村娘、女王になる

三月

プロローグ 永遠の--

「今夜は、月が綺麗だね」


 この言葉を、あの人はどう受け取っていたんだろう。いつものように、少し疲れたような顔で笑っていたけれど、心の奥ではきっと、泣いていたに違いない。


 誰よりも優しいのに、誰よりも戦いに身を投じて、そして誰よりも、必死にこの世界を守ろうとした。


 それは、世界中の人々の誰もが知っていること。


 でも誰も、あの人の心の傷を知っている人はいない。


 私以外……誰も。


「ね?ユート」


 私は、あの人の名前を呼ぶ。いつもと変わらない声色で。せめて、私の側にいるときだけは、心の傷を、忘れて欲しくて。


「そうだね、エレナ……この丘から眺める夜空は……最高だ」


 昔、ユートは私に話してくれた。


 ある日突然、異世界からこの世界に勇者として召喚されたこと。かつてユートがいた、日本という国では、夜でも、空の光が見えないほどに、街が明るく輝いていること。


 他にもユートは、何も知らない只の村娘だった私に、異世界で学んだ知識を沢山教えてくれた。


 あの星が、どうして輝いているのか。真っ暗なあの空の向こうには、どんな世界が広がっているのか。何故、朝になると、世界が光で満たされるのか。


「エレナ……知ってるか?月が何故、輝いているのか」


「えー?そんなこと考えたこともないよ」


 考える必要も無かったし、そもそも月が何故輝くのかなんて疑問を抱いたことも一度も無かった。


 そんな能天気な私の考えを見透かしたかのように、ユートはフッと笑って言った。


「月はね、太陽の光を跳ね返して、光っているんだ」


 得意げに話すユート。そうだったんだ、と言う関心もあったけれど、私はあまり深く理解していない。私は、ユートが教えてくれる知識じゃなく、得意げに私に、異世界での知識を披露しようとする、ユートのことが好きだった。


 その時だけは、勇者ユートじゃなく、異世界で生きていた頃の、槍田勇人として、私に話しかけてくれていた気がしたから。


 でも、槍田勇人が私に話しかけるとき、確実に心の距離は近い感じがするのだけれど、本当の意味で、分かりあえないような気がしてしまう。


 そんなちょっぴり寂しい気持ちを、私はこう言葉に変換した。


「やっぱり、貴方って・・・・・・不思議だね」


 私の寂しさは、ユートに伝わっていただろうか。


 それとも、ユートも同じように、寂しいと思っていたのだろうか。


 結婚して2年、私達は、本当の夫婦として、心が通っていたんだろうか。


「・・・・・・エレナ、頼みがある」


 ユートは、いつもとは少し違う、とても優しい声色で言った。


 ほんの少しだけ、嫌な予感がした。でも、その予感に気づかないふりをして、いつも通りに答えた。


「何でもするよ、言って?」


 ユートは、とても安心したような表情で、私の手をそっと握って言った。


「君のその、誰よりも優しい心で……人を、世界を照らし、救ってあげてくれ」


 遺言のように聞こえた。


 一瞬、動揺しかけた私をなだめるように、ユートは私の頬に手を当てて言った。


「ずっと一人だった僕の心を、温かく……照らしてくれたように」


直感的に、私は悟った。きっとこれが最後の会話なんだと。
















「私のこと、愛してる?」


「愛してる……だって君がいたから僕は……立ち上がることが出来た」


「私も……こんな私が、ユートの側にいれて、支えることができて、良かった」


「……」


「貴方がそう望むなら、私はそれを全力でやってみる……だから……安心して」


「……」


「ユート、ありがとう……愛してる……これからも、ずっと」


「--」
















その日、勇者は最愛の妻の元で、永遠の眠りについた。


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