第21話 アジトヘ

 エレナの言葉を黙って聞いていた一同。すると、八百屋の亭主が呟く。

「ドレスを脱がせてくれ」


 八百屋の亭主のかけ声で数人が動き出し、エレナのドレスを脱がせようと手をかけたその時。


 再び、青色の魔方陣がまばゆい光と共に地面に浮かび上がった。


 歪む空間から現れたのは、マークとミルヴァだった。


「何!」


「もう来たのか!」


「何で?情報ではあと2時間はかかるって聞いてたのに!」


「くそ、罠の設置もまだ途中だってのに!」


「……こんな、はずじゃ」


 八百屋の亭主もうろたえている様子で、目を見開きながらマーク達を見つめていると。


「うろたえるんじゃないよ!準備万端じゃないとはいえ、罠は張ってあるし、身を守るための魔道具も私達は持ってる!後はやることやるだけだよ!」


 商店街の人々の声を聞きながら、二人は彼らを睨み付ける。


「まさか、帝国時代から国に散々助けられてきたお前達が、女王様にあだなすテロリストだったとはな」


 この事実には、マークも少なからずショックを受けていた。

 だからこそ、マークはより一層彼らを睨み付けた。


 決して許さない……と。


「俺がエレナ様を助けに行きます。ミルヴァ様は奴らの相手をお願いします」


「ああ、言われずとも」


 マークは右手に、赤色の魔方陣を作り出と、それをミルヴァのへと向ける。


 ミルヴァはゆっくりと目を閉じ、腰についた鞘からゆっくりと剣を引き抜くと言った。


「女王を誘拐した罪、万死に値する。死にたくない者は速やかに降伏せよ」


 ミルヴァの言葉を聞き、戦闘態勢に入る商店街の人々。

 各々がポケットから小瓶を取り出し、自らに振りかける。


「知っているぞ、そのポーション。赤の魔方陣から抽出した魔力を皮膚に振りかけ、一時的に全身の表面が、強化された鎧並みに硬くなる」


 商店街の人々は、各々様々な武器を手に取る。剣、弓、槍。この大部屋の広さも曖昧だが、少なくとも数百人はこの部屋にいるであろうことは、既にミルヴァも察知している。


「だが、もって一度。二度目はない。私は一度斬った場所を、必ずもう一度斬る」

 

 次の瞬間、天井から巨大なシャンデリアがミルヴァの頭に降り注ぐ……が、マークはそれを見向きもせず、エレナの方へと走り出す。


「はっ!」


 ミルヴァはシャンデリアを一太刀で一刀両断して見せると、凜々しく言い放つ。


「どんな小細工をしようと意味はない。何せここは、魔王との戦場と比べたらよっぽど安全だからな」


 次の瞬間、ミルヴァは目にも止らぬ早さで商店街の人々の方へ突進した。

 彼女が踏み越えた地面からは、彼女が恐ろしい程のスピードで通り過ぎた後にその罠を表し、爆音と鉄の当たる音をいくつも鳴らした。


「ひっ」


 商店街の人々が仕掛けていた罠を全て早さで突破し、ミルヴァは一番近くにいる小柄な男に斬りかかる。


「うおらああ!」


 ミルヴァに間合いに入られ、応戦するも、簡単に首元を斬られ、その衝撃で男は吹っ飛ばされた。

 それと同時に、マークは椅子に縛られているエレナの元へたどり着く。


「エレナ様!」


 マークは直ぐさまエレナがくくりつけられているロープを剣で斬ろうとするも、そのロープにも同じように、表面を堅くするポーションが振りかけられている事に気づく。


「ち、めんどくさい」


 マークは再び右手に赤の魔方陣を出すと、その魔方陣に剣を強引に突っ込む。


「……マーク?ねぇ、今何が起ってるの!」


「ミルヴァさんが奴ら、金の亡者の討伐を行っています。今すぐ私が青の魔方陣にお連れしますので、エレナ様は先に青の魔方陣で城へお戻りください」


「金の亡者……って、商店街の皆が?」


「ええ、そのようです。彼らはずっと、エレナ様のドレスを狙っていたんです」


「そ、そっか……そう……なんだ」


 エレナが俯き、何も言わなくなると、マークはエレナのロープを、強化された剣で簡単に切りほどいた。

 目隠しが取れたエレナの目に、商店街の人々と、ミルヴァの戦いが写る。


「そんな、駄目だよ……」 

 

