謎の女性

とある日の昼下がり。


店は穏やかな午後の日差しに包まれていた。




レオンは帳簿の整理をしながら、客の出入りに気を配っていた。ミナは隣町の市場まで買い出しに出ており、今日は店をひとりで任されている。




チリン、と鈴の音が鳴り、戸口が開く。




「いらっしゃいませ──」




と声をかけかけたレオンの目に映ったのは、明らかに“様子のおかしい女”だった。




艶やかな髪、派手な化粧、露出の多い服。ふらりと入ってきたその女は、客のふりすらすることなく、まっすぐ店の奥──金庫のある小部屋へと足を運んでいた。




「……お待ちください。そちらは立ち入り禁止です」




レオンの声に、女はぎろりと睨んだ。




「誰よ、あんた? あの女のヒモ?」




「……泥棒ですね。立ち去ってください」




「はぁ? はああああ!? 誰が泥棒よこの田舎のクズ!」




レオンはすでに足音を殺して回り込み、女の腕を押さえるようにして金庫から引き離した。荒っぽい手つきは使っていないが、彼の動きは素早く、そして迷いがなかった。




「あなたの顔は覚えました。二度とこの店に近づかないでください」




「っ……仕返ししてやるから!」




捨て台詞とともに女はドアを蹴るようにして出て行った。




ミナが戻ってきたのは、その一時間後だった。




「ただいま。遅くなって──って、どうしたの? レオン、何かあったの?」




レオンは顔を上げ、淡々と語り始めた。




「先ほど、不審な女性が金庫に手を伸ばしていたので、追い返しました。あの人、何者ですか?」




「……っ!」




ミナの顔から一気に血の気が引いた。




「それって、どんな人だった?」




レオンが特徴を説明すると、ミナは額に手を当てて呻いた。




「間違いない……サラだわ。私の妹よ……」




「……え?」




「昔から……そういう子だったの。小さい頃から甘やかされて育って、働くのは嫌だって言って家を出て……でも、お金がなくなると戻ってきて、こっそり店の金を抜いて……」




ミナの声はどこか、責めるでも怒るでもなく、ただ苦しげだった。




「私が馬鹿なのよね。きちんと断ち切れなくて……唯一の家族だって思うと、突き放すこともできなくて……」




レオンはしばし黙っていたが、静かに言葉を置いた。




「──次に来たら、また追い払います。今度は、もっときちんと。あの人は、店を荒らす気でした」




「……ありがとう。でも……できるだけ、手荒なことはしないであげて。あの子も、本当は……悪い子じゃなかったのよ。昔は……」




ミナの目がどこか遠くを見ていた。優しすぎるその目に、レオンは静かに目を伏せる。




「わかりました。……なるべく、穏便にすませます」




けれど、内心でレオンは思っていた。




(……本当に、そうでいられるだろうか)




この町に来て以来、初めて「剣の柄に手をかけたくなる感情」が、彼の胸をよぎった。

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