無欲な心

「つまり、毛先の方で押し出すように動かすんですね?」




レオンはミナの手本を一度見ただけで、すぐに箒の使い方を理解したようだった。持ち方も構えも、先ほどまでのぎこちなさが嘘のように、無駄のない動きで石畳の隅々まできれいにしていく。




「……うまいわね。初めてとは思えない」




「ありがとうございます。理解するのは得意な方です。あとは実践あるのみ、でしょう?」




笑顔を見せたレオンは、続けて裏庭の草抜きや荷物の運搬まで自発的に手伝い始めた。重い米袋を軽々と担いで運ぶ姿に、ミナは思わず口を開けて見入ってしまった。




(あの細身の体で、なんであんなに力があるのよ……)




最初は、いかにも「世間知らずのお坊ちゃん」と思っていたが、その印象はどんどん覆されていった。慣れないことにも素直に取り組み、そして何より手際が良い。無駄な動きがない。しかも、礼儀は常に丁寧で、嫌な顔一つ見せない。




「……はい、終わりました。ご指示いただいた範囲はすべて完了です」




そう言って、レオンが少し汗ばんだ額をぬぐいながら戻ってくる。




「本当に助かったわ。こんなに仕事が捗ったの、久しぶりよ。あの、せめてこれ……」




ミナは、レジの引き出しから数枚の銀貨を取り出して、レオンに差し出す。




だが、レオンは軽く首を横に振った。




「いえ、お金などは結構です。そのかわり──」




一拍置いて、やや柔らかい口調で続けた。




「もう少しだけ、ここに置いてもらえることはできるでしょうか?」




ミナは少し驚き、そして微笑んだ。




「……いいの? こんなところで」




「ええ。とても落ち着きます。何より、貴女が……居心地のよい場所を作ってくださっている」




不思議な口ぶりだった。だが、嘘を言っているようには思えない。




ミナは一瞬だけ迷い、けれど頷いた。




「じゃあ……こんな狭い家でよければ、しばらくいていいわよ」




「ありがとうございます」




深々と頭を下げたレオンの仕草は、まるで貴族の礼のようだった。




(やっぱり、ただ者じゃないわよね、この人……)




そう思いながらも、ミナは胸の奥がほんのり温かくなるのを感じていた。


この家に、穏やかな風が吹いたような──そんな気がした。


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