 商店街の人々は、もう一つ隠し持っていたポーションを自らの武器にふりかける。


 すると、武器は様々な色の魔方陣をまとい始めた。

 剣はかまいたちを起こせるようになり、弓は矢に火をまとい、槍は周りに氷の槍をいくつも作り出す。


「そんなことをしても、さして変わらん!」


 火、風、氷、様々な攻撃がミルヴァに襲いかかるが、ミルヴァはそれを全て躱し、一人ずつ着実に、商店街の人々を斬り飛ばしていた。


 降り注ぐ風や火、氷の雨はが、天井に穴を開け、壁を破壊していく。

 夕暮れの光がほのかに建物内へと入り込み、薄暗かった建物の全体像が皆の目に映った。


 ドーム型の巨大な建物で、直径は150m程はあるだろう。

 建物の隅には、彼らがこれまで奪ったものが無造作に置かれていた。

  マークはとっさに辺りを見回したが、その中にエレナのドレスはなかった。


「ちっなぜだ」


 すると次の瞬間、ミルヴァへ放たれた攻撃が躱され、その奥にいたエレナとマークの方へと向かう。


「エレナ様!」


「あっ……」


 攻撃を放った本人達も、大きく表情を歪める。


 流れ弾がエレナの方へ飛んでくるのを察知したマークは、すかさず黄色(拡大、縮小)の魔方陣を展開。

 剣を巨大化させる。


「わっ!」


 とっさにエレナが頭を抱えて蹲る。だが、エレナには傷一つついておらず、エレナの眼前には巨大な剣が立ちはだかっていた。

「お怪我はありませんか?エレナ様」


「ぅ……うん、ありがとうマーク」


「さあ、早く青の魔方陣の方へ行きましょう」


 マークは強引にエレナの手を掴むと、「失礼いたします」と言い強引に引っ張った。


「ま……待って!マーク!」


 エレナはもう片方の腕でマークの腕を引っ張る。


「何ですかエレナ様!こんな時に!」


 焦りの表情を見せながら言うマークに、エレナは言った。


「私が帰ったら、商店街の皆が死んじゃう!」


 エレナがそう言うと、マークは再び無理矢理エレナの手を引っ張って走り出した。


「ちょ、ちょっとマーク!」


 必死に止めようとするエレナをなだめるように、マークは言った。


「安心してくださいエレナ様が層お望みになられると判断し、私もミルヴァ団長も、初めから彼らを殺すつもりはありません」


 マークはエレナの方を振り向いて言った。


「彼らはエレナ様の周りに、何も罠を仕掛けていなかった。つまり、彼らはどこかで、貴方が助け出されることを望んでいるのです。俺とミルヴァ団長のすべき事は彼らの戦意を喪失させ、王宮にいる女王の元に連れ帰ることです。その後の事は、エレナ様……貴方が好きにお決めください」


