第6話『知らぬ間に迫る恐怖』

 ──玄関ドアが閉まった。

 俺──猪川日生は少し眉を上げた。

 そのまま、立ち尽くした。


「士狼が人殺し…どうせ何か訳があるんだろ、うんうん。」


 俺は勝手に納得し、椅子に座った。

 この心の切り替えようは、誇れるレベルだろう。

 ──さて、家を出ろって言われたし、どうしようか?

 この世界がどんなものなのかもよくわからないまま家を出ても危ないだろう。

 ん〜…


──ザッ‼︎


 俺は何かを思い立ったように、立ち上がった。

 そうだ、まだ確認していなかった。

 俺は鏡を探した。

 洗面所に鏡があった。

 鏡に映った俺の顔を見つめた。


「すげぇ、本当に20歳に若返ってんじゃんか。」


 俺は感心した。

 心はそのまま、外見だけが若返るとは、誰の力による者だろうか?

 考えてもわかるわけがないか。

 ただ一つ気になることと言えば、やはり“髪が白黒であること”だ。

 戦った相手は白髪だったが、この村にいる人間はみんな黒髪だ。

 髪の色と人種には関連がありそうだ。


──グゥゥゥ


 腹の虫が鳴った。

 ん〜…とりあえず腹が減ったし、士狼の冷蔵庫を覗かせてもらおう。

 どうせまだ帰ってこないだろう。

 こんなこと、前世だと『育ちが悪い』だとか、『親の顔が見てみたい』だとか言われるだろう。

 でも、そんな前世のルールは関係ない。

 前世の記憶は消すべきだって士狼が言ったんだ。

 この世界のルールなんて後々知っていけばいいよな。

 俺は士狼の言葉を都合よく解釈した。

 そんなことを思っている間に、無意識に冷蔵庫を開けていた。

 右手で指しながら材料を確認した。


「ん〜、卵にー鶏肉にー作り置き…」


 何故か少しがっかりした。

 この世界にしかない食べ物があるのかもと期待した自分がいたからだ。

 まあ、普段限定ものに弱かった自分でも、見たことのないゲテモンの食材にはどうせ触れなかっただろう。

 さて、何を作ろうか。

 料理をしたのなんて40年も前の話だから、ほぼ確実に失敗する──


──ガチャ


 玄関ドアの開く音がした。


「まだいたのか…」


 士狼の声がした。

 俺は慌てて冷蔵庫を閉めた。


「わ、悪ぃ。腹が減ってよ。あ、安心しろよ‼︎何も食ってないからな‼︎」


 俺はふと思った。

 勝手に冷蔵庫を開けられた時点で安心できる訳がないだろ。

 もう少し帰ってくるのが遅けりゃ、絶対に何か食べてたしな。

 自分の倫理観の無さに少し呆れてしまった。

 俺はリビングに戻って、玄関の方を見た。

 士狼の顔が見え──


「えっ⁉︎どうしたんだよ、その顔‼︎」


 俺は慌てて近くに駆け寄った。

 誰かに殴られたように、士狼の左頬が赤く膨れ上がっていた。

 玄関ドアに近づいた今、少し違和感があった。

 やけに外が静かだ。

 さっきまでの子供たちの声が全く聞こえない。

 士狼の顔が少し暗くなった気がした。

 

「…他人の心配より、自分の心配をした方がいいよ。」


「え?」


 士狼の背後から大きな影が近づいて来た。

 玄関ドアを屈んで入って来るほどの大きさだった。

 俺は口を開けて見上げた。


「俺の部下を可愛がってくれたのはお前か?」


「ぶ、部下…?」


──ガシッ‼︎


 大男は俺の胸ぐらを掴み、悠々と持ち上げた。

 足が地から離れ、俺は足をドタバタさせた。


「俺の部下に『白黒の髪の男に刀で弄ばれて刺された』と聞いてな。俺の部下に聞き回っていたら、コイツが『ソイツ、家にいます。』って教えてくれた。良い部下を持つと仕事が早く済んで助かる。」


 部下?

 どうやら、コイツは士狼の上司らしい。

 俺を助けてくれた士狼が、どうして倒した相手に俺の居場所を教えるんだ?

 士狼は一体どっちの味方なんだ?

状況が進展しすぎて、頭が回りきらなかった。


「ご、ごめん。この村のためなんだ…そ、それに、君が僕の言うようにすぐに出て行かないのが悪いんだ‼︎」


 士狼は叫んで、下唇を噛んだ。

 確かに、すぐに家を出なかった俺も悪いが、こうなるとは思わなかった。

 もしセーブ時点に戻れるなら、絶対すぐにやり直して家を出ているだろう。

 男は俺に顔を近づけ、威圧をかけた。


「もう一度聞く。俺の部下を可愛がってくれたのはお前か?」


 俺は一瞬迷った──答える内容にではなく、答える方法にだ。

 俺の身体が事を起こしたのは事実だ。

 しかも、俺は嘘をつけない性格だ。

 だが、この状況で「はい、やりました。」なんて言ったら、生きていられるかすら怪しいだろう。

 だから、俺は少し濁して答えた。


「…そ、そうだと言ったら?」


 男は少し黙り込んだ。

 すると、俺を目一杯上に持ち上げ──


──ドカンッ‼︎


──バキバキッ‼︎


 俺は頭から家の床にめり込むように叩きつけられた。

 床の木はバキバキに砕けた。

 頭から大量の血が流れ出し、俺の意識はかなり朦朧とした。

 木クズを落としながら、もう一度持ち上げられた。


「濁すんじゃねぇよ。“やった”か“やってない”かで答えろ。」


 俺は死を覚悟した。

 またキンタマを殴ろうと思った。

 でも、コイツの目の前で下手な真似はできない。

 それこそ、死にに行くようなものだ。


「…も、もし“やってない”って言ったら、ど、どうなるんだ?」


 士狼が声を震わせながら、男に聞いた。 

 男は横目で士狼を見た。


「…さあな。とりあえず、他に白黒の髪の男を探す。もちろん、嘘をついたお前を始末して──」


「俺がやった‼︎」


 俺は無意識に答えを叫んだ。

 自分のせいで他人が犠牲になることを想像したくなかったからだ。

 男はこっちを見た。

 人を殺すような鋭い目だった。

その目を見て、俺は少し怯えてしまった。


「お、俺がお前の部下を可愛がってやった‼︎ア、アイツらは雑魚中の雑魚だったぜ‼︎」


 男の額に大きな血管が浮き出て、険しい顔になった──

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