(日文)心の隅の鬼

陌上說說

第1話:老鬼が頼みに来た

うだるような夏の日、誰もがエアコンの効いた部屋に逃げ込みたくなるような昼下がり。真昼の太陽がアスファルトを焼きつけ、歩道には車やバイク以外、人影はほとんど見当たらない。

──ただ一人、白いシャツに黒いズボンを穿いた、華奢な黒髪の少年を除いて。

今は摂氏三十八度。少年は青白い顔で道を歩いており、まるで極寒に晒されているような様子だった。近づけば、歯のカチカチと鳴る音すら聞こえる。どうして彼がこんなに寒がっているのかは、誰にもわからない。

幸いにも通行人は少なく、いたとしても足早に通り過ぎていくだけで、少年の異常に気づく者はいなかった。

『誓言、やめたほうがいい。』

青年・楊誓言(ヤン・セイゲン)の耳元に、男の声が響いた。

「やめる? 俺、わざわざ電車で台北まで来たんだぞ。ここで引き返せって?」

歯を震わせながら、誓言は答える。

『お前、目的の人物を見つける前に倒れそうで心配なんだ。』

「まだ我慢できる。それに、地図ではもうすぐそこだ。ここで無駄にしたくない。」

彼はスマホを取り出し、地図で住所と距離を確認する。青白い顔に、かすかな笑みが浮かんだ。

もう少しだ。

『俺は別に、その人じゃなくてもいい。百年かかっても一人でどうにかする。』

「ふざけんなよ。俺がいなきゃ、お前は永遠に因果の輪の中に囚われたままだ。そんな状態でいさせるわけないだろ?」

『……誓言。』

男の声には呆れが滲んでいた。

「気にするな。これは俺の意地だ。借りは返さないと気が済まないんだ。」

『でも、お前は俺に何の借りもない……』

「それ以上言ったら、もう口きかないぞ。」

すると、本当に男の声は途切れた。

誓言はその沈黙に、ほっと息をついた。

体の中に“古い霊”が棲んでいるだけでもかなり厄介なのに、さらに宥める手間までかけたくはない。今はただ一刻も早く“鬼家人”を見つけて、体内にいるこの霊の問題を片付けたいだけだ。

本当はタクシーでも呼べばよかった。歩くよりずっと速い。しかし、電車に乗った時点でほとんどの所持金を使い果たしてしまっていた。

運命的に金運がないのは認めるが、それでも多少の生活費は欲しい。霊のためにここまで骨を折るなんて、楊家の血を引いてなければ絶対にやってない。

少年はそんなやるせない思いを胸に抱えながら、さらに一時間以上歩き続け、ようやく目的地にたどり着いた。

彼は目の前の商業ビルを見上げ、思わず口を開けて呆然とする。

『誓言、よだれ垂れそうだぞ。』

男の声が再び響き、誓言は慌てて口を閉じた。

彼は門の番地を確認し、深く息を吸ってから言った。

「よし、行こう。」

彼は最上階のインターホンを押した。しばらくして、応答があった。

「どちらさまですか?」

誓言は息を吐きながら答える。

「楊誓言と申します。鬼尽心(きじんしん)さんはいらっしゃいますか?」

今回は、しばらくして一人の女性が彼の元へ歩いてきた。

「楊さんですね?」

彼は頷いた。

相手はスーツ姿の、きびきびとした印象の女性だった。

「鬼先生がお待ちです。応接室で少々お待ちください。」

彼は女性に案内され、ビルの中を曲がりくねった廊下を通り、エレベーターで十五階へと向かった。

エレベーターの中で、彼は気になっていたことを尋ねた。

「このビル、警備員とかいないんですか?」

女性は淡々と答える。

「鬼先生は面倒だと仰いまして。ビル周辺に符文を設置しておりますので、人と霊の争いを避けられます。」

「人と霊の争い?」

「ここは六十年前まで無縁仏の墓地でした。鬼先生の一族がこの地を鎮めるために符文を用い、そのままここに住み、守っておられます。」

誓言は納得して頷いた。

無縁仏の地には面倒がつきものだ。鬼家人は三界内外でもその名が知られており、人も霊も一目置く存在だ。それでも、時折軽率な霊が騒ぎを起こす。

数人の警備員が霊に驚き、魂が抜けかけた事件をきっかけに、鬼尽心は人間の警備を廃止し、代わりに功徳を積んだ霊にこの地を守らせることにした。長い年月のうちに、騒ぐ霊も次第に減っていった。

十五階はシェアオフィスで、ほとんどの部屋に人がいた。ただ一つ、角にある応接室だけは空いていた。

「楊さん、こちらでお待ちください。」

女性はそう言ってドアを閉めた。誓言はソファに腰を下ろし、部屋を見回す。

応接室はごく普通の造りだったが、壁にかかった観音像が目に留まった。

その絵に反応して、体内の“老霊”がざわつき始める。

彼は胸元に手を当て、老霊をなだめた。

ほどなくして、閉ざされたドアが再び開いた。

中に入ってきたのは、自分とそう年の変わらない青年だった。二人の目が合い、一瞬、時が止まった。

楊誓言は、相手の瞳の中に──「驚き」と「後悔」、そして言葉にできない複雑な感情を見た気がした。

彼は、青年がドアを閉めて逃げる前に、思わず声を上げた。

「──泊めてくれ!」


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