 マークの真剣な眼差しを見て、エレナは不安そうにミルヴァや商店街の方を見る。

 そして、エレナは気づく。血が、一滴も垂れていないことに。


「分かった……」


 エレナは自ら青の魔方陣の方へと走る。


「エレナ様……」


 初めてエレナが素直に言うことを聞いた事に、一瞬驚くマーク。

 エレナが青の魔方陣の上に立つと、徐々に彼女の体が歪み始めた。


「マークは、来ないの?」


 エレナの問いかけに、マークは不器用な笑みを浮かべながら言う。


「私は、団長に加勢して参ります」


「そっか……分かった。お願いね、マーク」


 マークの事を信じ切ったように後を託したエレナに向け、マークは剣を鞘に収めて跪いて一言。


「仰せのままに」


 マークは、エレナが転送されるのを見届けた後、赤の魔方陣に黄色の魔方陣を重ねて足下に展開。


 マークは超人的な跳躍力でジャンプすると、商店街の人々の群れの中心へ降り立つ。


「エレナ様はこちらで確保した。打てば仲間に当たるぞ!」


 そう叫ぶと、商店街の人々の攻撃が一瞬で止る。

 次の瞬間。マークも商店街の人々の群れへと切り込んでいく。

 2対数百。多勢に無勢。敵は一般人とはいえど、一級品の魔道具を無尽蔵に使って攻撃してくる。

 だが、マークとミルヴァは臆すことなく彼らに立ち向かった。

 その戦いぶりは、まさに芸術と言っても良い程だった。

 ミルヴァは戦いの中で、一切魔法を使わなかった。その剣技と研ぎ澄まされた勘、戦いの中での発想力。それについてくる事ができる肉体。

 魔王との戦争を生き抜いてきた彼女にとっては、有象無象の集団の魔法攻撃は全て単純に見え、緊張感もさほどない。

 只淡々と一人ずつ、攻撃を全て躱しながら、一体を確実に急所に浴びせていく。


 反してマークの戦い方は、ミルヴァとは違って非常に華やかだった。

 決して強い威力の魔法が放てるわけではない。だが、彼は多彩だった。

 自然を操る緑の魔方陣で炎を生み出し、それを黄色の魔方陣(拡大 縮小)で巨大化。

 更にそこに水色の魔方陣(無形の物を操る)を展開することで、炎の温度を縮小する。

 そして、殺さないように、熱すぎない巨大な炎の玉を作り上げ、ミルヴァの以内反対側の陣営に、その炎を放つ。

 早すぎず、遅すぎない。絶妙な速度の炎の玉が、彼らに逃げる余裕を与え、同時に注意を引く。

 そして懐に忍ばせていた短剣に小さな緑の魔方陣を展開させ、巨大な炎に向けて投げる。

 自然の物を操る緑の魔方陣が、炎を破裂させる。

 ドカン!

 けたたましい轟音と共に、炎は花火のように爆ぜ、いくつもの小さな火の玉となって敵に襲いかかった。

「きゃあー!!」

「ぐあああ!!」

 敵の悲鳴が、金の亡者達の悲鳴が、響き渡る。

「剣と違い、炎は例え皮膚が硬くても、お前達に痛みを与える。抵抗を続けるのなら、炎は更に熱くなるぞ」

 

