「ぼくの彼女は!!はSUPER忍び」

志乃原七海

第1話

ぼくの彼女はSUPER忍!



恋と忍務に、銃刀法は適用されますか?

日常が、彼女の一振りでぶった斬られる。


第一話


ぼくの彼女、花(はな)は、完璧だ。

黒髪ロングのストレート。透き通るような白い肌。ふとした瞬間に見せる笑顔は、文化遺産に登録すべきだと思う。クラスは違うけど、校内では「クールビューティー」で通ってる。

そんな高嶺の花が、なぜかぼく、相田健太(あいたけんた)と付き合ってくれている。人生最大の謎であり、最高の奇跡だ。


……ただ、彼女には一つ、謎がある。

時々、とんでもなく常識外れなことを、真顔で言うのだ。


「なにやら往来のど真ん中で大騒ぎだな」

商店街のクレープ屋に並んでいると、花が怪訝な顔で前方を指さした。

すんげー人だかりができている。なんだよ、芸能人でも来てるのか?


「女の子が日本刀を背負ってるって!」

「マジかよ、コスプレ?」

人混みから漏れ聞こえてくる会話に、ぼくは嫌な予感がした。まさか、な。


その予感は、悲しいくらいに的中した。

人だかりの中心にいたのは、制服姿のぼくの彼女。そして、その背中には、明らかにヤバいオーラを放つ、布に包まれた長尺物。

その周りを、二人の警官が完全に囲んでいた。


「きみ!ちょっと待ちなさい!」

「……なによ」

花の返事は、いつもより三段階くらい低い。まずい、あれは彼女の「戦闘モード」だ。


「その背中にあるものはなにかね?危ないものじゃないだろうな?」

「なに?って、見りゃわかるだろ」

花は面倒くさそうに答えた。


「本身だよ」


「……ほんみ?」

警官の眉間に、深いシワが刻まれる。


「だから、日本刀だって言ってるんだ」


うわー!言っちゃったよこの人!

周囲の野次馬が一斉にざわめき、スマホを構え始める。おれは顔面蒼白だ。


「き、きみは!名前は!」

「名前?」


花は一瞬、考えるそぶりを見せると、ふ、と不敵に笑った。

やめろ!その笑顔は絶対ヤバいやつだ!


「人斬りの、はな」


終わった。おれの平穏な日常が、今、終わった。

「銃刀法違反!現行犯で逮捕する!」

警官が警棒に手をかけた、その瞬間!


「待った待った!待ってください、お巡りさん!」

おれは人混みをかき分け、二人の間に割って入った。心臓は暴れ太鼓だ。

「こいつ!おれの彼女なんですけど、ちょっと……そう、演劇部の役作りっていうか!入り込んじゃってて!」


頼む、花!空気読んでくれ!

おれの渾身のフォローに乗ってくれ!


花はおれの顔をじろりと一瞥すると、ふい、とそっぽを向いた。

「……黙れ、健太。こやつら、私に手をかけようとしている。斬るか?」

「斬るな!絶対斬るな!」


おれたちのコントみたいなやり取りに、警官は完全に混乱している。

「ええい、問答無用!応援を呼ぶ!」

警官が無線機に手を伸ばした。まずい!


そう思った瞬間、花の体がふわりと浮いた。いや、違う。おれの腕を掴んで、軽々と、本当に軽々と、街路樹の太い枝に飛び乗ったのだ。


「え、ちょ、は?」

「しっかり掴まっていろ」


花は枝から枝へ、まるで重力なんて知らないみたいに飛び移っていく。下を見れば、豆粒みたいになった人だかりと、空を指さして呆然とする警官の姿。

「うおおおおおおおっ!」

情けない悲鳴を上げながら、おれは花の細い体に必死にしがみつく。花の髪から、シャンプーのいい匂いがした。


数分後、おれたちは見慣れたおれの部屋のベランダに、音もなく着地していた。


「……はあ、はあ……死ぬかと思った……」

おれはへなへなと床に座り込んだ。

「おまえなあ!なんでいつもそうなんだよ!人斬りとか名乗るし!少しは普通にしてくれよ!」


文句を言うおれを尻目に、花は背負っていた日本刀を壁に立てかけると、冷蔵庫から勝手に麦茶を取り出した。


「普通、とはなんだ?」

ゴクゴクと喉を鳴らして麦茶を飲み干した彼女は、真剣な顔でおれを見た。


「忍が、忍の務めを果たす。なにもおかしなことはないだろう」


「……しのび?」


おれが呆然と聞き返すのと、彼女が窓の外に鋭い視線を向けたのは、ほぼ同時だった。

その瞳から、女子高生の柔らかさが消え失せる。そこにあるのは、獲物を狩る、研ぎ澄まされた光。


「……それより健太。さっきの騒ぎ、奴らに見られた」

「……やつら?」


「うむ」

花は、壁に立てかけた刀に、そっと手を伸ばした。


「街に紛れた『蟲』の気配がした。これで我々の居場所も割れただろう」


彼女は、静かに、そして、どこか楽しそうに、こう続けた。


「今夜あたり、ここも襲撃されるやもしれぬな」


……は?

ぼくの彼女は、どうやら本物の、とんでもないSUPER忍らしい。

そしておれの平穏な日常は、どうやら今夜、本当に終わりを告げるらしい。

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