6.実感

 子どもの頃から、外見を馬鹿にされることが多かった。

 おそらくは遺伝なのであろう、中性的な、どちらかというと女子寄りな顔立ち。

 小学校でも中学校でも、背の順に並べば先頭から一人目か二人目。

 加えて、体格は華奢きゃしゃで運動神経もいまいち。

 幼少期から「男のくせに」とからかわれることは日常茶飯事だった。


 駅でトイレに入ろうとしたとき、駅員から「そっちは男子トイレだよ」と引き留められたことが何度もある。

 誰にも話したことはないけれど、満員に近い電車内で痴漢に遭ったこともある。

 じっとり湿った、中年男性の手の感触。そして、性的な視線と鼻息の荒さ。

 戦慄せんりつして身動きができなかったことは、今でも記憶に新しい。

 途中駅に着いたタイミングで車両を移って難を逃れることができたけれど、あのときの恐怖は忘れがたく、いつか必ずこのエピソードを小説にしてやろうと心に秘めている。


 そんな僕なので、女子と恋仲になるということは縁がなかった。

 そもそも、女子から恋愛対象として認識されることがない。

 きっと、森に棲息せいそくする小動物かアニメのマスコットキャラクターのような存在として見られているような気さえする。


 一方で、僕自身も正直なところ恋愛にさほど興味はなく、期待もしていないし、どこか他人事として捉えている節があるのは自覚している。

 だからこそ、恋愛というものを客観的に見ることができて、小説の中で恋愛の良い面も悪い面も描写することができているのかもしれない。


「シュンちゃんさあ」


 そういうこともあって、自分へストレートに向けられた好意というものにどう向き合ったらいいのか戸惑ってしまう。

 SNSであればまだしも、リアルな好意となると本当にわからない。

 そう、たとえば――真莉愛まりあのように。

 彼女の場合ややこしいのは、あくまで僕ではなく《白金式部しろかねしきぶ》という存在が《推し》なのであって、恋愛感情とは少し違うのだろう。


 きっと、たとえば僕にとってのVTuber《くろのふみ》の存在と同じなのだ。

 大好きという感情に嘘偽りはなく、誰が嫌いになったとしても僕だけは決して嫌いにならない自信がある。

 存在してくれるだけでも心の支えになるし、いつまでも応援し続けていたい。

 そんな、恋人とは少し違った、でも尊い存在。


「フッ」

「ふわあ!?」

 隣に座っている知春ともはるから突然耳に息を吹きかけられた。

「えっなにッ?」

「お、帰ってきた帰ってきた」

しゅんちゃん、珈琲コーヒー冷めちゃうわよォん」

 そう言って、ハルさんがくすくすと笑った。

 《喫茶まほろば》には相変わらず他の客はいない。

 余計なお世話かもしれないけれど、本当に儲かってるのかな、お店潰れちゃわないかな、と勝手ながら心配してしまう。


「シュンちゃん、すーぐどっかいっちゃうよな」

 あははっ、と知春は笑う。

「ごめんごめん」

「まあ、今さらだけどな。んで、どうなん?」

「どうって?」

「決まってんじゃん、マリアちゃんのことだよ。もう付き合ってんの?」

「つ――」


 もちろん、僕と真莉愛はそんな仲には発展していない。

 たしかにこの短期間で彼女との距離は縮まったような気はするけれど、お互いを異性として意識しているかというと、なんとなく違和感を覚える。


「ううん、付き合ってなんかないよ」

「そうなん? せっかく向こうもシュンちゃんのこと好きっぽいのに」

「いや、そんなことは――」

「あるっしょ。つーか、リカから聞いたんだけどさ、マリアちゃんってめっちゃモテるのな。一年生の頃から何人も告白してるけど、軒並みフラれてるらしいぜ」


 僕の目線からすると、彼女の場合は単に相手が合わなかったからなのか、そもそも恋愛に興味がなかったからなのか、判別がつきにくい。

 とはいえ、彼女がモテるというのは不思議ではない。


「でもよぉ、最近、頻繁にやり取りしてる男子がいるってさ」

「そうなの?」

「おうよ、ここ一か月くらいで急接近してあっという間に仲良くなった、口下手で内向的な作家大先生だとよ」

 ぱん、と知春は僕の肩を叩いてくる。

 そして知春は、ニヤついた顔を向けてきた。

 明らかに全部をわかってて言っている顔だ。

「安心しな、シュンちゃんがWeb小説を書いてることは誰にも言ってねーから。もちろん、マリアちゃんにもリカにもな」

「……ありがと」

 僕は小声で応じる。


 僕が白金式部として創作活動をしていることは、知春を除けば敦子あつこ先輩とハルさんしか知らない。

 三人とも秘密を漏らすようなタイプではないと信じているけれど、いつどこで誰にバレるか、特に真莉愛にバレてしまうかはわからない。

