22. 真莉愛の想い
あのとき、彼女と一緒に並んで座ったベンチ。
木々の隙間から漏れ出る陽光。
柔らかく吹き抜ける風。
少しまえのことだったなんて思えない。
僕と彼女との距離が縮まったのも、この公園で話したのがきっかけの一つだ。
いつもの制服姿、いつものサイドテール。
その手には、コンビニのスムージー。
彼女もあのときのことを思い出していたのだろうか。
僕は彼女の隣に腰かけた。
彼女はずっと噴水のほうを見ている。
何も話せないまま時間ばかりが過ぎていく。
すぐにでも僕は謝るべきなのに、言葉が出せなかった。
だけど――このままでは。
「真莉愛」
反応はない。
「ずっと黙っててごめん」
ぴくっ、と彼女の手が動く。
「悪いことをしたと思ってる。もちろん、君のことを騙すつもりなんてなかった。本当に、ごめん」
「なんで?」
彼女はそう、一言だけ。
言外の言葉を受けとめる。
僕は、どうして明かすことができなかったのか――。
「怖かった……から。もし君に打ち明けることで、嫌われてしまうんじゃないかって。拒絶されるんじゃないかって」
「それは、どっちが?」
「どっちも。
「わたしが《ふるのみこ》だっていうことも知ってたの?」
「……知ってた。正確には、君と出会ってから初めて知った」
「それで、ふるのみことしてわたしがSNSとかでリプを送ってたりしてたのも、わかってたってこと?」
「そう……だね。わかってた」
真莉愛は顔を伏せる。
言葉を口にするほど、自分がしてきたことの重さを自覚せざるを得ない。
「全部わかってたってこと?」
「本当に……ごめん。謝り足りないけど、ごめん」
「わたしが《くろのふみ》だってこともわかってたの?」
――――えっ?
「え……? ちょっ、ええっ……?」
頭の中が真っ白になる。
途端に、真莉愛は驚いたような顔に変わった。
「それは知らなかったの?」
「ちょっと待って、ちょっ、ええっ?」
「勘違いしてた。てっきり、旬くんはわかってるものだと……」
「待ってくれないか。ちょっと、わからない。どういうこと?」
「だから、わたしは《くろのふみ》なの。文芸系
ぐるぐると情緒がかき乱される。
真莉愛が、くろのふみ……?
僕が去年からずっと推してる、あのふみふみが真莉愛……?
「ごめん、ちゃんと説明する。ちょうど一年くらいまえに《くろのふみ》としてYouTubeチャンネルを開設して、小説紹介とかの配信をしてきたの。始めた頃はずーっと登録者も増えなくって、すぐにやめちゃおうかなって思ってたんだけど、最初から登録してくれてた七人のリスナーさんがすっごく応援してくれたから続けてこれたんだよ」
それで、と真莉愛は続ける。
「いつだったか、図書館近くのベンチで旬くんと話してるときに、旬くんが《くろのふみ》のことを初期からずっと推してたって話した瞬間、すっごい驚いちゃって。あのときは持ってたアイスラテを落としちゃってごまかすような感じになったんだけど……旬くんのYouTubeのユーザー名が七人のリスナーさんの一人だったから、わたし感激しちゃって」
たしかに僕はあのとき、ふみふみのことを真莉愛に嬉々として話した。
やっぱり自分の推しのことを語るときは、どうしてもテンションが上がってしまうものだ。
かつて真莉愛がプラチナ先生のことを熱心に語っていたように。
でも、僕が話していた相手がまさに――。
「だから、わたし――ごめんなさいッ!」
真莉愛は急に立ち上がる。
そして僕に向かって頭を下げて、
「謝らなきゃいけないのは、わたしもなの! 本当にごめんなさい!」
と語気を強めた。
「ちょっと……ちょっと待ってくれないか。とりあえず頭を上げてよ」
僕もベンチから立ち、真莉愛の両肩をつかんで彼女と向き合う形になった。
いろいろと理解が追いついていない。
「真莉愛がふみふみで、ふみふみが真莉愛だってこと?」
黙ったまま彼女はうなずく。
「信じられない……でも、ふみふみは真莉愛よりも低くてハスキーな声だよね」
「それは、ボイスチェンジャーを使ってるから。身バレを防ぐためっていうのもあるけど、VTuberの《くろのふみ》になりきるために声色自体も話し方も普段と変えてるの」
「あっ――それじゃ、あのときショッピングモールで高いマイクを買ってたのも?」
「うん、配信用。でも、ゲームコミュニティのボイスチャットでも使ってるっていうのも本当だよ」
「真莉愛がふみふみだっていうのは誰も知らないの?」
「誰も知らないと思う。りっちゃんにも話してないし……旬くん以外に知ってるのは家族だけ」
「そう……なんだ。でも、どうして今まで……」
「言い訳になっちゃうかもだけど……わたしも怖かった。本当のことを知ったら見放されちゃうんじゃないかって」
ふみふみの最古参ファンとして推し続けてきた僕が、いまさら見放すわけがない。
真莉愛本人に対しても、言うまでもない。
憤りすら覚える。
「それじゃ、あの文学フリマのとき、どうして何も言わずに行っちゃったの?」
「あれは……自分でもよくわからないんだけど、たぶんびっくりしちゃったのと…………やきもちかも」
「やきもち?」
「だってあの先輩、訳知り顔で『旬くんが白金式部よ』なんて言うんだもん」
昼休みに
そんな彼女の真意を真莉愛は知らないし、知る必要もないことだろう。
「あの人、一瞬だけど勝ち誇ったような顔をしてた。それがたぶん、気に入らなかったんだと思う。旬くんのカノジョはわたしなのに、って。あのときは急にいなくなって本当にごめんね」
「いや、それは僕のほうが悪いよ。黙ってた僕が悪い」
「ううん、あの場でちゃんと話せばよかったんだろうけど、いきなりいなくなったのはわたしがよくなかったよ」
逆の立場だったら、きっと僕だっていい気分はしなかったはず。
むしろ、声を荒げるくらいのことはしていたかもしれない。
「つまり僕たちは……お互いに推しだったってこと……?」
(つづく)
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