 たった一発の炎で、敵は半壊。

 ミルヴァはもう半分を目にも止らぬ早さで次々と斬っていく。


「くそ……どうしてこんな!こんなはずじゃ!」


 八百屋の亭主がうろたえ、一歩後ずさったその時。


「お前が、最後の一人だ」


 ミルヴァの刃が、八百屋の亭主の首筋を捉える。


「な……ぁ」


 驚き、戸惑いを隠しきれない八百屋の亭主。

 だが、彼は自らを奮い立たせる。


「うおおおおおおお!」

 右手に持っていた剣をミルヴァめがけて振り上げた瞬間。


「遅い、素人め」


 ミルヴァが八百屋の亭主の首を斬ると、その衝撃で八百屋の亭主は3m程ふっとばされた。


「ぐおっ!」


 吹き飛ばされた場所で、八百屋の亭主は意識を失う。


「後は子供と老人を除き、動ける物の急所は全て、一度斬った。次の私の斬撃は、確実にお前達の命を奪う」


 気づけば、敵のほとんどがマークの炎によって倒れているか、ミルヴァの剣撃によって吹っ飛ばされていた。

 ミルヴァの脅しによって彼らが攻撃に一瞬の躊躇を覚え、静寂が続いたその時、マークが口を開く。


「お前達、命が惜しければ武器を捨て、降参しろ」


 確実に、その場にいる全ての人間が、マークの言葉を聞いた。

 だが、誰一人として武器を捨てる物はいなかった。

 理由は一つしかない。


「降参なんてしたら、俺達殺されちまう」

「どれだけ盗んだと思ってる。どれだけ傷つけたと思ってる」


「国中でテロを行い、壊し、盗み、果てには女王を誘拐してるんだ。殺されるに決まってる」


 次の一撃を加えれば、もう彼らに命はない。だがなおも、彼らは立ち上がる。


「この子一人じゃ、こんな世界を生きてけない……」


 アイラの両親も、再び武器を握って立ち上がる。背後で震えている、アイラをかばうように。


「俺達は、この子の為にも死ねない」


 そしてまた、彼らは口々に言う。


「死にたくない」……と。


「俺の言葉が聞こえなかったのか、降参しろと言ってるんだ」


 同じ言葉を、マークは彼らに言い放つ。


「こいつらを降参させるのは無理だな」


 だが、八百屋の亭主がゆっくりと体を起こし、マークに向けて言った。


「ここにいるのは、あの商店街で生きるために、泥臭く店を続けてきた諦めの悪い連中だ。俺達はあんたらみたいな戦争好きの兵隊さんと違って、死ぬのは嫌なんだよ。死んだら人生、大損だ」


 八百屋の亭主と相対するマークは、再び言う。


「もう一度言う、死にたくなければ武器を捨て降参しろ。これは王宮からの命令だ」


「へ、王宮は嘘が下手だな……降参しても、処刑されて死ぬに決まってんじゃねぇか」


 人生の崖っぷち、乾いたような笑みを浮かべ、八百屋の亭主は剣に風を発生させ、構える。


「良いだろう、ならば望み通り」


 ミルヴァが剣を、八百屋の亭主の胸元めがけ構える。


「待ってください団長」


「何だ」


「まだ、対話は終わっていません」


「向こうにその意思はないようだが?」


 見回せば、ミルヴァとマーク以外の者全員が、武器をこちらに向けて構えている。


「我々は、女王の意思に従わねば」


 そういうとマークは一歩踏み出し、黄色の魔方陣を口元に展開させて言った。


「エレナ様が本当に、お前達を殺すと思っているのか?」


 商店街の人々の挙動に、確かな動揺が見られた。マークは続ける。


「お前達は確かに、先代の勇者が納めていたこの国でさえ、処刑される大罪者だ。だが同時に、お前達の悪逆非道な行為の恩恵を受けてきたのも、我々だ。お前達は、ほぼ停止ししかけた国の経済をすんでの所で回し続け、税金を王宮に献上し、人々に物を与え続けた。お前達が、この国を救っていたんだ。その恩を、仇で返すエレナ様ではない!」


 一言も喋らず、彼らはただ黙って聞いていた。その言葉に、説得力があったから。


「エレナ様はどこまでも甘いお方だ。一度は心を通わせたお前達の事を、殺せるような冷酷さなど微塵も持ち合わせていない。以前謀反を起こした兵士でさえ、許してしまわれるお方だ……そうやって、新たな時代を作られる。それが、ユーシア王国の新たな女王、エレナ様なのだ。だから、信じて委ねろ!世の流れを読むのは得意だろ!商人!」


「……本当に、俺達を生かしてくれるのか」


 八百屋の亭主は小さな声で、言った。


「お前達も、よく知ってるはずだ。エレナ様が、どういうお方か」


「……」


 厳しい目で、商店街の人々を見つめて剣を構えていたミルヴァが、鞘に剣を収める。


「降参だ」


 直後、八百屋の亭主は剣を地面に落とした。

 カランカラン


 石と鉄がぶつかる音が響くと、その音は次々と部屋中から起こり始める。



 その様子を、ミルヴァは知っていたかのように見つめて言った。


「やはり、すごいお方だなエレナ様は。剣も言葉も使わず、あっという間に彼らを制圧してしまわれた。やはりあの方は、特別な何かを持っているのかもしれんな」


「エレナ様は、普通のお方ですよ。どこにでもいる優しい、只の村娘です……」


 エレナを信じて、武器を放棄する彼らを見て、マークは言った。


「人同士が信じ合い、許し合う。もしかしたらこれが本来人の、普通の姿であり、戦争を終えた我々が、目指すべき姿なのかもしれない」


「ならば……いややはり、私は……」


 ミルヴァが口ごもり、俯いたその顔が短い髪に隠れたその時。


 パァン!!


 巨大な音だった。何かが破裂したような、とにかく、耳障りが悪い音。

 緑の魔方陣で起こす爆発とも違う。少なくとも、側で爆発を見た物は誰もいない。


 だが、その音が放たれたとほぼ同時に、確かに流れた。真っ赤な鮮血が。

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