らしいアイデアです」
「でも、著作権の問題があります」
俺が心配する。
「あなたの作品世界を使わせてもらうことになる」
「構いません」
神代創が即答する。
「むしろ、お願いしたいくらいです」
「お願い?」
「私一人では、この世界を完璧に描ききれませんでした。でも、あなたたちなら本当の『終焉の魔王と最後の勇者』を作ってくれる」
神代創が興奮して語る。
「私の作品を、真の意味で完成させてください」
「分かりました」
俺が承諾する。
「みんなで協力して、最高の作品を作りましょう」
こうして、俺たちは作者との再会を果たした。
敵対するのではなく、同じ苦悩を抱えた仲間として。
そして、新たな創作パートナーとして。
今夜、長い話し合いになりそうだ。
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