 そのとき、僕と彼女との関係はどうなってしまうんだろう。

 僕はいまだに、真莉愛へ本当のことを話せずにいる。


「旬ちゃん、そろそろじゃなぁい?」

 ハルさんが言う。

 店内の壁に掛けられた時計を見ると、午後五時に差しかかるところだった。

 この日は、新人賞の最終選考の結果が発表されることになっている。

 光陽こうよう文庫の公式サイトには【17時に公開予定】と記載されていた。


 僕はタブレット端末を鞄から取り出して、ブックマークしてある公式サイトを開く。

 画面をスクロールしていくと、【最終選考の結果はこちら】のリンクが現れた。


「お、もう結果出てんじゃん!」

 僕の手元をのぞき込んできた知春の声が弾む。

「あらぁ、ドキドキね!」

「早く見てみようぜ!」


 心臓が高鳴る。

 正直なところ、二次選考を通過しただけでも十分だ。

 だけど、願わくば――受賞したい。

 震える指先で、僕はリンクをタップした。



『第十三回光陽文庫新人賞にご応募いただきまして、誠にありがとうございました。最終選考の結果を以下のとおり発表いたします。


【金賞】

該当作品なし


【銀賞】

作品名:彼女とカノジョの向こうがわ

著者名:白金式部


【銅賞】

該当作品なし



 受賞作を含む最終選考の候補作品への講評および本新人賞の総評につきましては、以下のページをご覧ください。この度は、本新人賞へご応募いただいた作家の皆様、各関係者の皆様、誠にありがとうございました。』



 全身の力が抜ける。


「う――うぉおおおお、シュンちゃん! すげぇッ!」

「うそォ! やだぁ、すごいじゃないのォ!」

 知春とハルさんの歓声。

 僕は何も声が出せなかった。


 ――銀賞?

 本当の本当に?

 全身が小刻みに震える。


「やっべえ、銀賞だってよ! スゴすぎだろ、マジで!」

「旬ちゃん! おめでとう!」

「あ……えっと……」

 ぐいっ、と知春から首に腕を回される。

「なんだよ、もっと喜べよ!」

「ふふっ、実感ないのォん?」

 とんとん、とハルさんがタブレット端末に指を当てる。

「白金式部って旬ちゃんのことでしょう? 間違いなく銀賞よォ」


 もう一度、選考結果を見る。

 一次も二次も、見返しては夢だろうかと頬をつねることを繰り返してきたけれど、今回たしかに僕が――銀賞。

「銀賞……やった……!」

「おぅ!」

 ばん、と知春から背中を叩かれる。

「ようやく追いついた感じか? そういや、銀賞って賞金あんの?」

「銀賞の賞金は十万円だね。あと、書籍化」


 書籍化、という自分の言葉にはっとする。

 これで本当に、自分の本が出せることになった。

 ふくらませていた夢が夢でなく、現実になる。

 いまだ手の震えはおさまらない。


「よし、予約しとこ! とりあえず四冊な!」

「あらぁ、それじゃあたしは五冊買おうかしら」

「気が早いよ、二人とも」


 スマートフォンが振動して、LINEラインの通知が届いた。

 敦子先輩からだった。

『銀賞おめでとう! 公式サイトで見ちゃった、すごいね!』

 続けて、ゆるキャラが『おめでとう』とクラッカーを鳴らしているスタンプが、連続して三つ届けられた。

 すぐに『ありがとうございます!』と返しておく。


「今夜は祝杯よォん!」

 ハルさんはウイスキーの瓶をカウンターの下から取り出して、どん、と置いた。

「いやハルさん、さすがにお酒はまずいですよ」

「あぁら、カタいこと言うわね。せっかくのお祝いごとなのに!」

「お気持ちだけ、ありがとうございます」


 そして僕はTwitterを開いて、光陽文庫アカウントが投稿した最終選考の結果発表のツイートに引用する形で、受賞の報告と御礼をツイートした。

 すぐにフォロワーさんたちからリアクションがくる。


『@dj_namihei おめでとうございます!!! 銀賞!!!!!』

『@supernoritama2 すごーーーーーい! プラチナ先生、おめでとうございます♪』


 続々と受賞報告のツイートにリプライがくる。

 そして《ふるのみこ》――真莉愛からも。


『@furuno_miko プラチナ先生、銀賞おめでとうございます!!! 自分のことのように嬉しいです、もう本当に最高です!』


 真莉愛はどんな気持ちで、どんなことを思いながら、このメッセージを打ち込んでいたのだろう。

 彼女の笑顔が、大きくて澄んだ両目が、頭の中にはっきりと浮かぶ。

 深い喜びとほんの少しの罪悪感が、僕の内側にじわじわと広がった。



(つづく)

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