桜の木の下で
春風がそよぎ、満開の桜が舞い散る午後。
レオニウスとクラリスは、邸宅の庭の奥にある一本の古木の前に立っていた。
「ここで、私は――昔、リヴィアと別れたんだ」
静かな声だった。
クラリスは黙って、その場に立ち尽くす。
「……愛していた。しかし、叶わなかった」
そう続ける彼の表情は穏やかで、もう過去に縛られてはいなかった。
「けれど……この木の下で、もう一度、人生を賭けたい相手と向き合えるとは思っていなかった」
レオニウスは、ゆっくりとクラリスの前に跪く。
クラリスの瞳が、ぱちくりと揺れる。
「クラリス。君は……氷のようだった私の心を、温かく包んでくれた」
「……」
「君と過ごした日々の、何気ない会話、静かな時間、君の優しさ……すべてが愛おしかった」
「……っ」
「私と、結婚してほしい。君と、生涯を共にしたい」
その声は、桜の花のようにやわらかく、確かな決意に満ちていた。
クラリスの瞳から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
そして、彼に勢いよく抱きついた。
「はい……はいっ!私も、ずっと……レオニウス様が、好きでした!」
――ふたりの時間が、やさしく動き出した瞬間だった。
エピローグ 氷が溶けたその先に
後日。
レオニウスの邸宅で開かれた盛大な結婚式には、王国中から多くの貴族が集まった。
庭は祝福の桜で満ちあふれ、花嫁のクラリスはまるで春そのもののように美しかった。
誓いの言葉のあと、静かに唇を重ねるふたり。
氷の伯爵と呼ばれた男の頬に、はじめて温もりが咲いた瞬間だった。
会場の片隅、末席でハンカチをギリリと噛む女がひとり――そう、エリザだった。
「ぐぬぬぬ……っ!」
しかし、誰も彼女に目を向ける者はいなかった。
それから数年後。
クラリスとレオニウスは、かわいらしい子どもを授かり、愛犬ルーチェとともに穏やかな日々を送っていた。
長年、邸宅に仕えてきた老使用人は、桜の木の下で遊ぶ一家を見つめながら、そっと涙を拭った。
「……亡くなった先代ご夫妻のようだ……いや、それ以上に……」
氷の伯爵は、優しい奥方と子に囲まれ、
もう二度と凍ることのない、あたたかな人生を歩んだのでした。
めでたし、めでたし。
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