第8話 王都決戦

夜の王都

星も隠れる黒雲の下、焦土化した大地に、

なお数十体の凶悪な魔物がうごめいていた。

「まだこれだけ、残ってるのか――」

ジークが、低く息を吐いた。その煌めく

灰色の瞳が、巨大な異形の魔群を貫く。

生き残る者がいた。

    “最上位”の“異形の魔”たち――

ジークの右腕には、雷光を纏うフィノが

従い、不動の氷気を背負った

    ルドル・シュタインが並んだ

その後方には、地響きと共に立つ

ガルド・ヴァイ。

烈火と清流を操る宮廷魔術師達

戦いの舞台は、王都の最終局面を迎えようとしていた。

――魔物の群れ。その中央、ひときわ

おぞましい存在感を放つのが、片腕に巨大な甲殻の盾を構えた獣人――グロル=アルド。

背後には、炎の鎧を身に纏った巨人

クルヴァン、幻影の霧を纏い分裂する

黒毛のフラギス、幻想的な燐光を放つ羽虫の群体セリリス。

いずれもここまで生き残った“選ばれし魔物”ばかりだ。

「呆れるね……ここまで喰らいついて来るとは」

フィノが唇を歪める。その指から、稲妻が舌を巻いた。

「消し飛ばす、ただそれだけだ」

ルドルが淡々と呟く。

「――準備はいいな」

ジークの掛け声に、全員が頷いた。その空気を割き、ジークが魔力を広げる。

「王都の名に賭けて、ここで全てを終わらせる」

吹き荒れる魔力の奔流。

ジークは両肩を回し、空へ手を掲げた。


 * * * 


極焔天葬ごくえんてんそう!」


天空へ伸ばされた手のひらの上、眩い紅蓮色の球体が出現する。

小さな太陽のような圧倒的熱量が凝縮され、わずかに手を下ろすだけで、巨大な火柱となり魔物の群れ中央へと降り注ぐ――


ドオオオオオンッ!!


大地は爆ぜ、魔物の肉塊や骨、外殻までもが

熔解していく。火焔の奔流に包まれ、数体が「瞬間蒸発」した。


だが――その範囲外、熱波を盾で受け止めるグロル=アルドは健在だ。

甲殻の盾には、焼き跡ひとつ残らない。

フィノが右足を蹴り上げ、宙に両手を広げる。


「《雷帝鎖嵐らいていらいさん――!」


天空から蛇の如き雷が迸る!

高空に舞ったセリリスの羽虫が悲鳴のような超音波を放つが、雷蛇が群体ごと貫く稲光に塗り潰されていく。

一瞬、戦場全体が青白く、静止したかのような緊張が支配した。


ズガアアアアッ!!!


落雷のごとき破裂音とともに、残った魔物

十数体が痙攣しながら地面に転げる。

地も空も、すべて焼け焦げに染まった。


その時、フラギスが幻影の霧を展開。体が

分裂し幾重にも虚像を撒き散らす。

一体だけ本物が紛れているが、誰にも見抜けない

「狙いを散らせ、全て凍らせろ」

ルドルがまっすぐ魔群へ歩み寄り、

巨大な魔法陣を展開する

「《絶対零度結界》」

空気が、一瞬で“固体”へと変貌する。

フラギスの霧も、幻影も、本体ごと

凍り付き、厳寒の芸術へと封じられた。

氷像のまま、魔物は停止し割れ砕ける。

地響きとともに、炎の巨人クルヴァンが前線に姿を現す。全身は燃え盛り、歩くだけで周囲がガラスに変わっていく。

ガルドは拳に一切の迷いなく魔力を込めた。

「《土界崩断どかいほうだんッ!」

大地が大波のようにうねり、炎の巨人を取り込む。

激突と同時に土塁が落下を誘発し、

クルヴァンの巨体を地割れの底へ呑みこんだ。まるで「土葬」のごとく、熔断したガラスごと蓋をする。

「これでも終わらないか」

ジークが問うようにグロル=アルドを睨みつける。

「グルッッア」

グロル=アルドは甲殻の盾を広げる。その周囲の大地までも重力が歪み、闇の靄が渦を巻きはじめた。

その時、ジークが歩み出る。

「両極、交わりて滅せよ――

     《燦氷紅蓮裂さんぴょうぐれんれつ》!」


空間ごと凍てつき、灼熱の光柱が直下から

突き上がる。熱と冷気―二律背反がグロル=アルドを貫く!

盾がきしみ、外殻が剥がれ、ついに傷が走る。

「揃い踏みだ、連携を!」

ジークが叫び、全員が攻撃魔法を叩きこむ構えを取る。

フィノの掌に光が収束し始め、

青白い雷球が宙に倍増、ルドルの指先では

凍てつく蒼い魔方陣が輝き、

ガルドの周囲には土塊が浮遊しながら回転。


「――全開だ」


ジークの瞳が切り裂くように細まり、

片手を前方に、魔法陣を突き出す。

「《焔天焦獄えんてんしょうごく》」


「《雷帝竜爪らいていりゅうそう》!」


「《氷葬輪舞ひょうそうりんぶ》」


「《土剛砲裂どごうほうれつ》!」


四者四様、王国随一の超高位魔法が

交錯する。

それはもはや神話のような光景――


炎、雷、氷、土 四つの極が空間そのものを染め変える奔流となり、

グロル=アルドへと一斉に襲いかかる!


甲殻の盾が悲鳴をあげ、グロル=アルドの体が無残に砕け散る。

闇がひび割れ、炎が薙ぎ、土が砕け、全ては

氷に閉ざされる。


――静寂。戦場には、ただ魔法の余熱と、

一片の静かな夜風だけが吹いていた。


「……終わった、のか?」


振り向いた先で倒れていた魔法使いが呻き声を上げる。

すぐ傍に、美しい蒼い瞳が輝く。


「動かないで――大丈夫、傷は治ります」


第六位ティーナ・クレスが、温かな癒しの

魔法を発現。

光の揺らぎの中、負傷した者たちに次々と回復の兆しが戻り始める。

――癒しの光に包まれながら、戦士たちは涙を流し、生還の安堵に浸った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ユリオン「これが、王都最強……」

ふらつきながら呟く。

ジークは遥か空を見上げた。その焔の残滓の向こうには、確かに明日が

        続いているはずだった。

夜明け前。

魔物という名の暗雲を超え、王都はふたたび新しい朝を迎えようとしていた――。

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