第4話 店主視点
(嵐のような青年だったなあ。あれが若さかね)
好き放題言い散らかして去ったツクモの背を、店主・ストーンが見送る。
(万札を持っていた世間知らずの青年。怪しいと言えば怪しいけど、まあ最近の浮遊王都じゃマシな部類だろう)
当然ながらストーンは、常識がなく万札を所持していたツクモを怪しい人間だとは思っていた。しかし、混乱し切っているせいで、様々な混沌が生まれている王都ではマシな部類だ。
(まあ、ツケさ。自分だけで全てを解決しようとしたレオンハルト様と、それが不変だと信じてしまった我々のツケ》
店主は、つい最近に起こった国王レオンハルト死去の混乱をよく覚えている。
ひょっとすると不老不死ではないかと思われていた存在が、世界の基幹に食い込み繁栄を齎している最中、突然死去してしまったのだ。
極論すると、多少の不利益を生み続けても、それを上回る利益を作り、問題を無理矢理ねじ伏せることが出来るため、無関係な人々は安心していた。しかし後のことを碌に決めないまま死んだとなれば話は変わり、国葬の最中も多くの人間は悲しむのではなくどうするんだと呆然自失の状態だった。
(あの青年は五回生まれ変わったら……と言っていたけど、足りないかもしれないなあ。ドラゴンやフェンリル、他色々も、レオンハルト様の葬儀に参加してないし……)
ストーンが特に頭を痛めているのは、内憂だけではなく鉄壁を謳われる浮遊王都の外敵になり得る存在がいることだ。
かつて英雄勇者レオンハルトの徳に心打たれた強大なる怪物達は彼に従うため、見目麗しい美女の姿になり傍に侍ったとされている。
そしてレオンハルトに保護される形になった怪物達は、平穏な期間で瞬く間に数を増やしてしまい……彼の死後に浮遊王都との関係を断ち切った。
(獣は獣なんですよレオンハルト様。例え姿が美しくて、自分への愛を囁いたとしても、どうして価値観が完全に同じだと思ったんです? 同じなら、人と同じ文明を作っている筈ではありませんか)
ストーンはどこか疲れたような表情で空を見上げる。
人間の姿をした末端の怪物にストーンも会ったことはあるが、なるほどレオンハルトが保護するのも無理はない美しさを持っていた。
しかし価値観をすり合わせる商人だから気付けたのか、ストーンは彼ら、彼女らの目に宿っている意思が、人間とは違うことに気付いた。
打算、損得、上か下か。そんな当たり前のものとは少々違う。
極論すると、喰えるか、喰えないか。だ。
(その点、あの青年は歳相応だったな。最近の浮遊王都では見ない目だ)
ストーンは頭が痛くなる思考を打ち切り、再びツクモの顔を思い浮かべる。
(止まっても意味がないんだから、とりあえず突っ走ろう。先が見えない山なら登ってやれ。そういう目だった。今の王都の若者は……先のことなんか知るか。それより先が見えてる下り坂の方がいい。といったところか……)
レオンハルトは教育が大事だと謳った割には、学びの場をほぼ排除した過去がある。そのため浮遊王都の楽な生活に慣れて堕落した若者は、いつしか屁理屈で武装し、非行の枠を飛び越えてしまった。
(それに商売の方も、分はかなり悪いが絶対に失敗するという感じではないな。似たような考えを持つ者達を見つけて集まればワンチャンスはある。その後、ノウハウを売るという道も見えているしなあ)
ストーンは商人の顔になりツクモの警察会社を評する。
雨後の筍のように自警団が乱立した直後ならともかく、今のタイミングは自警団を立ち上げよう。と考えられている段階だ。
そして王宮の混乱が収束し、本格的に警察組織を作ろうとするまで実績を積み、ノウハウを売って指導員的立ち位置に潜り込めるなら完璧だろう。
問題があるとすれば……。
(でも……王宮の混乱が終わって警察組織を立ち上げられるのはいつだ?)
その混乱がいつ終わるかの目途が、さっぱり分からないことだろう。
(か、彼の警察会社に、ほんのちょっと、ちょーっとだけ投資してみようかなあ……まあ、それも彼がまたここに来たらの話だ。)
言葉は悪いが一種の愚民化政策のせいで、二進も三進もいかなくなる未来を予想してしまったストーンは、念のための保険としてツクモの警察会社に投資することを考えた。
そして次の日。
「テンチョー! いい感じで犯罪起きそうな治安の悪いところ見つけたからさ、そこで警察会社立ち上げることにするよ。という訳で細々としたのを注文する!」
「うーん、需要と供給が分かってる行動力の化身。投資として多少安くしとくよ。本当に多少ね。軌道に乗ったらがっつり食い込んじゃおっかなー」
「うひょう、これが癒着か。テンチョーの店に泥棒が入ったら、一番の腕利きを派遣するぜ!」
駆けこんできたツクモをストーンは笑顔で出迎え、商売に励むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます